正妻、ロロ
「タクミ。私という者がありながら女を連れ込むとはいい度胸」
二階から下りてきた小柄な少女は、シャロンを見るなり無表情でそう言った。
黒いローブで小さな身体を包んでいて、ネコ耳っぽいくせ毛が特長的な短髪の少女だ。青い瞳は静かにタクミを捉えている。
「バーカ、シャロンちゃんは客だ客。あ、こいつはロロ。店を手伝ってもらってる」
「初めまして。ゼルテニア騎士団、シャロンです」
「……お客さん?」
ロロは不思議そうに小首を傾げた。傾げたままシャロンをじっと見つめている。
「おい、ここは武具屋だぞ。客が来て何がおかしい」
「まさか実在するとは」
「……タクミさん、ロロちゃんは何を言っているのでしょうか?」
「気にしないでくれ。変わったやつなんだ」
「永久不変」
「はぁ……」
頭上に疑問符を浮かべつつ、シャロンは時々動いているように見えるロロのネコ耳を見ていた。
「それよりロロ、さっそくだが仕事だ。これから街に寄ってアクアリステに向かうぞ」
「いわゆるデート」
「仕事だ。あ、シャロンちゃんは店の外でレイピアの使い方に慣れてほしい。同じ剣だしいけるだろ」
「レイピアですか。実際に扱った事はないのですが、おそらく大丈夫です。……このお店には他にも店員さんが?」
「いや、俺とロロだけだ。ま、ほっといても客なんか来ねえし大丈夫」
「タクミ。それは全然大丈夫ではない」
「事実だから仕方ねえんだよなぁ。よし、じゃあ行こうか」
陳列されていたレイピアを一つ取り、タクミ達は外に出た。
精緻なレリーフが刻まれた装飾剣のようなレイピアをシャロンに渡し、タクミは伝える。
「いいか。これはあくまでも仮だ。相手と武具次第で変わるかもしれないけど、とりあえずこれで練習しつつ留守番しててくれ」
「分かりました。……このレイピアは強いのですか?」
「霹靂竜のツノから削りだしたものだ。俺が知る限り一番軽くて鋭い。シャロンちゃん、武具術のフィードバックは理解してるよな?」
「一応は。武具の性能や特性が身体能力に反映される事ですよね」
「じゃあそれ持って走ってみよう」
「はいっ!」
シャロンがくるりと向きを変えて直後、ドン! と地を穿つ轟音が響いた。タクミとロロが揃って下を見ると、シャロンはうつ伏せにぶっ倒れていた。
バッと身体を起こしたシャロンは慌てた様子で周りを見渡し、それから顔に付いた土を拭う。
「えっ!? 何ですか、今何が起こったのですか!?」
「そのレイピアのフィードバックはそれだけ高い。一騎打ちは速度が勝負だ。その速さに慣れてくれ」
「すごいです! こんなすごい武器、初めて使いました!」
起き上がったシャロンは目を土の付いた顔で笑った。
その様子を見てタクミは自慢げに胸を張る。
「うちで扱ってる武具ははっきり言って滅茶苦茶強い。古代遺産レベルとまではいかないが、伝説級レベルだろうな。素材の選別から最適な加工から拘りに拘り考えに考え抜いた試行錯誤そして俺の汗と涙の結晶――」
「タクミ。悪い癖が出てる」
「……すまねぇ。初めはゆっくり慣らしていけばいいよ。じゃ、行ってくるわ」
「分かりました! 伝説級の武器を扱う事なんて滅多にないでしょうから、大切に訓練させて頂きます!」
大事そうに両手でレイピアを抱え、シャロンはタクミとロロを見送った。
店が見えなくなった頃、ロロは野道を歩きながら言う。
「タクミとデート、久しぶり。嬉しい」
「デートじゃねえっての。敵情視察の前に状況把握だよ。この一騎打ち、どうも胡散臭い」
「かわいい帽子、一緒に探す」
「人の話を聞けって。一騎打ちはちょっとしたイベントだ。理由なんて国民に報せるのが普通だし、賭けや露店なんかで結構盛り上がるもんだ。だが、俺が前に街に行った時には誰からもそんな話は聞かなかった。だからアクアリステに向かう。今ならもう一騎打ちの舞台ができてるはずだ」
通常、一騎打ちは二国間の緩衝地帯で行われる。ゼルテニアとアクアリステなら南北を直線で結ぶ街道だろう。三方を海に囲まれたゼルテニアからまっすぐ北上すれば、なだらかな山の麓にあるアクアリステへと繋がっている。
舞台の設営に係わっている人間なら一騎打ちの事を知らないはずがない。
「何のために?」
「今それを説明したとこだよ!」
「そうではなくて。どうして、タクミがそこまでするのかという謎」
「だってシャロンちゃんかわいいじゃん? すらっとしてて真面目でさ。健気なとこがまたいいよなー。あとおっぱいが大きいし、おっぱいが大きいよな」
下心丸出しなタクミのにやけ顔を見上げて、ロロはそっと手を繋いで言う。
「タクミは私のもの。誰にもあげない」
「だから違うっての。……念のため言っとくけど、シャロンちゃんに余計な事すんなよ」
「しない。正妻の余裕」
「お前マジで聞き分けねえよなぁ」
呆れつつ、しかしタクミは繋いだ手を離さないまま街道へと向かっていく。
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