魔法騎士ジュリエット

 南をゼルテニア、北をアクアリステ、両国を繋ぐ大きな街道はなだらかな上り坂だ。一日に何十台もの荷馬車が行き交うためかなり広く、両側には深い森が広がっている。

 期日までもう時間はないが、ロロの手を引きタクミは楽しそうに街道を上っていく。


「間違いないな、今日の俺はツイてる。シャロンちゃん勝たせてあげたら絶対俺にベタ惚れだし、騎士団からもバンバン仕事の依頼が来る。ついに成り上がる時が来たって感じだ」

「タクミは私のもの。誰にもあげないと言った」

「バーカ。俺がシャロンちゃんをもらうんだよ。やっぱ部屋多めに建てといて正解だったな。俺マジ抜かりねぇ」

「あれは私達の子どものための――」

「おっ、何か見えてきたぞ。丁度真ん中あたりだし、一騎打ちの舞台で間違いなさそうだ」


 不穏なワードを華麗にスルーし、タクミは坂の上を指差した。


 向かった先には大きな円型の舞台があった。直径にして三〇メートルぐらいだろうか、かなりの大きさだ。通りかかる人達も物珍しげに目を遣っている。舞台の周りでぐるっと溝を掘っているアクアリステの職人らしき男達、その一人にタクミは話しかける。小柄だが筋肉質で髭の生えた男だ。


