違和感の一騎打ち戦

 翌日の正午前、タクミとロロは一騎打ちが開かれる舞台に来ていた。ロロの時空術は使わず手を繋いで上ってきた。特殊な能力だ、人目のあるところでは使えない。

 一騎打ちが始まる前から舞台近くは大変な賑わいだった。露店も出ているし、正装した紳士淑女もいれば賭けに熱を上げる者達もいる。


「やっぱり水堀だったな」

「ゼルテニアの人達はあまりいない」


 舞台を見遣りつつ二人は話す。あくまで確認だ。水堀なのは分かっていたし、ゼルテニアから報せがない以上必然的にアクアリステの人間の方が圧倒的に多い。

 ゼルテニアの騎士も散見されるが、やはり数が少ない。

 違和感のある一騎打ち。

 国同士のちょっとしたいざこざを騎士同士の戦いで片付ける一騎打ちながら、ゼルテニア側は初めから放棄していたような印象だ。


「そもそもどうして揉めているのか」

「決着がつけば分かるだろ。どうせ俺達にゃ関係ねえ事だ」


 国民に影響があるほどの事なら、一騎打ちでは済まされない。

 だからだろう、タクミはあまり興味がないようだった。


「おっ、来たぞ来たぞ。我らがシャロンちゃんのご到着だ」


 嬉しそうに笑ったタクミの目線の先から、数台の馬車の足音が聞こえてくる。


「ジュリエットも来た」


 ロロが指さす反対側、アクアリステ方面からも馬車が見えてきた。

 なぜ戦うのかタクミは知らない。だがシャロンとジュリエットにとっては騎士の誇りを賭けた重要な一戦だ。



 まず舞台に上がったのはジュリエットだった。歓声が上がり、ゲリラ豪雨のように拍手が鳴り響く。しかしジュリエットは応える様子も見せない。

 昨日と同じ、横で二つ結んだ黄色のリボンにセパレートの甲冑。そしてアクアリステの象徴たる黄金色のマントをなびかせ、高みから観衆を見回していた。

 自身の勝利を確信しているのか、緊張感は感じられない。大勢の群衆からロロを見つけると笑顔まで向けてきた。


「ロロちゃーん! ちゃんと来てくれたのね! お姉さんのかっこいいところ、しっかり見ててね!」


 ロロが小さく手を振り返すと、ジュリエットもまた手を振り返してきた。

 舌打ちしてタクミは言う。


「目立つ真似するなよ。あいつの前では旅人って事になってんだぞ」

「名指しまでされたら仕方ない」

「……やっぱ帽子買っとくべきだったか。ネコ耳が目立ち過ぎだ」

「言質取った。かわいい帽子買ってもらう」


 観衆もしばらくは不思議そうにロロを見ていたが、やがてすぐにブーイングの嵐に変わった。

 シャロンが舞台に上がっていた。

 青色のマントでバニースーツを隠し、まっすぐジュリエットを見据えていた。


「……まずいな」


 タクミは眉をしかめた。シャロンの目の下には深いクマができていて、心なしか肌も青白く見える。


「あいつ寝てねえんじゃねえか? どう見ても万全じゃねえぞ」

「緊張してるのかも」

「いや、違うな」


 シャロンはずっとジュリエットを見据えている。視線は僅かにもブレず、ブーイングも聞こえていない様子だ。


「多分夜通し、下手すりゃ出発まで訓練してたっぽいな。神経は研ぎ澄まされるかもしれねえが……身体がついていくか?」

「真面目さが裏目に出た」

「そうだな。ちゃんと言っとくべきだった」


 だが今となってはもう遅い。

 シャロンは見据え、ジュリエットは睨み、二人は舞台の中央へと歩いていく。

 観衆が徐々に静まり、ついに誰の声も聞こえなくなった時、まずジュリエットが口を開いた。


「アクアリステ皇国魔法騎士ジュリエット・ピアーナよ。……そのウサ耳は何?」

「ゼルテニア王国騎士シャロン・フォーリードです。この耳は武具です。それより、先に謝っておきたい事があります」

「何? 降参なんて許さないわよ。派手に倒してこそ華のデビュー戦なんだから」


 初めて目線を切ったシャロンは改めてジュリエットを頭から足元まで眺め、再び目を合わせた。


「可能な限り訓練はしてきました。ですが、もし刺してしまったら申し訳ありません」


 一拍の沈黙を置いて、再びブーイングの嵐が巻き起こった。

 

「うるさいっ!!」


 それも束の間、ジュリエットの一喝で観衆は水を打ったように静まり返った。

 頬をひくひくさせながら、それでもジュリエットは嘲るように笑う。


「……偶然ね。私もあんたを殺しちゃうかもしれないわ。ま、私は謝ったりしないけど?」


 一騎打ちはとどめを刺さない勝負だが、過って殺してしまったところで罰則がある訳ではない。アクアリステの門番の言葉が真実なら、ジュリエットのランダム魔法は命を奪う可能性もあり得る。


「それでは、よろしくお願いします」

「……あんた、ムカつくわね」


 そう言い、二人は同時に踵を返した。互いに背を向けて歩き、開始位置に着いて振り返る。

 一騎打ちが、始まる。

 マントで身体を覆ったままシャロンは深く腰を落とし、ジュリエットは剣身に水晶の埋め込まれた短剣をシャロンに向ける。

 開始の合図は笛の音。

 唾を呑む事すら許されない緊張感が、場に張り詰める。

 そして。

 太陽が最も高く昇った時。

 約束の笛の音が、高らかに鳴り響いた――


「水よ撃てッ!!」


 およそ詠唱とも思えぬ詠唱。

 ジュリエットの超短縮詠唱。

 指定は水属性の攻撃、のみ。

 対象を絞り込むのも省いているが、おそらく短剣を向けた相手で補っている。

 そして、魔法は発動する。

 具体的には、水堀の水が余さず舞台へと躍り上がった。

 ウォーターブラスト。爆発的な水圧で対象を圧し潰す中級魔法。

 当然、速度に極振りしたバニースーツで防げる魔法ではない。

 だが。

 しかし。


「降参してください」


 爆発的な水圧が迫るより、速く。

 シャロンはジュリエットに身体を密着させていた。

 直線距離およそ三〇メートルを一瞬で駆け抜け、水晶の短剣を弾き飛ばし、ジュリエットの耳元で囁いていた。

 目を見開き、状況が飲み込めない様子でジュリエットは呟き落とす。


「…………嘘、でしょ」

「あなたは武器を失い、魔法は詠唱者を攻撃できません。降参してください」


 黄色のリボンで結んだ小さな髪束が、レイピアで貫き落とされていた。

 言われて初めて気付いたようで、ジュリエットは水晶の短剣を握っていたはずの手を開き、また握った。

 その腕が力なくだらりと落ちる。


「嘘、嘘よ、こんなのあり得ない……ッ!」


 シャロンに身体を預けるように、ジュリエットは崩れ落ちた。同時にウォーターブラストがバシャリとただの水に戻り――決着の笛が鳴らされた。

 勝敗は、決した。

 しかし観衆には何が起こったか分からない様子で、変わらず沈黙が続いていた。

 その沈黙をタクミが破る。


「よっしゃあああッ!! シャロン、お疲れーっ!!」

「タクミさんっ!」


 タクミへと振り向いたシャロンはレイピアを落とし、迷わず舞台から飛び降りた。

 そのままタクミに抱きつき、目に涙を浮かべ眩し過ぎる笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます、ありがとうございますっ! 私、タクミさんのおかげで勝てましたっ!」

「よく頑張った! かっこよかったぞ!!」

「ありがとうございます、ありがとうございますっ!」

「無駄乳、タクミから離れて」


 ネコ耳少女を連れた男がバニーガール騎士と抱き合う謎の光景に群衆はざわつき始めたが、どうやらシャロンは自分の格好も忘れているらしい。

 勝てるはずのない一騎打ちを制したのだ、無理もないだろう。



 ――シャロンは勝利し、タクミの武具の強さは証明された。

 ――しかし、この勝利をきっかけに、運命は軋み、残酷に狂い始めていた。

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