『明日はきっとみんな友達』

「これよりチョコレート大作戦を開始する」


 翌日朝、基地の食堂に集められたフェイニとジレイン、そしてガディス始め元魔人の面々は、可愛らしいピンクのエプロン(備品)を着けて整列させられていた。


「何が始まるんです?」

「戦争よ」


 ガディスがジレインに問うや、短くそう答が返ってくる。


「新しい仲間も加わったことなので説明する。よく聞けよ? 要は私がお義父さまと懇ろになるために、ありとあらゆる協力をせよ――と、まあこういうことになる」

「え?」


 エプロンからこっち、ガディス一家は「?」の連続だった。

 さっそく「重要任務だ」と呼び出され、決意の元に食堂でのブリーフィングに挑んだら、これだった。


「重度のファザコンなんです」

「素晴らしい。娘の鏡ですね」


 ジレインの補足に、ガディスは即座に合点がいった。娘がお父さんと結婚したいと思うのは当然ではないか。サラーラだってそうだろう。


「なるほど、それでチョコレートですか。あっしらも、むかしは妻らにもらったものです。甘くほろ苦い思い出ですな」

「親分」


 こんなにほんのりとした幸せな気分になったのはいつ以来だろうか。

 男所帯のガディス一家は思い出に花を咲かせながら、「ならば助力は惜しめませんな」と気持ちを新たに姿勢を正す。


「凄い乗り気なんですが、器用人のテンションてわからないものですねえ」

「親ってこういうものなのかしら」


 四天王は、ややついて行けないらしい。

 そこでキャロラインはやる気勢に満足気に頷き返すと、上機嫌で背後の机に並べられた材料に注目するよう促す。


「お義父さまが疲労回復のために深い睡眠を取っている内に、事を終わらせる。目覚めらしたときに、美味しいチョコを食べてもらうのだ」


 疲れからか、術士は肉体のもつ自然回復だけでの休養をしている。呪術を行使すると、どこかに必ず無理が出るからだ。事実無理が蓄積し、澱のような疲れが溜まっていたのだ。

 ちなみにサラーラも隣の部屋で安静にしている。


「姐御、しかしなんでこんなに大人数なんです?」

「みんなで作ると楽しいからだ」


 三人集まればなんとやら。お菓子作りの経験のあるジレインやフェイニという講師がいるものの、ガディスら未経験者がいた方がキャロラインもいろいろと聞きやすい。初心者向けに作業工程をこなすなら、勝手が分からない者が多い方が、なにかと気付きやすい。


「ちなみにブラベアとティエンも招集した。チョコには間に合わぬが、お義父さまの回復と水龍山の術式には間に合うだろう」

「……四天王が集合ですか」


 ごくりと黒服ピンクエプロンのひとりが息をのむ。


大事な任務の前チョコ作りに、些末なこと魔神関係を片付けておく」


 キャロラインは材料がならんだ机を挟み、彼らの対面に移ると面倒くさそうに話し始める。


「ガディスらの証言により、水龍山および山脈周辺に巨大な立体魔方陣を組み上げる計画が明らかになった。魔人の肉体を楔にしてかける呪いだが、聡明で優しく温かく良い匂いがして舐めると美味しいお義父さまが、そのシステムを利用し、浄化の呪術を用いることを見出した」


 魔素瘴気の類いを浸透させるのではなく、麓にある水龍の巫女の村の呪術師の力を借りようと提案した。

 魔人が埋まるはずだった龍穴に、術士が構成した呪力の楔を打ち込み、そこを祠とした数年がかりの浄化術をティエンの眷属たる水の巫女に任せるというものだった。


「こっちに来て早々こうも解決が見えたのは、ひとえに魔人サキュリスのチョッカイがあったからこそなのだが、そもそもあいつらがこんなことしなければ私とお義父さまはずっと! ずっと! イチャイチャラブラブできたのだ! それをあいつらは! …………まあいい」


 コホンと咳払い。

 しかし部下眷属らは肝を冷やしている。昨日あれだけのものを見せられたので当然だろう。

 誰だってお化粧もエステも嫌だ。


「大がかりな呪術になる。回復を早めるためティエンを招集。ことが片付き次第、お義父さまはティエンと共に東の村落に向かい、アリオス、イカルス、ウォーレン、エルバーン、オーランド、サブラの家族を救う。業腹だがティエンの呪術の補佐なくしてはお義父さまの身が持たん。逆をいえばティエンが死ぬほど魔力を絞り出せばすぐ終わる。なあに、簡単な話だ。安心しろ」

「おお」


 どよめきが起きる。

 ひとりひとりの名前を覚えていらっしゃったという、ただそれだけでの感慨。

 水将にはこの際頑張ってもらおう。また法悦境の末に入院かもしれない。幸せだろう。うん。


「ブラベアは護衛だ。魔神が来ても奴ひとりに任せる。何があってもあいつにすべて任せる。チョコ作りとその後に続く手料理おもてなし大作戦が控えている以上、魔神に割ける無駄な戦力がケモフルールに存在するはずもない」

「いや、絶対来ないと思いますよ。粉々に心砕いたじゃないですか将軍」


 フェイニのツッコミに顔を青くしながら全員思い出したようにウンウンと頷いている。「大淫魔の美貌からまず蹂躙するあのエゲつない責め、さすが銀狼姫将軍」と、フェイニもさらに続ける。言わなきゃいいのに、言ったことでさらに鳥肌が立つ。


「さて、くだらない報告はここまでだ」


 ポンと手を打つキャロライン。

 たしかに、彼女にとってはもはや魔神なんぞは楽しみに待ったをかける些末で我慢ならん出来事のひとつに過ぎないのだろう。みんなそれを十全に理解したのだ。


「ちなみに私は『四天王付きの可愛らしい純真無垢なメイド』として、お義父さまに接している。お義父さまもそう信じている。この関係はひじょうに良好なので、私が銀狼姫将軍でありちょっと強い女の子であるというヒミツがバレぬように細心の注意を払え」

