第2話 ステーキと魔術師。

「牛肉のステーキを……二人分で合ってるか?」


小ぢんまりとした少し汚らしい食堂を見つければ、そこに入った。ある程度周りの人から食堂を聞いては、ここを示されたのだから……まぁ、少し汚らしいが味は確かなんだろうな。それに、こいつ……アザルも余り気にしていない様子だ。それくらい腹が減ってることもあるのか。

店主であろう厳ついおっさんが注文の確認をするように聞いてくる。牛肉のステーキ……店の外装からはそぐわないような高級品だ。まさかこんな南地方にあるとは、夢にも思わなかった。俺の住んでいる『第二中央街』でも多額な金を支払って初めて食べれるものだから……というよりも、もしかすると南地方では…割と安い方なのか?

もう一度メニューの方を確認しても、やっぱり……。……やっぱりそうだった。鹿肉の方がここ、南地方では高い。ここでは鹿肉の方が誤差程度であるが牛肉と比べても高い。安く牛肉が食べれるなら、多少の出費は……いや、やっぱり重すぎる。俺個人だったらまだ軽いほうだが、アザルも含めると……重すぎる。やつは異常なまでの金食い虫だ。


「二人分、というよりも……」


隣に座っているアザルをちら見する。こいつは食う量が量なだけに……一人で五人分は優に超える。ただ一応女の子でもあるし、デリカシー無く「こいつに五人分」なんて言うのは酷な話だ。

アザルも察したのか、こちらの目線に気がついた様子。すぐさま厳ついおっさんの方を向けば「私に七つで……八人分で」と自分から店主へとそう伝えていく。ああ、こいつはなぜかこういうところでは気にしない様子だ。とはいえ一人で七人分……うん、やっぱこいつの食事量は多すぎる。胃にまた別の生物を飼ってるんじゃないかと思えるくらいだ。


「はいよっ。しかし、お嬢ちゃんもまた沢山食べるねぇ……おい、小僧。この子は……」


小僧と呼ばれるほど若くはないのだが、おっさんからすれば俺も小僧なんだろう。


「お前の娘……いや、それにしてはおまえさん……ちと若すぎるというか……姪っ子、辺りか?」


「そういうもんだと思ってくれ……」


他者からは使い魔、とは認識されない。それくらい彼女は至って普通の『少女』なのだから。後ろ向きの二対のツノも、それはただのアクセサリーとしか認識されないくらいだ。着ているコートも、まさか彼女の翼だとは誰も想像出来ない。


「ま、この辺りじゃ訳あり旅人なんてよくあるものよ。じゃ、ちょっとまっておけよ……」


店主はそう言うと厨房の方へと向かっていった。なんというか、防犯意識が薄い。こんな状況、勝手に金を奪い取っては、逃げ出すことだって可能だ。…可能なだけで、俺はそうするわけではないが。


