戦いの産声
一方その頃、タクミは槍を手にヘルハウンドを狩り回っていた。
最短距離、屋根から屋根へ飛び移り、正確に首を斬り落としていく。槍の本領は刺突だが、タクミは舞い躍るように身を捻り斬撃、無駄のない動きで次々と仕留めていく。
「何者だっ!?」
「『赤い翼』のバーサーカー!?」
「地下牢に幽閉したはずじゃなかったのか!?」
あちこちから騎士達の声が上がるも、タクミは構わず狩り続ける。
自身の潔白は、行動で示す。
実際、疑惑の身であるタクミを拘束しようとする騎士はいなかった。どういった理由か分からずとも、自分達と同じく街に害なす獣を駆逐しているのは揺るぎない事実だ。
そんな最中、返り血を浴びるより早く次の標的を狩りながら、タクミは疑念を抱いていた。
(どうして南下している?)
騎士団寮や大聖堂、そして王城。首都ゼルテニアの主要拠点はすべて北部に集中している。戦争を仕掛けてきたアクアリステもゼルテニア王国から北にある。
奇襲ならばまず王城を狙うはずだ。実際そうだったのかもしれないが、それはタクミの知るところではない。北部に戦力が集中している以上、駆逐されていないヘルハウンドが南部に残るのも当然だ。
おかしいのは、南部に新しく召喚されている事。
「……陽動か」
タクミは苦々しく舌打ちした。
主要拠点から離れているとはいえ、首都南部にも多くの国民が暮らしている。王国を守る騎士や魔法使い達は、召喚され続ける限り南下せざるを得ない。そもそも、奇襲での速攻ならヘルハウンド程度では力不足だ。
本命は再び北部に召喚される。
王国の首脳陣も分かってはいるだろう。
しかし放置する訳にもいかず、肝心の召喚士も見当たらない。ロロを呼べば一瞬で北部に戻る事もできるが、未知なる時空術を衆目に晒す訳にはいかない。
どうすればいい?
二秒ほど考え、タクミは近くにいた弓騎士のそばへ着地した。
「ひっ!?」
「また捕まえようなんてバカな事は考えないでくれ。これが陽動だってのは気付いてるな? 副団長はどこにいる?」
「ふっ、副団長なら王城前にいるはずだ! ……お前の狙いは何なんだ?」
弓を手にしたまま弓騎士は両手を挙げ、降参を示していた。
「伝達係の魔法使いとは連携取れてるな? 俺も王城に行く。だから動かせるだけの力で残りの獲物を片付けてくれ。頼む」
返事も待たず、踵を返したタクミは北部へと駆け出す。
タクミとロロが『赤い翼』にいた頃から、ロロの時空術は機密だった。
異世界転移者であるが故、この世の理とはまったく異なる特殊な力だ。一集団だけの秘密にしておきたいのは当然だし、何よりロロ自身がその力の原理について語りたがらなかった。
タクミが知っているのも「ロロが訪れた事のある場所に限り、ロロに触れていると一緒に瞬間移動できる」「大声で呼ぶとロロが空中に現れる」程度だが、後者に関しては時空術なのかも不明だ。
そんなロロはツクモ屋の工房で、シャロンの計測値をもとに縫い物をしていた。
文字通り決死の覚悟から命を拾われたシャロンもまた工房にいるが、抜けた腰がまだ治らないらしく、だらしなく床に寝そべっていた。
それでもシャロンは意外と気を遣うタイプなので頑張ってロロに話し掛ける。
「ロロさんも武具を作れるのですか?」
「作った事はない。でも原理は把握している」
「なるほど」
ちなみに、シャロンも自分の計測値を元に何か作っているらしい事には気付いている。だがシャロンが話さなければロロはずっと無言なのであえて尋ねる。
「一体何を作っていらっしゃるのでしょう?」
「シャロンの防具。武器は固いから扱いが難しい」
「ほうほうほう」
要するに、初めての試作品をシャロン用として作っているらしい。
命を救われた身で図々しい話ではあるが、正直嫌な予感しかしない。
「これはその、あくまでちょっとした疑問なのですが、どうしてロロさんのものでなく私の防具なのでしょうか?」
「私の初めてはタクミが作るウエディングドレスと決めている」
そう返されたシャロンの顔にふっと陰が差した。
シャロンの初めてはバニースーツであった。
「……以前のような露出の多いものは勘弁して頂きたいのですが」
「あれは効果を考えた最適解。タクミの作品にケチを付けるとはいい度胸」
「いえ決してそういう訳ではないのですが! その節は本当にありがとうございました!」
「シャロンの場合は防御を高めるより回避に特化した方がいい」
「えっ」
忘れてはならない。
ロロは会話の流れをぶった切る。
「この布は陽炎鳥の薄羽。タクミの攻撃も受け流した鳥の羽根。これから服を作れば同様の効果が期待できるはず」
「それはすごいですね。素晴らしいと思うのですが……」
床に寝そべったままシャロンは言いにくそうに口籠る。
「貴重な素材を使って頂いて申し訳ないのですが、私、戦力外通告を受けてまして。今の戦争には参加できないのです」
「それは騎士団の判断。シャロンにはタクミと一緒にアクアリステに行ってもらう」
「は? えっ、そう言われましても私は騎士団の人間ですから」
「街の召喚獣を殲滅したら、タクミは『赤い翼』と戦う事になる」
この時初めて、シャロンはロロの表情の変化に気付き、ハッとした。
ネコ耳っぽいくせ毛を垂らし、ロロは沈み込むように悲しい顔をしていた。
「私はタクミに戦ってほしくない。死んじゃうなんて絶対に嫌。だからシャロンには足を引っ張ってもらう。満足に戦えない状況を作って、諦めてもらう。これは強制、拒否は認めない」
「ロロさん……」
淡々と縫い続けるロロの手つきは、お世辞にも上手いとは言えない。その小さな手にはいくつか小さな傷が付いていた。それでも決して手を休めない様子には、どこか焦りがあるように見えた。
「タクミさんの事、本当に大切に想ってらっしゃるんですね」
「タクミだけじゃない。みんな大事。みんな大切」
なぜタクミが『赤い翼』から抜けたのか、シャロンは知らない。ロロがタクミと一緒に抜けた理由だって、もちろん知らない。
しかしロロもまた戦っている事は分かった。
かつての仲間同士で争いが起きないよう、必死で戦っている。
「……私に、そんな大役が務まるでしょうか」
「できるかできないかではない。やってもらう」
こうして、それぞれの思いのもと、それぞれの戦いが始まっていく。
残酷なのは、戦いの宿命。
戦いの宿命は、勝者と敗者が生まれる事に他ならず。
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