バーサーカーと呼ばれた男

 副団長は戸惑っていた。

 視界を埋め尽くすほど巨大な地獄の番犬オズに対し、タクミは槍一本で突撃した。

 全身を黒い炎で覆った巨獣だ、マグマを垂らすその三つの口からは人間など一瞬で焼き尽くす炎を吐き出すだろう。

 彼我の距離、およそ五〇メートル。既に炙られるような熱を感じる。

 だが恐るべき相手ではない。この赤い拳銃をもってすれば一瞬で片が付く。狙う場所はどこでもいい。幸いにも冗談のような巨体だ、外す方が難しい。

 しかし突撃する前にタクミが言い放った言葉。

 お前は正体不明でい続けろ。

 若くとも副団長だ、戦略的にその意味は理解している。

 また、『赤い翼』のバーサーカーと呼ばれた男がどう戦うのか、興味がないとは言えない。ゼルテニアにとり、タクミもまた敵になり得る存在だ。

 故に副団長は赤い拳銃を構えたまま、ひとまずは見とした。

 そして、思いがけないタクミの行動に目を疑った。


「おりゃっ!」


 軽い掛け声とともに、タクミは手にしていた槍を番犬オズの三つ首、その真ん中に思い切りぶん投げた。


「グゥアッ!?」


 武具からのフィードバックを力とする騎士には考えられない、よもやの投擲。槍に投擲の属性があるのは知っているが、近寄る事も難しい相手に、しかも見る限り唯一の長物を投げるなど完全に想定外だった。

 想定外だったのはそれだけではない。

 燃ゆる番犬オズの額に刺さった槍が、燃え尽きる事なく刺さったまま残っている。


「炎への耐性……? しかし、あれほどの耐性を持つ槍だと……?」


 忘れてはならない。タクミの作る武具はすべて伝説級の威力だ。

 槍を手放したタクミは真ん中の頭に向け高く跳躍した。

 だが番犬オズもこの程度では怯まない。


「ゴォオオオオオオオオッ!!」


 左右の頭、その口から極太のレーザーのように黒炎が放たれる。既に跳躍しているタクミに回避は不可能、常人なら当然死んでいる。

 そう、常人であれば。

 

「はいまず一つ!」


 理屈は分からない。少なくとも副団長の知る限りではあり得ない。

 だが事実としてタクミは火傷一つなく黒炎を抜けていた。更には楔の如く打ち込んだ槍を更に深く突き刺すよう、鋭く正確に槍の石突へ踵を落としていた。

 召喚獣も所詮は異世界から召喚された獣に過ぎない。頭蓋を貫かれ、脳を刺されれば当然死ぬ。

 真ん中の首が力なく垂れ下がり、左右の頭が見合わせるように互いを見遣る。

 その隙をタクミが見逃すはずもない。


「二つ!」


 槍を引き抜き一回転、流れるように左の喉元を斬り裂き。


「三つ!」


 回転を加速し横っ飛び、今度は上からの斬撃でもって右の首を斬り落とした。

 命を絶たれた番犬オズが消えていく中、副団長は額に大粒の汗を浮かべていた。

 これが、『赤い翼』のバーサーカー。

 最強と謳われる傭兵団、その先陣を切る男。

 血を振り払った槍を肩に担ぎ、タクミは悠々と歩いてくる。

 副団長はタクミに銃口を向けていた。

 この距離なら拳銃の方が有利だ。避けられるはずなどない。

 だがどうしても、タクミを殺せるイメージが浮かばない。

 そもそも、先の華麗なる瞬殺にしても。


「……炎に耐性があるのか?」


 銃口を向けたまま、再びの接近を許した副団長は問う。

 番犬オズの吐いた黒炎は確かに直撃していた。更に、タクミはマグマの上で平然と立ち回っていた。


「ま、俺は武具屋だからな?」


 ニッと笑い、タクミはシャツの中から四つの宝玉が連なる首飾りを出して見せた。

 赤、青、黄、緑。即ち。

 炎、水、土、風。基本四大属性への耐性アクセサリ。


「素材や作り方なんかは企業秘密だけど、注文してくれたら作ってやるよ。ちょっと時間掛かるけど」


 自慢げに言いつつ、タクミはごく自然に赤い拳銃を掴み、下に降ろさせた。


「それより、本命があの程度ならここを守るのはあんたじゃなくてもいい。別の騎士に任せてもっと有意義に動いた方がいいな」


 それだけ言って、タクミは副団長に背を向けて歩き始めた。


「待て、どこへ行くつもりだ?」

「わざわざ町ん中に召喚獣ぶち込んで、そのくせ雑魚な本命を使うような二重の陽動なら狙いは二つ。もちろん一つは副団長、あんただ」


 制止には応えず、タクミはひらひらと手を振る。


「このバカみてえな戦争を止めてくるよ。お互いに頑張ろうぜ」

「………………」


 狙いの一つが赤い拳銃の正体を暴くというのは、タクミの言う通りだろう。

 ならば、もう一つの狙いは。

 明確に『赤い翼』が主導する戦争に対し、タクミがどう動くかを見定めるためか。

 方や、最強の傭兵団『赤い翼』。

 方や、かつてその傭兵団に属していた一人の男。

 戦力の優劣だけで言うなら考えるまでもない。

 副団長の立場に置き換えるなら、たった一人でゼルテニア騎士団に反旗を翻すようなものだ。

 それでもタクミは明確に敵対した。威風堂々、己を貫く旗を掲げた。

 無謀だと、止める言葉すら躊躇われた。

 タクミと『赤い翼』のあいだに何があったか、副団長は知らない。

 故に副団長は王城へ向けて簡単なサインを示す。


「……あの男を、死なせる訳にはいかない」


 挨拶代わりの奇襲戦は終了した。

 眠れる巨凶、ゼルテニア王国が動き始める。

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