不幸を招く龍はただ暮らしたい。
ぺあが
第1話 古い友人を探して。
なんの目立った特徴もない、少し寂れた街をなんの目的も無いように歩きながら、辺りを見回していく。精々レンガ状のいつ崩れてもおかしくないような建物があるだけで、観光地的な物も全く無い。……さすがは腐った街、とも呼ばれているだけある。
自分からは絶対に来ないような所ではあるが、今回はケースがケースだ。俺の使い魔が唐突に「用事があるから一緒に来い」と、強制的に連れてこられたからだ。……本来なら主である俺のほうが立場は上な筈だが……この使い魔、が相当厄介な物だ。
歩く姿は、黒い濡羽色の長い髪の毛に真っ黒なコートを着ている十五くらいの少女にしか見えない。頭に後ろ向きの二本の黄色のツノ、これだけが彼女の人外でない部分だ。最も、これを見た人はコスプレアイテムかなんかだとしか思わない。それくらい、この使い魔は至って普通の人間に見えるからだ。ただし、それは人間時の姿に限定する。彼女の本性は何でも龍の一族だとか。契約した時は常に少女の姿だったから、信じられないが。
「……どうしたんだ?」
どこか不安そうに後ろを向いては、彼女は声をかけてくる。相変わらず人間では有り得ないくらい、曇り一つ無い琥珀色の蛇眼でこちらを見ながら立ち止まる。俺がどうしてこんな所に来た、と問いかけたいのだが……彼女の性格の事だ。用事なんて無く、ただただ暇つぶしでこんな所に来たはずだろう。
「いや、何でもない。それよりアザル。……お前、こんな所に用事なんてあるんか?」
アザル、それが彼女の名前だ。なんでも不幸やら不吉、という意味を持つらしいが…名前に反しては彼女からはそんな気配を一切感じない。寧ろ幸運にまで思えるくらいだ。
「ああ、それは……まぁ、大丈夫。私の古い友人がここに居る、って直感がして」
「直感かよ……」
なんの確信も無く、直感だけでこんな寂れた街に、彼女に連れてこられた。やっぱり力関係が使い魔の方が強いという、自分でも変な感じがするとはいえ仕方ない事だ
なんだかんだ、彼女とは気が合う……と、思うからだ。
こちらを気にかけないようにまた前を向いては割と急ぎ足で街をあるき始める。せめてその古い友人が、この街のどこに居るのかを知っていればもっと楽になるのだが……アザルの事だ。そういう考えは十中八九無い。ただ直感に従っているだろう。
またなんの目的も無く街を歩くことにする。正直家に帰って休みたいのが本音だが……彼女が許さない筈だ。
「しっかし…… 本当になーんにも無い街。……こんな所でも、厄介な騎士団がいるってのが」
「ここに来る前に言っただろうが……第三南街は何もない街って事を、お前のその古い友人も、わざわざこんな街に来るわけが…」
「それはだな……私の直感が、ここに居る!って言っている。まさか、私の主であるお前が、この私の言葉を信じないって……?」
正直かなり信じ難い。だが妙な猫撫で声で言われれば、ノーとは言えない。どうしても肯定してしまう。
「はぁー……。分かった、信じてやるが……」
確実に、その古い友人を見つけるのには時間がかかるはずだ。なんせその手掛かりとやらは直感しか無いからだ。特にこいつ、アザルの直感は…個人的な経験にて、信頼はしてない。念の為持ってきた小袋からはどれくらい金があるかを確認する。
まず宿用。次に食事用。……そして……風呂が問題だ。
俺一人だったら適当に宿屋のを借りるが、こいつのことを考えればそれは無理がある。もっと普通の見た目をしていれば大丈夫だったが……ツノだけで確実にアウトだ。そうなると…彼女用に貸し切りのを借りないと行けない、と……。
「……?なに、その…親戚が死んだような顔つきは……?」
……いかんいかん、こいつが今日だけで使う金額を考えていたら、一瞬だが魂が抜けそうになった。
「お前のせいだっつーの……一応聞いておく事があるんだが……」
もしかすると、もしかすると彼女の気が変わり、探すのをやめようってなったこと考えてだ。まだ絶望の時間ではない。
「今日、見つけれなかったら……?」
「見つかるまで探すだけ」
こいつは言い切った。
こちらの事情なんか気にしないかのようにこいつは言い切った。確かに、使い魔のこいつにとっては主である俺の財布事情はどうでもいいかもしれないが……。いや、そもそもこいつは宿すら必要ない気がしてきた。一応、こんな少女の姿をしていても使い魔……人間とは全く違うなにかであるからだ。
いや、だがもしこいつが、俺から離れると弱体化すると考えると……ああ、どのみちこいつには金を使わんと行けない事になる。
……今はもうこいつの古い友人を探すことに専念しよう。他は、その時で考えることにしよう。じゃないと胃が痛くなる話だからな。
しばらくこの何もない街を歩いていく。手掛かりらしい手掛かりは一切言われなく、彼女の直感を信じるだけで。せめてその古い友人の外見などを言ってくれれば、少しは楽になるはずで。……そういえば、その外見については一言も聞いてなかった。せっかくだから聞くことにしよう。
「アザル、お前のその友人の事だが……」
「あいつの姿が変わってなければ、私と同じ龍の姿をしている。ただ、もし使い魔になっていたら……」
「姿はわからない、と」
