爆誕、バニーシャロンちゃん
それから、数時間後。
夕暮れに染まるツクモ屋の工房内。
「ほっ、本当にこの格好で戦うのですか……!?」
一騎打ち用の武具に着替えたシャロンは縮こまり、両手で身体を隠していた。声は上ずり震え、顔は真っ赤だ。
ロロの計測値をもとにパターンを引き、スレイプニルの革を縫い、タクミが作り上げた一騎打ち用の武具。
それは、一言で言えばバニースーツだった。
ご丁寧に白いうさ耳としっぽまで付いている。違うのはヒールでもパンプスでもなく革靴なところだけだ。
口に手を当て、タクミは難しい顔でシャロンのバニー姿を舐め回すように見ていた。
「一騎打ちは速度の勝負なんだ。後の先を取るなんてシャロンちゃんには無理だろ?」
「それとこの格好に何の関係が……?」
「あんまり知られてないから内緒にしといてほしいんだけど、武具のデザインやコーディネイトにもフィードバックがあるんだよ。で、ウサギって実は意外と素早いし瞬発力も高い。そういう特徴をコーディネイトで反映させてるって訳だ。実感はできてるだろ?」
「……それは、その通りなのですが……。本当にこの格好で……? ええぇ……?」
使わなければ実感できない武器とは違い、防具は装備しただけでその効果が分かる。故にシャロンは困惑していた。
伝説級、古代遺産級の武具が特徴的な見た目や、同じ素材やデザインで統一された装備をすれば効果が上がるのはそうした理由だ。
しかし何かを模す事でその特徴がフィードバックされるのはほとんど知られていない。タクミが知っているのも偶然発見したに過ぎない。
短い髪をグシャグシャやり、タクミは踵を返した。
「轟雷竜の革があればベストだったんだけどな……ま、とりあえず試してみよう」
「この上に何か羽織るのは駄目なんでしょうか!?」
「コーディネイトが崩れてただエロいだけになるけど」
「いやらしいのは自覚してらっしゃるんですね……!」
「ははははは!! 最高に目の保養になった!!」
超満足そうにバカ笑いしてタクミは工房を出ていった。完全に確信犯だった。
店に出るのも躊躇っているシャロンにロロは言う。
「大丈夫。よく似合ってる」
「全然嬉しくないのですが……!」
躊躇っていても仕方ない。シャロンは意を決して外へ出た。外ではタクミが気に吊るされた的の位置を調整し、離れた場所に足で線を引いていた。
「舞台の直径はおよそ三〇メートル。この線から的を正確に狙えるようにしよう」
「……思っていたより遠いですね」
「相手は魔法だし広ければ広いほどいいからな。ま、その装備ならほぼ一瞬の距離だけど」
タクミが引いた線の手前に立ち、シャロンは的を見据えた。バニースーツにレイピアというギャグ枠みたいな格好だが、本人は至って真面目そうな面持ちだ。
レイピアを構えシャロンは言う。
「では、いきます」
「発動が遅くても詠唱は終わってると思ってくれ。つまり外しても二度目はない」
「はいっ!」
張り詰めた声でシャロンは返し――直後、ドンッ! と勢いよく顔から地面にぶっ倒れた。分かっていたのだろう、タクミはパチパチと乾いた拍手をした。
「上出来だ。それだけフィードバックがあるなら問題ない」
「……頑張ります!」
起き上がり、シャロンは顔の土を払った。その目から闘志は消えていない。
地面に引かれた線を踏み、今度は深く腰を落として構えた。
またドンッ! と大きな音がした。
今度は的をぶら下げた木に激突していた。
「あんまり無理すんなよー。疲れたら中で休めー」
「はいっ!」
シャロンは鼻を押さえながらも嬉しそうに返した。未知なる速度に勝利の光を見い出したのだろう。
挫ける様子のないシャロンに笑顔を投げかけ、タクミは店の中へと入っていった。
灯りをつけた工房ではロロが温かいお茶とウサギ……ではなく、ネコを模して切った林檎を用意して待っていた。タクミがイスに座ると、ロロはカップにお茶を注いだ。
「思ってたより早い」
「シャロンちゃんは一人の方が集中できそうだからな。俺もバニーシャロンちゃんを堪能したかったとこだけど、一騎打ちで勝ってもらう方が大事だ」
草の香りが強いお茶を口に含み、タクミはニヤリと笑う。
「騎士団が丸ごと客になったら大儲けだぞ。今から素材調達いっとくか?」
「シャロンが勝つとは限らない」
「いいや勝つね。必ず勝つ。伝説級の武具で全身固めてるんだから間違いない」
タクミは自信満々に断言した。伝説級の武具を狙って作れる職人などタクミしかいない。更にアクアリステ側、ジュリエットは魔法で勝負を仕掛けてくるはずだ。詠唱を簡略化し短縮するにしても限界がある。純粋な速度だけでいえばシャロンの方が速い。
林檎を小さく齧り、よく咀嚼して飲み込んでからロロは言う。
「だけどシャロンは弱い。一騎打ちに出せる騎士じゃない」
「それはな……そうだな」
タクミもそれは否定しない。一朝一夕に強くなる方法などない。
「確かに戦場じゃ使えねえ。でも分かるだろ? 一騎打ちで、一撃。それだけなら何とかなる」
「私は今のままがいい」
「何? どういう意味だ」
付き合いの長いタクミでも意図が汲めなかったようで、タクミは尋ねた。
「忙しくなったら、タクミとのんびりする時間が減ってしまう」
「何言ってんだ。ようやくこの極貧生活から抜け出せるチャンスなんだ。金が入りゃこの雑草茶やら雑草スープともお別れ、ちゃんと料理人が作った肉が食えるんだぞ?」
「それでもいい。私は今のままがいい」
「……そうかよ」
タクミは舌打ちし、一切れの林檎を丸ごと口に入れた。
機嫌を損ねた様子のタクミを見つめ、ロロは取り繕う。
「ゼルテニアで一騎打ちが報されてない理由が気になる」
「まあな。だが藪蛇って言葉がある。好奇心ネコを殺すとかな。興味だけで首を突っ込むべきじゃねえラインってやつだ。住まわせてもらってる国にまでサグリ入れるつもりはねえよ」
それは『赤い翼』にいた頃に学んだ線引き。
傭兵団とは情報戦のプロフェッショナルでもある。その最前線で情報収集の一翼を担っていたタクミも、決して『赤い翼』の構成員について自ら調べようとはしなかった。
「そう」
簡単に返したロロの時空術にしたって、詳しい原理を尋ねた事はない。
知っているのはロロが異世界転移者だという事だけだ。
こうして素朴過ぎる夕飯は終わった。
明日の正午。
いよいよシャロンの一騎打ちだ。
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