一騎打ちに向けて
なだらかな丘の上、切り立った崖の端。崖の下には川を挟んで迷いの森と呼ばれる広い森が広がっている。シャロンがスレイプニルに追われていた森だ。
タクミの開いた武具屋、ツクモ屋はそんな崖の上にある。二階建てのなかなか立派な建物だ。
「着いたよ。ここがツクモ屋、俺の店」
「タクミさん速過ぎませんか……!?」
「速いモンスターの素材が必要な時もあるからね」
タクミは簡単にそう言って、入口にスレイプニルの遺骸を投げ置いた。シャロンを担いだまま中へ入っていく。
磨き抜かれた武具の展示スペースを抜けてカウンターの裏、扉をくぐれば工房がある。大きな窓から朝陽が差し込んでいて明るく、展示スペースより広い。壁一面に工具が吊られ、剣や槍が雑多に立てかけてある。
作業台を新しい布で覆い、タクミは冷めたお茶と温かい野菜スープを並べた。
来客に朝食を用意した、と言えば聞こえはいいが、やっている事は半ば誘拐である。
シャロンを座らせ対面に座り、食事を無視してタクミは身を乗り出す。
「それで、シャロンちゃんは何でこんな時間に森にいたのかな?」
「森には強力なモンスターが稀に出ると聞きまして、それでちょっと経験を積もうと……」
「なるほど。それが思ったより強くて逃げ回ってた訳だ」
「うぅ……」
図星を突かれたのだろう、シャロンは肩を落とした。対してタクミはどこまでも嬉しそうである。かわいい女の子と喋っている、それだけでもう嬉しいのだろう。
「だけど、モンスター狩りってグループでやるもんじゃないの? 力量も分からない相手に単身で突っ込むなんて聞いた事ないな」
「だって国境付近にあんな強いモンスターがいるなんて思わないじゃないですか……!」
シャロンの言うように、ここはゼルテニア王国西の端にあたる。ツクモ屋は国の結界に守られているのか、そうでないのか、実のところタクミもよく分かっていない。そもそもモンスターは強い相手に挑んでこないからだ。
「強いモンスターが出ると聞いて来たのに思いの外強かった、と。シャロンちゃん、もしかして何か焦ってる?」
「……分かりますか」
そう言ってシャロンはため息をついた。冷めたお茶を行儀よく飲み、カップを置いた。
「実は、もうすぐアクアリステとの一騎打ちがあるのです。騎士としては栄誉ある事なのですが、ご存知の通り、実力が至らず……」
「うん? 今のだと何かシャロンちゃんが一騎打ちに出るみたいに聞こえるんだけど」
「まさしく、その通りなのです」
「んんん?」
腕を組み、タクミはこれでもかと首を傾げた。
「一騎打ちって、国家間のちょっとした面倒事をタイマンで片付けようってやつだよね? それに出るの? シャロンちゃんが?」
「はい。理由は聞かされていないのですが、騎士団長からのご指名でして。私も不思議に思ったのですが、断る訳にもいかず」
「いやいや断ろうよ。ぶっちゃけシャロンちゃんって、騎士の中でもかなり弱い方だよね?」
「うぐっ」
さっきからシャロンの心をグサグサ刺しているが、タクミは気付いていない。タクミはそういう男だ。
「今年になって初めて武具術を習得して、ようやく騎士になれたところなんです! 弱いのは重々自覚しています!」
「妙な話だなぁ」
冷めたお茶を呷り、タクミは作業台に肘をついた。
先述の通り、一騎打ちは国家間の些細な問題を一対一の決闘で片付けよう、というものである。
ならば本来、選出される者は国の中でも相当な猛者であるのが筋だ。わざわざ騎士団入りたての新米を使う理由などないし、国の利益が絡むなら使っていい訳がない。
しかしシャロンは騎士団長の指名で自分が選ばれたと言う。
「……いじめ?」
「誇りあるゼルテニア騎士団への侮辱は許しません」
立ち上がったシャロンはすらりと細身の剣を抜いた。抜いたところでどうなるものでもないと分かっているはずなのに、それでも抜いた。