「え?」


 黒服組が彼女のメイド姿について、そこで初めて理解した瞬間だったが、納得に至るまでではないのが表情から分かる。


「ちなみにバレたらおしおきな」

「ひぃいいい」


 この悲鳴は全員のものだ。

 おしおきのレベルが、どうしても昨日のアレに繋がってしまう。


「よし。ここから先はジレイン、フェイニの講師に任せよう。美味しいチョコを作るぞ」

「了解しました」

「全力を尽くします」


 かくしてチョコ作りが始まる。

 ガディスら黒服男組が件のチョコに混ぜ込む『ありとあらゆるもの』を知ったとき、改めてキャロラインの――オンナの怖さを知ることになるのだが、それはもう少し後のことだった。




***




「ただいま到着いたしました~! いやあ、飛龍でビューンと飛んできたんですが、話の内容が内容なので勝手知ったる巫女村に寄ってから来たんですけど、さっそく術士どのと組んず解れつしたいかな~っておもってますけど………………あれ? みんなどうしたんです?」

「チョコ作ってたのよ」


 元気いっぱいのティエンが基地に到着したときに、すでに夕刻。疲弊しきったジレインが項垂れながら迎えた食堂で彼女は惨憺たる面々を見回し、「チョコで……?」と首をかしげる。これまた疲弊と恐怖で「うちのサラーラもあんなもんを……? いや、ありえん、あの子があんなことを、あんなものを剃って焦がして磨りつぶして練りあげてなんて」と呆然としていたガディスらだが、七人はティエンの来訪で自我を取り戻し、そっと彼女に控える。


「水将ティエンさまとお見受けいたしやす」


 侠客言葉にティエンは居住まいを正すと、話を聞くように楚々と控える。


「由来、無頼の徒でありましたが道を誤り悪事三昧。此度、銀狼の姐御よりお許しをいただき、術士の旦那の部下として正道を歩むよう仰せつかりました。以後、よろしくお願い申し上げます」

「お願い申し上げます」


 下げられる頭が七つ。侠客言葉が抜けきっていないのは、彼らの由来を鑑みるに仕方がないだろう。ティエンも「お顔を上げてください」と一言。


「水将ティエンです。故あって家名を名乗ってはおりません。……皆さまから銀狼の神気が気配が感じられます。なるほど。ゆめゆめ、姫将軍に恥を掻かせぬようお勤めしてください」

「へい!」


 唱和が七つ。


「ともあれ、術士どのの部下と伺いましたが」

「これから忙しくなるお義父さまにも、四天王のような頼りになる者たちが必要だろう。元魔人で身体能力も桁違い、義に篤く信に正道たる命に生まれ変わった。頼りになるだろう」

「姐御、そこまであっしらを……」

「それに男だしな。男なら、まあ安心だ。……ときにみな妻子持ちということだが、よもや男同士に興味があったりよからぬ事を企んではおるまいな?」

「……と申しますと?」


 言いたいことは分かるが、ハテどんなことだろうと首をかしげる。幸か不幸か、いや幸運なことに一家総出で妻一筋の者たちだった。


「お義父さまに手を出したら、股間を吹き飛ばす。フルコースでな」

「…………き、肝に銘じます」


 みな中腰で震え頷く。


「まあそんなわけでティエン、チョコでも食べてゆっくりしろ。一息ついたら彼の娘の治療を頼む」

「伺っております。サラーラさんでしたね。お安い御用ですよ」

「――あ、そっちのチョコは何も入ってないから大丈夫だぞ」


 卓上のチョコに手を伸ばしかけたところで、ふとそんなことを言われて手が止まる。


「何も入ってない? ……アーモンドとかナッツとか、そういうことです?」

「え? ああ、そんなもんだ。こっちの包んであるのはお義父さま用だからな。あとで持っていくんだ」


 あたまに「?」が浮かぶが、フェイニが「お菓子を贈るあの日用のチョコレートだ。お前だって作ったことがあるだろう? いろいろ入れて」とゴニョゴニョと補足する。


「ああ、なるほど。でも私は自分の血を入れたことしかないですよ? だって少しでも入り込めば好きなあの人のありとあらゆることまで把握できて、しかも体調管理まで私がいないと駄目なようにできるし、何も他のものを入れておまじないをしなくても自由自ざ――」

「もういい、もういい。お前もなかなかにアレだったな」


 みんな引いていた。


「そうですか? ……そういえば、ブラベアはどうしてます? 先に着いているはずですが」とティエン。


 キャロラインは「まだ見かけないな。……迷ってるのか? あの山歩きの達人が、それはないか」と考えた瞬間、脳裏によからぬ予想が思い浮かぶ。

 キャロラインは飛ぶように食堂を出ると二階へと駆け上がり、術士の休んでいる部屋のドアを勢いよく開ける。


「お義父さま!?」

「むにゃむにゃ。もう食べられないよぅ。がおー」


 なんと、昏々と眠る術士のベッドに、ブラベアの姿があった。長い時間そうしていたのだろう。彼女は術士の身体をぎゅっと優しく抱きしめながら幸せそうな顔でスピスピと鼻息を立ててぐっすりと添い寝と決め込んでいる。


「貴様! なにこっそりお義父さまと『冬眠』してるのだ!! 起きろ離れろ私と代われ!!」

「むにゃむにゃ。がおー」

「油断も隙もない! こら、起きろブラベア!!」


 かくして、水龍山の任務の見通しも立ち、総てを整え彼らが王都クレプシドラに戻ったのは、実に一週間と少しのあとでありました。



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