「姪っ子、ねぇ?意識したことはないけど、この体……そんな幼く見えるかな……」


「見えるね。実際の年齢はどうあれ、お前は確かに幼く見える。……それともなんだ、実は思い通り好きに体を作ることが出来るってのか?」


今まで持っていた疑問を彼女にぶつける。

彼女の想定十五歳前後の体、どうやって作ったか、だ。人間と同じように年を取って成長するか……もしくは、言葉の通り作ったか。


「そう……だねー。もともと私みたいな龍族は、人間の姿も一応だけど、持ってはいる。擬態、って言えば良いのかな……ま、そういう感じ」


「いや、それは分かってる。俺が知りたいのは……その人間の姿。お前個人がその姿を作ったのか?それとも、常に生まれから、人間と同じように成長するのか?」


彼女の口が止まる。何かを考えているようにも見える。

しばらくすればまた口を開ければ、話の続きを初めて。


「生まれてからある程度実力を持った龍にのみ許されてる……つまるところ、私は天才って訳」


「どういう流れでお前が天才になったのかはわからんが、要は生まれたときからその姿は持っているって事だな」


自分の事を天才と言い張るのはある意味で天才だ。普通の人だったらまず言わないことだろう。あ、そもそもこいつは人ですら無かった。


「まぁ、私の姿はどうでもいいでしょ。それより……その牛肉のステーキ、っての……相当、良い匂いがしてきて……」


確かに厨房の方からは肉を焼き始める音が聞こえてくる。油の飛ぶ、聞くだけでも腹が空いてくるような音だ。アザルは龍の一族と名乗ってるだけに鼻は効くようだ。


「奢ってやるから、感謝しろよ?」


「はいはい、ありがとうねー、主様?」


主様、なんて呼ばれるのは悪い気分ではない。寧ろいい気持ちにもなれる。どうせいつもどおりお前呼びをしてくるもんだ。少しくらいは大丈夫。




「はいよっ。お前たちが注文した牛肉のステーキ二人分だ。…残りはまだ焼いてるから、待っててくれよな?」


そう言いながら中々な大きさの牛肉が置いてある黒いステーキ皿をテーブル席に持ってくる。特に焼き加減について聞かなかったからか、表面上はしっかり焼かれているものの中はほんのりと赤い状態になっている。……うん、これが一番美味い状態だ。

そしてアザルの方には……子供扱いされているのか、店主直々に食べやすい大きさに切られている。


「お嬢ちゃんの方もちゃんと味わって食うんだぞ?」


「は、はは……ありがとうねー……」


二回頭を撫でるように優しく叩けばまた厨房に戻っていく。


「……なぁ、レウィス。……私はそこまで幼くないはずなのだが……」


「おっさんに取っちゃお前はまだ子供程度だろ。そんなことより食え」


まだなにか言いたそうな表情でこちらを見るが無視だ。腹が空いているからかしおらしいとはいえ、構わないほうが良い。どうせ完食したらまたいつもの調子に戻るだろうし。


「では、いただきます……と」


彼女の方はすでに食べ始めている。表情からはわかるくらい、美味しそうな雰囲気を醸しながら、ゆっくりとフォークを口元に運んでいく。この表情も無意識にやっているのか、じっと何秒か見つめても「なんなんだこいつ」と言いたそうにするだけで、表情を一切変えない。見ている方も気持ちよくなるような食べっぷりに表情。こんな安く牛肉のステーキを作ってくれた店主のおっさんにも見せてやりたいくらいだ。

それより自分の分を食べ始めよう。アザルの方はまだ……六人分控えているから、割と急ぎ足で食べても大丈夫だろうか。


「……柔らかっ……」


中がほんのりとまだ赤い事もあり、肉自体の柔らかさは極上だ。

フォークで切るために抑えようとするだけで肉汁が溢れ出てくるのだ、それもちょっと程度ではない。油断するとその部分に固まってる肉汁が全て溢れてきそうなまである。ナイフで切ろうとしても、柔らかさのおかげですんなりと食べやすいサイズに切り出せる。ステーキ自体も決して薄くなく、顎が疲れない程度の厚さになっており、食べる人の顎事情も考えている。

ゆっくりと、そのままステーキを刺したフォークを口の中に運んでいく。途中肉汁が落ちているかもしれないが、錯覚だ。


「……」


口の中に運び、一噛みする。その瞬間に一斉に肉汁が溢れては、口の中を満たしていく。これだけでもう満足出来るレベルだが、まだ肉本体が残ってる。

もう一噛み、すると肉自体の味が口の中に広がり始める。噛み易さも相まっては味の広がり具合が半端なく早く、それでいて味はしっかりと残っている。すべてを忘れてはずっとこの一口だけでも噛んでいけるくらいだが、この至高な時は終わりを告げ、気がついたら口の中に入れたステーキはもう飲み込んでしまっていた。癖になりそうな味。肉汁も非常に多く、あとで胃が重くなりそうだが…これくらい旨いものを食べれるのなら、それくらいは大丈夫だ。


「……どう、おいしい?」


すっかりと我を忘れては食べていたら、不意に彼女の声が聞こえる。

自分のはもう平らげた様子で、こちらを面白そうに見てきて。


「ああ、極上な美味しさだ。この店が南地方じゃなければ、どんなに良かったことか……」


「私は味とか……異常に不味い以外だったら普通に大丈夫なんだけどねー」


「その割には見ている方も気持ちよくなるくらい、美味しそうな表情をしてたぞ?」


「……そうかもね」


珍しく反論せずに、今回は認めた。と、なると……味に余り興味を示さない我が使い魔もお気に召した様子で。

それなら良い、変にプライド高く「美味しくはない」なんて言ったら…俺はどうでも良いが、作ってきた店主が可愛そうだ。わざわざこいつのために食べやすいサイズに切ってくるようないい人なのだから。