「でも確かゼルテニアの騎士団長って割と綺麗なお姉さんじゃん? シャロンちゃんぐらいかわいい子が入ってきたら妬みとかありそうだけどなぁ。そういうので内部崩壊する国、意外とあるよ?」
「斬ります!」
「またまた照れちゃって、かわいいんだから」
剣を振り上げたシャロンに対しタクミはへらへらと笑った。
「妬み嫉みで国益を左右するなどゼルテニア騎士団にはあり得ません! 訂正しなさい!」
「分かった、訂正して謝罪しよう。まあ座りなよ。せっかくのスープが冷めちゃう」
シャロンは苛立った様子で剣を収め、再び席に着いた。野菜スープを一口含む。どろりとしてあまりおいしそうではない。
「でもまあ、理由も知らされないのも含めておかしな話ではあるよね。何か心当たりある?」
「いえ、私にもさっぱり分からなくて。しかし決まった事は仕方ありません、今から僅かでも強くならないと……」
「人間と戦う訳だからモンスター相手に強くなっても意味ないけどね?」
「うぐぐっ!」
タクミは無自覚に容赦ない。どれだけ強力なフラグもぶち折る勢いである。
「だってしょうがないじゃないですかっ! 訓練時間にも限りがあるんです、普段の訓練以外でお付き合い頂くのも難しいんです!」
「そもそも訓練なんかでいきなり強くなれたりしないよ。鍛錬に近道はない」
「そう、そうなんですよね……」
シャロンは長くため息を吐き、スプーンを皿に置いた。
「アクアリステは強力な騎士を出してくるでしょう。やはり、私は負けるしかないのでしょうか……」
シャロンも分かっている様子で、肩を落とし弱気な顔を見せた。
芯の強い女の子が儚げな表情を浮かべるのは、まるで火に炙られる可憐な花のように美しく――
だからタクミは、嬉しそうに断言した。
「あるよ。一騎打ちに勝つ方法」
「ええっ!? それは本当ですか!?」
「もちろん。やらなきゃいけない事は色々あるけど、シャロンちゃんは強力な武具を使いこなすだけでいい。武具術は問題なく使えるんだよね?」
「剣なら何とか。しかし、今から強力な武具を揃えるのも難しいのでは……」
「大丈夫。俺が作るよ」
「えっ。タクミさん、武具作れるんですか?」
「……いや、見て分かんない? ここ、工房。大体、仕入れて売るだけの武具屋なら素材調達なんかしないよね」
シャロンはハッと辺りを見渡し、顔を赤くした。
「そっ、そうですね! ……しかし、お申し出はありがたいのですが、恥ずかしながらお金がなくて……」
「お代は出世払いでいいよ」
「本当ですかっ!?」
キラキラした目を向けられ、タクミは嬉しそうに笑う。
「だけど約束がある。一つはどんな武具でも装備する事。もう一つは騎士団でうちの武具が強いって宣伝してほしいって事。お願いできるかな?」
「分かりました! もし一騎打ちにタクミさんの武具で勝てたら、それだけで宣伝になると思います!」
「俺もそれを狙ってる。ところで一騎打ちはいつ? 来月ぐらい?」
「明日です」
「えっ」
「明日の、正午です。太陽が一番高く上る頃ですね」
シャロンは嬉しそうに微笑んでいる。対し、タクミは嬉しそうな笑顔が固まっていた。
敵情視察、武具一式の製作、すべてひっくるめて丸一日。
さすがに厳しい。
だが、とても嬉しそうなシャロンにやっぱり無理とは言えない。
「……分かった! 諸々の工作は俺がやるとして、シャロンちゃんにはさっそく新しい武器に慣れてもらおうかな!」
「はいっ!」
心底嬉しそうに返事して、シャロンはまずそうな野菜スープをガツガツ食べ始めた。
リミットは明日の正午。
タクミの戦いは、既に始まっていた。
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