確実に彼女の友人は使い魔になっているとは思う。このような街で、龍の姿のまま移動するなんて、騒ぎが起こるに決まっている。なのに一切、そういう騒ぎが聞こえない辺り…彼女はもう誰かの使い魔になっているだろう。それも、こいつと同じ人間の姿をしていて。……これは相当時間が掛かるし、何より直感が外れていれば…とんだ金の無駄遣いにしかならない。
かといって今のこいつを止めるのも……無理だ。やるといったら絶対やる、そんな性格をしているからだ。……運良く、飽きて無かったことにしてくれたらいいのだが。
「お前と契約してからは全然見てないからな。どこで、何をしてるか……ぜーんぜん分かんない」
まるでお手上げ、なんて言いたそうに呆れた口調でアザルは言ってくる。
それでもその友人を探そうとする辺り、こいつにも想う気落ちくらいはあると感じる。……念の為、まぁ理由を聞いておこう。
「そこまでしてそいつを見たい理由ってあるか?」
「ん?……ああ、今日起きたらあいつの事思い出して。久しぶりに顔くらいは見ようかなと」
……こいつに期待した俺は馬鹿だった。
街を歩く人々を見ても、観光者や旅行者などは見当たらない。精々今の俺たちの同じような旅人の類だ。それを除けば地元民と、分かりやすい騎士団のマークが付いている黒いインナーの上から軽鎧を着た騎士団がいるだけだ。改めて見ると…手先まで隠すようなインナーと、蒸れないのだろうか。それとも単に魔法で常に対策を練っているか…まぁ、確実に魔法か何かを使っているだろう。
地元民の服装を見ても、至って普通だ。ただ同じのを使いまわしているせいか、どことなくボロ臭い。まぁ、腐った街…なんて呼ばれてるくらいだ。だからこそ早くここから帰りたい。
何かの事件に巻き込まれてからは遅いだろう、それにアザルがいくら強いといっても……面倒事に巻き込まれるのだけは絶対に嫌だから。ただ、あいつはそれを気にせず面倒事に自分から突っ張っていく可能性もある。それもすべて良心からじゃなく「面白そうだから」なんてふざけた理由だ。
「……」
横目でアザルの事を見ても、こいつは俺に対してあんまり気にしていない用に見える。自分の速度で歩いていきながら、直感を信じては進んでいくだけだから。なんともはた迷惑な存在だ。
「あー……レウィス……?」
珍しく俺の名前を読んでくる。それも、どこか申し訳無さそうな声で。
「どうした?」
「いや、そのー……あれ、でな」
足を止めれば恥ずかしそうに、顔をほんのり紅潮させながらこちらに振り向いてきて。眼もずっと泳いでいるように、辺りを見回すようにしていて。こういう時は素直に可愛い。所謂ギャップ萌え、の類だろうか。いつもの傍若無人っぷりな事もあるからだろうか。
「その、あれで……え、ええっと……。……お腹、空いた」
「……はぁ??」
ただ一言、お腹空いた。それでもこいつは何故か恥ずかしそうにしては、申し訳無さそうな感じを出している。……やっぱりよくわからない。
「だーかーら、私はお腹が減ったと言っている!……腐っても、お前は私の主ではあるんだし……それくらいは分かって欲しいというか……」
「そう言われてもなぁ、使い魔って本来は食事する必要すら無いんだろ?」
俺の知っている限り、使い魔は主の魔力がある限り、それだけでも生きていける筈だ。……いつもは食事を与えているけど、今日はちょっと意地悪をしてみたい気分でもある。
「そ、そうだが!……魔力だけじゃ、満たされないというか……」
長い間龍の姿になっていたことも関係するのか、やっぱり彼女は口を使っての食事がどうやらしたいようで。なんだかんだで『主とその使い魔』という立場を守ってることもあるのか、こういう時は強く出ない。
「でもお前、めっちゃ食うもんなぁ……」
「満たされないから、仕方ない!」
実際こいつはかなりの量の食事を取る。見てるほうが不安になるくらい、小さい体に入り切るのかと思ってしまう程に。おかげで毎月食費だけで入ってくる金の殆どが消えていく……今月はそれに加え宿の事も考えると……赤字、だ。
そろそろこいつに意地悪するのもやめて、適当になにか食べさせることにする。……といっても、この辺りで食堂はあっただろうか。初めて来る街ではないにしても、よくわからない所だ。こいつが何でも食うとはいえ……野菜だけを与えるのもまた酷い話ではあると思う、いくら安く上がるとはいえ。
そうなるとこの辺りにある肉を専門とした食堂が良いだろう。そういうところは欲張らなければ安い上に美味い。特に今は人間とはいえ、龍であるアザルの口にも合うはずだ。
「そ、それで……なんだ、私を……このまま放置する気か、お前……?」
「ああ、安心しろ。食堂に連れてってやるから。その後お前の友人とやらを探し出す。それでOKか?」
念の為こいつがまだ友人探しをしようとしたいのかを確認する。ここで「やっぱいいや」なんて言ってくれたほうが嬉しいが、現実は非情である。俺は宿屋に多額の金を支払い風呂を一つ貸し切りしてもらわないと行けないだろう。
「当たり前だ。……あいつは絶対にここに居る。……この街のどこ、って言われると私は言えないけど……」
「そのうち見つかるだろ。お前の直感がたまにしか機能しないとはいえ、お前は龍の一族なんだろ?」
腐っても龍の一族。…腐っても、龍の直感だ。可能であれば今日中に、それが可能じゃなければ……明日には絶対こいつの友人を見つける。そして家に帰って温かいベッドで寝たい。
となると、まずは食堂を探すこと、だが――――――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます