アールさんのティータイム

上原 恵

01:ちいさなまちの機械人形

とある国の小さな街のおはなし。

 穏やかな日常の中で『事件』は起こったのです。その事件は、街外れで修理屋を営むタカミチさんの元にも届きました。

「タカミチさん!」

 ひどく慌てた様子でお店に入ってきたのは近所の男の子でした。走ってきたのか、肩で息をして上手く喋れないようです。

「まずは落ちつこう」

 ね、とタカミチさんの言葉に男の子は素直に頷き、何度も深呼吸をします。

「それでどうしたの?」

 男の子の息が整ったのを見計らってタカミチさんが訊ねます。

「あのね、来て」

 男の子はぐいぐいと腕を引っ張っていき、お店の裏へと連れていきます。お店の裏は森が広がっていて鬱蒼としています。

「タカミチさん」

 この人、と男の子は茂みの中を指差しました。タカミチさんは言葉を失いました。


 そこにいたのは少女でした。

 気が動転しかけたタカミチさんでしたが、倒れている少女に違和感を覚えて傍らに膝をつきました。しばらく様子を窺って、男の子に向き直り言いました。

「教えてくれてありがとう。あとは大丈夫だよ」

 ふわりと笑うと、不安げにしていた男の子もホッと胸を撫で下ろしたようでした。こくりと頷くと家へと戻っていきました。男の子の姿が見えなくなってから、タカミチさんは眉根を寄せました。

「さて、どうしようか……」

 力なく閉じられた少女の瞼に触れて、タカミチさんは信じられないように呟きました。

「まさか機械人形だなんて」

 茂みの奥に、 まるで隠されていたように倒れていた少女は――時代の流れの産物『機械人形』だったのです。

 

 ああ、まるで―――。


 それを見たとき、タカミチさんは似ているなと思ったのです。

「気付かなかったわけか……」

 男の子が分からなかったのも無理はありません。長年修理屋をしてきたタカミチさんでさえ初見で気付けなかったのですから。それだけ精巧な機械人形だったのです。

「とりあえず店に連れていこうか」

 男の子に言った手前、放っておくことは出来ませんでした。タカミチさんは苦笑して、機械人形を背負いお店に戻ることにしました。


「壊れているなあ」

 機械人形のプログラムとにらめっこして、タカミチさんは難しい顔をしました。外装の損傷だけであれば問題はなかったのですが、どうやら中の方も大分やられていました。この手のものに苦手意識を抱いているタカミチさんは溜息をついて、データチェックを進めていきます。

「どうして、あんなところに機械人形が」

 機械人形には所有者情報を記録することになっていますが、どんなに調べても出てきませんでした。消去された可能性も考えられました。投棄されたのかもしれませんでした。

 棄てられた原因がある――?

 ジッと機械人形を睨みつけていたタカミチさんでしたが、やがて目尻を下げて言いました。

「うん、わかったよ」

 その声音はとてもやさしいものでした。


 何日も費やして、ようやくタカミチさんは例の機械人形の修理を終えました。

「これでいいはずなんだけどな」

 充電を終え、タカミチさんはどこか緊張を帯びた表情で待ちます。

 そして、ゆっくりと機械人形の瞼が開かれました。

 覗いた瞳の色にタカミチさんは目を瞠りました。ゆらゆらと静かに波立つ光が灯り、次第にそれがはっきりしてくると機械人形の唇が動きました。

「……せんせい?」

 小首を傾げて、機械人形は鈴のような声で訊ねます。

「ごめんね、僕は『せんせい』ではないんだ」

 おそらく『せんせい』と呼ばれる人物が所有者だったのでしょう。謝るタカミチさんに機械人形はゆるゆると首を横に振ります。あまりに自然な仕草にタカミチさんは舌を巻きました。

「せんせいって誰なのかな」

 タカミチさんの問いかけに機械人形は口を開きましたが、すぐに考え込む素振りを見せました。しばらくそうしてから、

「あら……どなただったのでしょう」

 機械人形はしきりに何かを思い出すように視線を彷徨せて、ようやくそれだけを呟きました。

「申し訳ありません、記憶回路の不具合で再起動以前の記録が見つかりません」

 深々と頭を下げ謝罪をする機械人形にタカミチさんは天井を仰ぎます。やはり内部の修理は完璧ではなかったのです。自らの力量不足を嘆くタカミチさんでしたが、ぶんぶんと思考を切り替えるように頭を振りました。

「こんにちは、僕はタカミチ。君は――」

 言いかけたところで、タカミチさんははたと気付きます。この機械人形は名前すらも覚えてないのではないか、と。どうやら予想は当たっていたらしく、機械人形は申し訳なさそうに目を伏せました。

「それじゃあ」

 ぽんと手を打ち、タカミチさんは膝を折って機械人形に目線を合わせました。

「アール・グレイ」

 きょとりと目を丸くした機械人形に、タカミチさんはゆっくりと話します。

「君の名前だよ。どうかな?」

 ぱちぱちと目をしばたたかせていた機械人形は『アール』という言葉をなぞります。何度も呟いて、やがてはつらつと返事しました。

「はいっ」

 そして頭を下げました。

「タカミチさん、素敵な名前をありがとうございます」

 ふわりとひだまりのような笑顔を咲かせました。

 びっくりしたように口をぽかんとしていたタカミチさんでしたが、眩しいものを見るように目を細めました。

「これからよろしくね」

 そう、タカミチさんは気付いたのです。


 出逢った機械人形、アールさんは美味しく淹れた紅茶の色を持っているということに。

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アールさんのティータイム 上原 恵 @kei-uehara

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