再会と別れ、開戦

 こうしてタクミは騎士団の本拠地、騎士団寮敷地内にある監視塔、その地下深くにある牢に監禁された。

 三方は石壁、金属の柵は腕一本通らない狭さ。薄暗く静かで、少なくともこの階にはタクミ以外誰も収監されていないようだった。

 連行――正しくはタクミが進んで付いていったのだが――一応は連行した事になる副団長や騎士達は不自然なほど早々に立ち去っていた。

 うるさいほどの静寂の中、固いベッドに座り待つ事しばらく。

 狭い螺旋階段を下りてきたのはあまりにも意外な人物だった。


「よお、久しぶりだな。息災か?」


 快活に尋ねてきたその男、アルフレッド・サージェント。

 最強の傭兵団『赤い翼』の団長にして、その巨躯をも超える巨大な斧を武器に、戦場に君臨する最強の傭兵。

 赤い髪に赤い無精髭、その顔は別れた時と少しも変わっていなかった。斧こそ持っていなかったが、代わりに手甲をはめていた。


「何でお前が!?」


 立ち上がりタクミは柵を掴み叫んだ。まったく理解が追い付いていないようだった。

 そもそも、タクミが投獄されたのは『赤い翼』の密偵の嫌疑によるものだ。ならばゼルテニアと戦争をするどこかが『赤い翼』を雇ったと考えるのが普通だし、ならばその団長たるアルフが訪ねてくるなど異常過ぎる。

 茫然とするタクミを見、アルフは笑い飛ばす。


「なぁに、お前がとっ捕まったって聞いてな。助けにきてやったってだけだ」

「余計な事してんじゃねえ! お前がいたら俺が密偵って事になっちまうだろうが!」


 なぜ捕まったと知ったのか。

 どうやってここまで来たのか。

 その辺りを考えるのはこの際すっ飛ばしたようだった。

『赤い翼』の情報収集能力ならよく知っている。アルフの異名、百貌がどういった意味かもよく知っている。ならば拘泥する理由はなく、問題は目の前にいる事だけだ。

 吠えるタクミを見下ろし、アルフは告げる。


「お前も分かってんだろ。俺らはゼルテニアとやる事になった。悪い事は言わねえ、ゼルテニアを捨てろ。行くアテがねえなら戻ってきたって構わねえ」

「……ふざけんじゃねえ。さっさと失せろ」

「強がらねえ方がいい。今回、俺らは勝ちを取る事にしたからな」


 その言葉に、タクミはピクリと反応した。

 傭兵団は雇われた組織が勝利するよう、必ずしも貢献するとは限らない。営利を目的とした集団なのだから当然だ。

 しかしアルフはゼルテニアに対し勝ちを取ると言い、ゼルテニアを捨てろとも言った。

 その意味を吟味しているのか、黙り込んだタクミにアルフは続ける。


「言っとくがこれは偶然だ。お前がゼルテニアを選んだのは知ってたが、まさかかち合っちまうとは俺も思っちゃいなかった。だが決まっちまったもんは仕方ねえ、これも運命ってやつだ。……どうだ、戻ってこねえか。お前に帰ってきてほしいって言ってる連中もいるんだ」


 アルフの声はあくまでも優しい。アルフは優しい男だ、そんな事はよく知っている。

 しかしタクミは吐き捨てるように返す。


「お前らしくねえな。しつこいって言ってんだ」

「……そうか。なら仕方ねえな」


 残念そうに、心底残念そうに言ってから、アルフは手甲をはめた拳でタクミに向けて――思い切り柵を殴りつけた。

 ガァン! と大きな音が響き、金属製の柵がガラスのように砕け散った。

 武具としての手甲。それも、伝説級の。


「だったら一つだけ約束しろ。……絶対に、死ぬんじゃねえぞ」


 そう言い残してアルフは去り。


「……お前に指図される筋合いはねえよ」


 残されたタクミは唾を吐くように呟き落とした。



 騒ぎを聞きつけ、誰かがすっ飛んでくるものと思っていた。

 しかし誰も来ない。いくら待てども、誰も来ない。

 

「……どうなってんだ?」


 一人呟き、タクミは砕き壊された牢を出て、螺旋階段を上っていく。

 誰もいない。見張りすらいない。タクミの足音だけが虚しく響き続ける。

 ついに誰とも接触しないままに地上、監視塔の扉まで辿り着いてしまった。

 タクミの鋭い聴覚を遮るほど重く分厚い扉。手を当て、しかしタクミはすぐに開けようとはしなかった。

 扉を開いたその先から強烈に香る、不穏。


「クソが。何がどうなってやがる」


 スイッチを切り替えるようにタクミは言い、力を込めて重い扉を開いた。



 怒号と咆哮が聞こえた。

 目を凝らせば炎に包まれた巨大な猟犬――ヘルハウンドが見えた。

 街中にいる。そこら中にいる。何頭も何頭も、牙を剥き炎を吐き、複数の騎士や魔法使いが闘っている。

 投獄したタクミを放置した理由は明確だった。


「もう首都まで攻め込まれたってのか!?」


 既に、戦争は始まっていた。

 ゼルテニア王国は強国だったはずだ。

 こちらから戦争を始めた事はタクミの知る限りなかったが、その戦力は隣接する三国と比べはっきり言って格が違う。圧倒的戦力を盾に国を護るお手本のような国だったはずだ。だからこそタクミはゼルテニアを選んだ。

 それが、なのに、一日にしてこの有様。


「ロローッ!!」

「はいっ」


 タクミが叫ぶと、頭上にロロが現れた。自然落下してくるロロをタクミが両手で受け止める。


「教えてくれ、何が起こった!?」

「アクアリステから宣戦布告があった模様。直後に召喚獣による攻撃が始まった」

「雇い主はアクアリステか! 『赤い翼』の連中は!?」

「見ていない」


 改めてタクミは街を見遣る。ヘルハウンドの炎は吐かれてすぐ水属性の魔法によって打ち消され、騎士達の活躍により個体数も減ってはいる。

 しかしどこから召喚されているのか、次々と補填されている。


「畜生、どうすれば……!」


 ここは戦場。かつて幾度となく渡り歩いた場所。

 二度と戻りたくなかった、悲鳴と血の海の領域。

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