急転直下の銃口
一騎打ちを見届け、ついでに三ケタ爆乳を堪能したタクミはナチュラルにシャロンを連れて帰ろうとしたが、当たり前ながら無理な話だった。一騎打ちは国家間の正式な争いだ、当事者がその場でお役御免となるはずもない。
それでもシャロンはタクミの武具によって勝利した。意気揚々とツクモ屋へ帰ったタクミは工房のイスに腰掛け、満足げな笑みを浮かべていた。
「これで俺の実力は騎士団に知れ渡った! これから忙しくなる、そして肉だ!」
「かわいい帽子買ってもらう」
「おうおういくらでも買ってやるぜ! ま、金が入ってからだけどな!」
一騎打ちの時には他の騎士も少数ながらいたのだから、選択の一つとしてその場で売り込んでもよかった。しかしあえてタクミは何も言わず帰ってきた。
自分から下に出る必要はない、騎士団の誰かしらが頭を下げに来るのをどっしり構えて待つ事にしたのだ。
まるで商才のないタクミだが、その方が儲かるぐらいは分かっていた。
「タクミ。忙しくなる前にイチャイチャしよう」
「そうだな! 作業に追われてシャロンちゃんとイチャイチャできなくなるのも困る! 今のうちにいくとこまでいっときたい!」
「違う。そうではない」
それから抜群のスルー力を発揮し続ける事しばらく。
コンコン、とツクモ屋の扉を叩く音が聞こえた。
タクミはすっと真顔に戻り、静かに立ち上がった。
しかし工房からカウンター越しにじっと扉を見つめるだけで、すぐに駆け付けるような真似はしない。
「タクミ。お客かもしれない」
「あー、うん。そうだな」
再びコンコン、と扉を叩く音。
動かないタクミの空気を読んだか、ロロは扉に向かおうとした。
「待て」
手でロロを制し、タクミは『赤い翼』の符丁を使う。
「『俺のお客様方だ。お前はすっこんでろ』」
――こいつらは俺が片付ける。お前は撤退しろ。
敵襲の合図に、ロロはタクミの顔を見上げた。『赤い翼』にいた頃、戦争が始まる前の顔をしていた。
タクミが敵襲と判断した理由はいくつかある。
一つは馬の足音が聞こえなかった事。ツクモ屋は東の僻地、普通の騎士なら馬で来るはずの距離だ。未だ呼び掛ける声もなく、やけに静かなのも怪しい。
そして何よりも、ノックの音。
硬質な音だった。手ではなく金属の類、それも接点の小さな。
「さっさと行け。お客様方がお帰りになるまで絶対に顔を出すんじゃねえぞ」
「……分かった」
階段を上る途中で、ロロの足音が消えた。時空術でここではないどこかへ避難した。
それを確認し、タクミは短い髪をグシャグシャとやり、ため息混じりに呟く。
「二〇、六、六、六。……屋根にもか。めんどくせえな」
チッと舌を打ち、タクミは扉へと向かう。途中、陳列された武具から赤黒い鞘に納められた短剣を一つ取り、ズボンのポケットに突っ込んだ。
そして、無造作に扉を開けた。
外には二〇人程度の騎士がいた。二〇メートル程度の距離を取り、誰もがタクミに武器を向けていた。
妙な動きがあればすぐさま殺す。
そんな覚悟が見て取れるほど、誰もが張り詰めた顔をしていた。
両手を挙げ、タクミはふざけたように笑う。
「これはこれはご大層な事で。一体何の騒ぎかな?」
「貴殿に聞きたい事がある。騎士団寮までご足労願いたい」
そう返したのはタクミの正面、年頃もタクミと同じぐらいに見えるまだ若い男の騎士だった。赤みがかった短い茶髪は少し癖があり、翡翠色の瞳でまっすぐタクミを見据えている。
その手には赤い拳銃が構えられていた。タクミに向けられた銃口を始めとした金属部分は銀色で、どうやら扉を叩いたのはこの銃らしい。
この世界では現在、赤い拳銃も含めて銃は三つしか確認されていない。伝説級を上回る古代遺産級、もとい本物の古代遺産だ。
珍しい武器をしげしげと眺めてから、タクミは改めて赤い拳銃の騎士に言う。
「人にものを頼む態度じゃねえよなぁ。つーかあんた、副団長だよな? ナンバー2が出張るほどの用件なのか?」
「……貴殿には『赤い翼』の密偵の嫌疑がかけられている」
「何だって?」
両手を挙げたまま、タクミは眉をひそめた。
確かに元『赤い翼』ではある。敵情視察する事もあった。そこに間違いはない。正体だっていつかバレるとは思っていた。そこに問題はない。
だが、どうしても看過できない言葉があった。
「ちょっと待ってくれ。確かに俺は昔『赤い翼』にいた。だけど昔の話だ。それより密偵ってどういう事だ?」
密偵の嫌疑でこれだけの戦力を用意するという事。
それは、つまり、要するに。
しかし副団長は明言を避ける。
「抵抗せずご同行願いたい。イエスかノーかで答えてもらえないか」
「もちろんイエスだ。俺も詳しい話を聞きたい」
「協力に感謝する。……もう一人はどこに?」
「そいつは逃がした。誰がどういう理由で来たのか分からなかったからな。家探しなら好きにしていいが、武具を盗んだら承知しねえぞ?」
顔をしかめ、しばしの沈黙を置いてから、副団長は店の中を探すよう数人の騎士に命じた。
それからしばらく。
当然ながら、ロロの姿はなかった。
ますます顔を険しくした副団長は改めて尋ねる。
「……二人とも連行せよとの命令だ。どこにいる?」
「俺も分かんねえよ。だがもう一人を探すのはオススメしねえな。俺は付いていく。もう一人はほっといてやってくれねえか」
銃口をタクミに向けたまま、苦渋の表情で副団長は告げる。
「分かるだろう、そういう訳にはいかない」
「だろうな。じゃあ仕方ねえ」
軽い調子でそう返した直後、タクミは消えた。
正しくは副団長に向かって駆けていた。
希少過ぎる銃のフィードバックについては知識がない。銃弾の速度が適用されるのならば短剣よりずっと速いだろう。何より本物の古代遺産だ、ただ鉛の弾を撃ち出すとは思えない。
それでもタクミは躊躇いなく駆け、引き金に指を掛けて同時、副団長の喉に短剣を押し当てた。
一連の動作は、人の皮を被った獣だった。
「動いたらこいつを殺す!!」
反応しかけた騎士達に向け、タクミは叫ぶ。
「こんな雑務で副団長が死ぬ、それがどういう意味か分かるな!?」
「構わん殺せッ!!」
短剣を当てられた首から赤い血が滴る。それでも副団長は命じた。
しかし騎士達は動けなかった。誇り高き騎士故に、忠義を重んじる騎士故に。
至近、短剣を押し当てたままタクミは言う。
「決まりだ。俺を連れていけ。牢の中でもどこでもいい、ゆっくり話をしようじゃないか」
密偵の嫌疑でこれだけの戦力を用意するという事。
それは、つまり、要するに。
戦争が始まるという事。
それも、『赤い翼』を交えて。
運命の輪の軋む音が、ゼルテニア中に鳴り響いた瞬間だった。
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