「お疲れ様です。これが一騎打ちの舞台ですか。意外としっかり造ってあるんですね」

「あったりめぇよ。国の威信を賭けた大舞台だ、俺ら職人も国中からの選りすぐりってなもんだ。お前さん達はゼルテニアの人かい」


「いえ、旅の者です。確かに見れば見るほど立派ですね。しかし、一体何が理由で一騎打ちを? アクアリステとゼルテニアは友好的な関係と聞いていたのですが」

「さあな。そいつはお偉いさん方が考えるもんだ。しかしお前さん、子連れ旅とは珍しいな」

「子ではない。正妻」

「ははは。旅人は誰しも訳アリなものです」


 アクアリステの住人、それも舞台設営に携わる男でさえ理由を知らない。

 しかしタクミは拘泥せず、にこやかに話を進める。


「一騎打ちは国が誇る騎士同士が戦うと聞きますが、やはりアクアリステの騎士はお強いのでしょうね」

「ああ、そりゃあもう――」

「ちょっとそこ! お喋りなんてしてないで手を動かしなさいっ!」


 突然、坂の上から女の子の怒声が飛んできた。

 明るい栗色の髪を横で二つ黄色いリボンで束ねた、気の強そうな女の子だ。セパレートタイプの甲冑から覗く縦長のおへそがかわいらしい。ビシッとタクミ達を指差している。


「……おっといけねえ。あれがうちの自慢の騎士サマだ。一騎打ちは明後日の正午だ、話の種に見ていくのも悪くねぇと思うぜ」

「そうですね、せっかくですから。お忙しいところありがとうございました」


 再びシャベルを振りかざした男に礼を言い、タクミはアクアリステの女騎士に向けて笑みを浮かべ、坂を上っていく。

 近付くまでの僅かなあいだにロロは囁く。


「毒なら持ってきてある」

「せっかく一騎打ちの相手がそこにいるんだ、今からチェンジじゃ対策も練れねえだろうが。お前は後ろで黙っててくれ」


 手を離しロロの前に立つと、ロロは後ろからタクミの服をつまんだ。

 タクミは気にせず女騎士の前に立った。


「初めまして。僕達は旅の者です。あなたが一騎打ちに出られると聞きました」


 タクミは手を伸ばし握手を求めたが、アクアリステの女騎士は応じず、怪訝そうに腕を組んだ。


「旅人? 本当かしら。ゼルテニアのスパイなんじゃないの?」

「ゼルテニアでは一騎打ちがある事さえ報されていませんでした。しかし万が一スパイだったとして、何か問題でも?」

「ないわ。私が普通の騎士なんかに負ける訳ないじゃない」


 女騎士は慎ましやかな胸を張り、自慢げに笑みを浮かべた。

 腰に短剣を提げている。速度のフィードバックはレイピアより僅かに早いが、リーチが短い。


「発動速度重視の魔法騎士なのですね。なるほど、武具術しか扱えないゼルテニアの騎士など相手にならなそうです」

「あら、根無し草のくせに詳しいのね」


 ゼルテニアでは騎士は騎士団に所属し、魔法使いは教会に所属している。騎士は魔法を使えないし、魔法使いもまた武具術を会得していない。王家直属の近衛騎士だけが例外だ。

 対し、アクアリステは魔法の使える騎士、魔法騎士が戦力の大部分を占める。

 それぐらい『赤い翼』にいた頃から知っている。


「アクアリステの魔法騎士の強さは有名な話ですから。僕はタクミと申します。こっちの小さいのがロロ。ほらロロ、ご挨拶して」


 促され、ロロはタクミの後ろから半分だけ身体を出して言う。


「何者だ名を名乗れ」


 タクミはにこやかな笑みを浮かべたままロロの頭にゲンコツを落とした。


「申し訳ありません。こらロロ、この方はアクアリステが誇る騎士様だぞ。口の利き方に気を付けなさい」

「ううん、いいのよ。私はジュリエット。……かわいい子ね。キャンディ食べる?」


 ロロと目線の高さを合わせるように屈み込み、ジュリエットは腰に提げた小さなバッグからキャンディの包みを取り出した。無邪気にほころばせた表情からはまだ幼さが垣間見えた。

 ロロは黙ってキャンディを受け取り、タクミを見上げた。


「頂きなさい。ありがとうございます。……子どもがお好きなんですか?」

「子どもが嫌いな大人なんていないわ」


 そう言ったジュリエットだってタクミから見れば子どもだ。

 ロロのネコ耳っぽいくせ毛を触ろうとしてよけられ、また触ろうとして防がれて、それでもジュリエットは楽しそうに笑っている。


「そうですね。子どもに罪はない。一騎打ち、必ず見に来ます。ジュリエットさんの晴れ舞台をこの目に焼き付けたい」

「そうねっ! そうしなさいっ! あんたとロロちゃんは歴史の目撃者になるわっ!」

「必ず。さてロロ、行こうか。あんまり騎士様のお邪魔をしてちゃいけない」

「……もうちょっといてもいいのよ? ロロちゃんももっとお姉さんと遊びたいわよね、ねっ?」

「お前と違って私達は忙しい」


 タクミはにこやかな笑みを浮かべたままロロの頭にゲンコツを落とした。


「すみません失礼が過ぎましたーっ!」


 一瞬でロロを担ぎ、タクミは逃げるように坂の上へと全力でダッシュした。


 坂を上り切り森を抜けなだらかな草原に出て、ようやくタクミはロロを降ろした。

 そして噛み付くように怒鳴る。


「バカかお前は!? 何で俺のサグリ邪魔してんの!?」

「作戦成功。タクミがお姫様だっこしてくれた」

「やかましいわ!! あと肩に担ぐのはお姫様だっことは言わない!!」

「それで、情報収集の成果は」

「お前自分からやっといてさらっと話題投げるよなぁ」


 短い髪をグシャグシャして、切り替えるようにタクミは顔を上げた。

 その遠く先にはアクアリステの街並みが見える。


「足りないな。最後のピースが足らない感じだ」

「それは」

「シャロンの相手は魔法で決着をつけたいらしいが、それだと腑に落ちない」


 アクアリステに向かい歩き始めたタクミの手をロロが握る。


「普通に考えて魔法の詠唱時間より接敵の方が早い。それぐらいシャロンの相手だって知ってるはずだし、ゼルテニアの騎士団長は最速の鞭使いだぞ。だけどその常識を覆す手段をアクアリステ側は持ってる」

「私は武具術より速い」

「そう。そういう例外的な何かだ。でなきゃあんな幼そうに見える騎士を出してくるはずがない。そもそも一騎打ちだって避けたいはずだ」

「タクミのロリコンセンサーが反応した」

「そうだな。強気な子をデレさせてみたいってのは正直ある。だが爆乳シャロンちゃんの勝ちだ。おっぱいは何ものにも勝る」

「貧乳はステータスだと偉い人が言っていた!!」

「勝手に話脱線させといてキレてんじゃねえよ!!」


 二人はギギギと睨み合いながらそれでも手を離さない。

 そして何事もなかったかのように再び歩き始める。


「ま、逆に言えばそのカラクリを明かすだけだ。ちょちょっと訊き出せば何とかなるだろ」

「そしてかわいい帽子を買う」

「お前それまだ言ってんの?」


 こうしてタクミとロロはアクアリステへと向かっていく。

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