あいつがこっちを見てきても余り気にせず、自分の分を食べることにするだけだ。そのうち…たった今店主が彼女の分のステーキ皿を持ってきたのだから。もちろん今回も食べやすい大きさに、そして彼女の食べるスピードを分かったのか一気に三皿分持ってきて。


「もっと食えよお嬢ちゃん!まだ育ち盛りだろうしな!あっはっは……」


豪快なおっさん……もとい店主だ。育ち盛りなんて言われても気にしない辺りアザルはもう肉が食えればどうでもいいんだろうな。

その間俺はゆっくりと、自分の分のを楽しむ事にする。




食べ終えれば二人並んで食堂から、ゆっくりとした足つきで出ていく。なんだかんだでこいつは店主にもう一皿サービスしてもらったりと…。


「南地方の人間とはいえ、いい奴だったな、レウィス?」


「同感。しっかし…こんな所に安い牛肉のステーキなんかあるのをもっと早く知ってれば……はぁ、中央地方にも安いところがあればな……」


無理すれば牛肉のステーキくらい、俺でも頼める。なのだが…やはり高すぎる上に、こいつの性格的に自分も欲しくなることは確実だ。あんなバカ高い中央地方で、八人前なんぞ頼んだらもうその月は絶対に食えなくなる。それくらい、本来は高い食事だ…だが、だからこそこんなに安く、南地方とはいえ食事をすることが出来たのが幸運だ。


「それより……アザル。お前、自分の目的を見失ってないよな?」


「安心してって。私の直感が、まだこの街に居るって言ってる。……それも、近くに、ね……」


……驚いた。適当に食堂で食事を取っている間に、どうやらこいつの友人が近づいてきている様子だ。こいつの直感が言うにはだが。

想像してなかった展開の事もあり、もしかすると……今日は宿を取らなくても良いのかもしれない。そう考えるとやる気が出てきた。


「じゃ、そのままお前の友人とやらを――――――

唐突に背中に感電したかのような痛みを感じる。鋭い痛みで、声を上げるまでじゃないが……その場に倒れ込むような痛みで……。




「はいはいすみませんねぇ。ちょっと乱暴な方法ですけど」


女性の声が聞こえてくる。俺に謝ってるのか…。

……痛いっ!?!?

少しでも動こうとしたら身体全体に小さい針で、無数に刺してくるような痛みを感じる。相当厄介な痛み。……彼女が魔法を使ってきたんだろう。

それよりアザルだ。……あいつは……。


「待て、クソ野郎。…我が主に何の用だ?」


アザル精一杯出したような低めのトーンが聞こえてくる。よかった、こいつには何も起きてないようだ。


「我が主……?はぁ、人攫いはまさか催眠術でこのような子供を攫っては、主様!……なんて気持ち悪い呼び方をさせてるだなんて……」


反論したいのだが、今は口を動かすことすら出来ない。少しでも喋ろうとすればまた痛みがやってくるからだ。

そうなれば……何とかアザルに任せることしか出来ない。……それに人攫い、か。


「まぁ良いわ、人攫いさん。残念ですけど、貴方の犯行はここで終わってしまった!……って奴ですから!」


完全に勘違いされている。そもそも何だその人攫いってのは、この街ではそんな物騒な事が起きてるのか……。


「犯行……。……なるほど、貴様は……そのクソダサい制服を見る限り、大陸騎士団……それも、南地方の、か。……我が主を元に戻せ。それも、三秒以内に、だ」


「……そ、そうだけど……こほん。私は大陸騎士団南地方の高等魔術師、カトリネ・ロドリゲス。此処第三南街にて起きている人攫い事件の担当よ。というわけで、そろそろ…うん、君のその催眠術も解いて……」


わざとらしい大きなため息が聞こえる。高確率で、彼女のだ。


「……聞こえなかったから、もう一度言う。……私は、我が主の使い魔、アザル。今、三秒以内に主にかけたその魔法を外せ。でなければ……」






―――――――殺す。

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