水と黄金の国アクアリステ

 アクアリステは水と黄金の国だ。

 街の周囲にぐるりと外壁を建て、更にその周りに川を流してある。国内の移動も船を使った川での移動が主流で、国領内すべてに水道が整備されている数少ない国だ。

 アクアリステ領内にある連峰の一部には水源があり、それが国を支えている。水源から別れた二つの川は東西の国境にもなっている。


「きれいな街。白い麦わら帽子にしよう」

「言っとくけどお前ネコ耳隠れたらただの地味なチビだからな」


 タクミとロロは首都アクアリステを訪れていた。小さな舟に揺られ、大聖堂へと向かっている。白い壁に暖色を基調とした色とりどりの屋根、穏やかで美しい景色だ。

 大聖堂は宗教国家であるアクアリステの政治本拠地にあたる。シャロンの一騎打ちの相手、ジュリエットもここに属する。


「タクミ。さすがにそれは言い過ぎ」

「いやマジだってマジマジ。あと黒いローブに白の麦わらはねえよ。せめて黒に統一しろ」

「ローブの中が見たいなら脱いでもいい」

「そんな話してねえよな? 申し訳ないが微塵の興味もない。俺は黒髪ロング巨乳が好きなんだ。つるんぺたんに興味はねえ」

「ローブを脱いだら意外とすごいかもしれない!!」

「だから自分で振っといてキレるのやめろよ!!」


 ロロは無言で自身の絶壁に手を当てた。そこにはシュレディンガーの可能性すらなかった。

 そんなロロの肩に手を回し、タクミは耳元で囁く。


「そろそろ着くぞ。目的は接敵より魔法発動を早くする手段。また余計な事言ったりすんなよ?」

「……もっとぎゅってして」

「何言ってんだバーカ」


 そう言ってタクミはロロを突き放した。



「簡単に言えば、詠唱時間の短縮だな」


 大聖堂に向かったといっても、政治中枢に顔パスで入れる訳がない。それでも水堀を渡り門番に尋ねたところ、あっさり過ぎるほどあっさり教えてくれた。


「それ自体は魔法を使えるなら誰にでもできる事だ。だが才能がなければ扱いは難しいだろうな。ジュリエット嬢の華やかなデビュー戦ってやつだ」

「なるほど」


 あまりにも簡単に訊き出せたせいか、タクミはむしろ尋ねあぐねているようだった。


「ちなみに、詠唱時間を短縮する方法というのは?」

「言葉通りとしか言いようがないんだが……。きみは魔法を使えるのか?」

「旅に危険は付き物ですから、自衛できる程度ですが」

「なら分かるだろう。詠唱時間はどんなに簡単な魔法でも一秒以上掛かる。だがどの魔法を発動させるか厳密に指定しなければ、詠唱時間の短縮は可能だ」

「確かに……なるほど、一騎打ちでは必勝という訳ですね」

「そうだ。ま、戦争では使い物にならんがな」

「ご丁寧にありがとうございます。さあロロ、行こうか。お兄さんにバイバイして」

「ロロちゃん、ばいばーい」


 デレデレだらしない顔で手を振る門番に、ロロは小さく手を振り返した。

 踵を返したタクミ達は船着き場からすぐにある広場まで歩き、噴水のそばで腰を下ろした。

 タクミは腕を組み、うーんと唸って言う。


「あの門番がバカなのか、あえて偽の情報を流してるのか、鞭の速度を知らないのか。どれかだな」

「ロリコンなのは間違いない」

「だから分からねえんだよ。お前にデレてうっかり喋ったのかもしれない。その可能性がなきゃ判別できたはずだ。お前黙っててもサグリ邪魔すんのかよ」

「タクミ。さすがにそれは言い掛かり」


 門番がロリコンだと知る由もないのでロロの言う通りなのだが、タクミは無視して話を続ける。


「だけど収穫はあった。シャロンの相手は名家のお嬢様で、得意属性は水、魔法に天賦の才がある」

「触媒は金」

「それも間違いないな」


 魔法の発動には宝石を消費する。中でも黄金なら上級から下級まで代用が利く。仮に門番が馬鹿正直に本当の事を話していたとすれば、何が発動するか分からないジュリエットには黄金以外選択肢がない。

 そうでなくともアクアリステには金鉱があり、砂金も採れる。あえて別の宝石を使う理由もない。


「水が得意というのは」

「舞台の周りに溝掘ってただろ。おそらく水堀だ。水属性の攻撃に限定しても水自体がなきゃ不発に終わる可能性もあるからな」

「必要なのは情報の精査」

「そうしたいとこだが時間がない。俺の知らない古代遺産級の武具を持ち出してこられたら正直勝ち目がないんだが……そこは考えても仕方ねえ。戻って武具を作るぞ」


 タクミが差し出した手をロロが握る。


「どこまで?」

「俺んちでいい。材料なら揃ってる」


 簡単な遣り取りを交わした直後、タクミとロロの姿が消えた。



 そして二人はツクモ屋の前に現れた。

 転移術。魔法とはまた違う系統の力だ。ロロは自身の独特な力を時空術と呼んでいる。


「おー、やってるなー」


 タクミに言われた通り、シャロンは伝説級のレイピアに慣れる訓練を続けていた。

 ツクモ屋に並ぶ武具は本来ならどれもお金で買える代物ではない。そして強力な武具には相応のフィードバックが発生する。速度に特化したレイピアなら使用者の速度が増加する。

 そして人は急激な速度変化についていけない。だから訓練が必要になる。

 集中すると周りが見えなくなるタイプなのか、タクミ達が現れたあともシャロンは黙々と訓練を続けていた。動作には慣れたようで、今は少し離れたところに簡単な的を作り狙って突く練習をしていた。

 顔には大粒の汗がいくつも浮かび、長い黒髪さえも重く湿っていた。


「すごい集中力」

「そうだな。……磨けば光るのかな?」


 一心不乱。今のシャロンには訓練以外のすべてがノイズとしてシャットされているだろう。

 しばらくしてからタクミは声を掛けた。

 詠唱速度の常識を覆すジュリエットに勝つため、適切な武具を作らなければならない。

 リミットは二四時間を切っていた。

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