戦争の理由

 屋根に壁、尖塔に至るまで漆黒に塗り潰された巨大な城、ゼルテニア王城。

 同様に黒く染められた両開きの大きな正門前、向かってくるタクミに副団長は銃口を向けていた。

 伝説級を超える神話級の武器、赤い拳銃。

 世界で三丁しか確認されていない銃の一つだ。

 その銃口から射出されるのは弾丸と限らず、余りの希少性から武具術によるフィードバックも不明。

 確かなのは拳銃の構造上、遠くから一直線に向かってくるタクミを撃つのは可能だった事。

 過去形だ。

 即ち、銃口を向けながらも副団長は赤い拳銃を使用せず、タクミの接近を許した。

 苦々しい面持ちで副団長は問う。


「……どういうつもりだ」

「あんたと同じだよ。本命の召喚獣を片付けに来た。まだ現れてないみたいだな」

「助太刀は不要だ。何よりお前を信用していない」

「半分正解ってとこだな。味方と思わせて背後から刺す、『赤い翼』ならそれぐらいやる。だが何が出てくるかも分かんねえのに一人でやれると思ってんなら間違いだ。騎士団長は?」

「僕が止められなくてもゼルテニアは揺るがない」


 あえて赤い拳銃の射線に身を晒したまま、タクミは改めて王城周辺を見渡した。副団長以外は誰もいない。槍を肩に担ぎ、副団長に背を向けて言う。


「あんた、よっぽど信用されてんだな。銃ってのはそんなに強いのか? 俺が前にいた世界でもベーシックな武器だったけど、俺が生きてた国じゃ禁止されててな。よく知らねえんだよ」

「もう一度問う。どういうつもりだ」

「情報交換といこう。俺が知りたいのは戦争の理由だ。『赤い翼』について知ってる限りの事を話そう。ま、二年前の古い情報だけどな」


 しばらくの沈黙があった。

 遠く南では、今もヘルハウンドとの戦いが続いている。


「……召喚士も魔方陣も見当たらない。遠隔から召喚できる人物がいるのか?」

「俺の知る限りじゃいないな。大体、こんなやり方自体『赤い翼』らしくない。美学の問題じゃなく、単純に回りくどいだろ。わざわざ陽動なんかしないで初っ端から本命をぶち込むはずだ。本命のための陽動と見せかけて戦力を停滞させてるだけの可能性もあるけどな」


 陽動と思わせる事自体が囮。現に戦力の未知数な副団長が足止めされている。

 戦争を仕掛ける側にとって恐ろしいのはイレギュラーだ。世界最速にして神話級の鞭を操る騎士団長は圧倒的な脅威だが、逆に言えば方向性の知れた脅威として織り込める。だが情報の極めて少ない銃を扱う副団長は脅威の方向性すら分からない。どんな動きをするのか分からない駒は盤ごとひっくり返す恐れがある。


「……お前がゼルテニアにいる理由は」

「隣接する三国を同時に相手取っても引けを取らない戦力、それでいてこっちから戦争を仕掛けた過去がない。普通に考えりゃアクアリステから戦争を仕掛けてくるなんてあり得ないはずだった。だから俺は理由を知りたい」

「金の枯渇が原因と考えられる」


 この点に関して、副団長に逡巡はなかった。

 タクミが『赤い翼』のスパイならば知っているはずの情報なのだから妥当だろう。


「半年ほど前からの話だが、ゼルテニアを流れる二つの川から砂金の採取量が減少している。アクアリステも段階的に金の値を上げてきていた。先の一騎打ちも金の値上げによる交渉不和が原因だった」

「なるほどな」


 アクアリステは水と黄金の国だ。アクアリステ領内に水源を持ち、その水源がある山は金鉱山でもある。観光と黄金を産業の両輪としている以上、金の枯渇は国として致命的なダメージだ。


「ゼルテニアに仕掛けたのは海洋資源欲しさってとこか。まあ理由としちゃ十分だ」


 アクアリステの隣国のうち、半島であるゼルテニア王国は唯一海に面している。枯渇しつつある、あるいは既に枯渇している金鉱脈の代替として海洋資源は魅力的だ。

 一応の納得をした上でタクミは言う。


「だとしたら思ってる以上に厄介だぞ。これは『赤い翼』が作った戦争だ」

「……何だと?」

「いつもどっかで戦争が起こってる訳じゃないだろ。傭兵団は戦争でメシ食ってるんだ、食いぶちがなけりゃ戦争から作る。そういう時の『赤い翼』は厄介なんだよ。主導権を握ってる訳だからな。それも始まる前から作戦を練り上げた上でだ」


 副団長は絶句した。

 無理もない、忠義と誇りを重んじる騎士とはかけ離れた考え方だ。

 一方、理由を把握したタクミは自身の目的を確かなものとしていた。

 やはり、この戦争は『赤い翼』との戦い。極端な言い方をすればアクアリステは利用されたと考えてもいい。

 知らず、タクミは笑みを浮かべていた。

 金の枯渇が真の理由なら、戦争を止めるには『赤い翼』を撤退させるしかない。

 最も困難な方法しかないと知り、思わず笑ってしまっていた。


「さて、そろそろお出ましだな」


 少し前からヘルハウンドの咆哮が聞こえなくなっていた。

 本命が来るなら騎士達が戻ってくる前――今。


「……現れない可能性もあるが」

「俺の知らない方法で『赤い翼』が練った戦略だけど、この状況なら現れる。得体の知れないあんたを足止めし続けるより、ここで正体を暴いた方が得策だ」


 ――そして響く耳障りな高音。タクミの視界の正面が、歪む。


「だからあんたは手を出すな! 最後の最後まで正体不明でい続けろ!」


 深く腰を落とし、槍を構えたその先。

 現れたのは家一軒程度あるヘルハウンドより三倍近く大きい、三つ首の犬。

 その身に黒い炎を纏い、三つの口からはよだれのようにマグマを垂れ流している。

 地獄の番犬オズ。


「グルルルルルル……ッ!」


 唸る巨大な番犬オズに、タクミは槍一つで突撃した。

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