『絆 -呪縛、そして開放への希望-』

 術士は焦っていた。

 あれから小一時間を洞で過ごした彼は、いろいろあってなんかすごく懐いてしまったフェイニの肩を借り、基地まで帰還した。活力にあふれた彼はまず誰何するも、キャロラインの姿もない。自室に広がる血痕は愛娘のものだ。

 そこで、なにかがブツっと切れた気がした。

 有無を言わさずフェイニの背と腰に手をかざして彼女の体調を整えると、自分の中のマテリアル素材と魔力が目減りするのも構わず彼女の翼に退魔の刻印を施す。


「これでこの雪の妨害も少なく追えるでしょう。頼みます。キャロラインが連れ去られた可能性があります」

「キャロラインさんが……連れ去られた?」

「娘の血痕がこんなに。魔女、私との交換材料にキャロを使うつもりなのかもしれません。ただ、手負い……重症なのは間違いないかと」

「あー」


 そんなわけないのだが、ともかく術士はそう思ったらしい。

 娘がいないのがその証拠だというのも、確かにうなずける。しかし銀狼姫将軍だ。サキュリスを追ったのはフェイニ自身も知ってるし、むしろ殺す気満々だったきがしますが、と口籠る。


「私も後から追います。あなたに掛けた退魔の刻印の痕跡を追います」

「承知いたしましたわ。では、私はジレインが残した標針を追います」


 そう言ってフェイニを送り出した術士は、自分の肉体を十全に修復してから水龍山は魔神の洞窟へと足を踏み入れた。


「キャロライン~! キャロ~!」


 何度も叫びながら進むと、果たしてそこには全員が生きてそこに揃っているではないか。


「お義父さま!」

「キャロ!」


 下着姿のキャロが胸の中に飛び込んでくるや、術士の膝は力が抜けたように折れる。思いのほか強い力で娘がその体を支えていることにも気が付かないまま、彼は銀狼の体をぎゅっと、力強く抱きしめる。


「よかった」

「お義父さま……」

「生きていてよかった。お前に何かあったら、おとうさん、どうしたらいいかわからなくなってたよ」

「お、お義父さん……」


 すすり泣く顔を間近で見たかったが、いまはすんなり抱きしめられるほうを選び、ぱたぱたとしっぽを振るキャロライン。手についてるサキュリスの血液はこっそり浄化している。


「あ、役得ですよねあれ」とフェイニ。

「役得ですねえ」とジレイン。


 キャロはコホンと咳払い。


「魔人サキュリスは、四天王のおふたりが打倒しました。私はすんでのところで助けてもらえました。感謝の言葉もありません」


 とキャロラインは四天王がふたりへと目配せをする。


「難敵でしたが、次元の向こうへと叩き返してやりましたよ」

「このフェイニもとどめとばかりに、エイっと」


 ふたりは心得たものだった。


「そして魔人であったかたたちを解放し、保護したところで術士どのがいらっしゃったわけです」

「無事でよかった。……で、魔人――もと魔人、と仰いましたね?」

「左様です」


 フェイニの促しで術士がガディスらを伺い――そうになったときにキャロラインがしがみつき返してきてるのに気が付き、その耳先をくすぐり撫でるようにして離れてもらう。


「――見覚えがある。南八州の侠客、ガディス」

「そういうあんたは、やっぱり軍の狂犬の……」


 恐怖から弛緩したガディスが、ようやっと術士を見上げて息をつく。ああ、確かに軍の狂犬と恐れられた、あの、狂錬金術士に間違いない。ただし、今は恐ろしく優しげに見える。

 術士も彼を知っていた。


「ご存じなのですか?」


 と聞き返すジレインにキャロラインを託し、彼はガディスの前に座ると「ああ、よく知っている」と大きく頷く。


「とある一件で、結界外に出現した魔人の処理に赴いたことがある。その街を仕切っていたふたつの組織のうち、ひとつが魔人の組織。もうひとつを、このガディスが担っていた。確か、支配体制の違いによって折り合いがつかず、抗争状態になっていたはずだ」

「そのとおりで。――あっしらは、旦那がヤツらを」


 と、ちらりとケモフルールの三人を伺いつつ、彼は「――ヤツらをのを見ておりました。あっしらも襲撃を仕掛けようとしてましたんで、あの場に」と、言葉を濁す。


「あの場所にいたんですか」


 術士は表情を引き締める。

 自分がいちばん寂しさからの逆恨みでいろいろやってた時期だ。『狂錬金術士』の時代だ。


「あのころは軍の人間じゃないので」

「そうでしたか」

「……その子が、魔人に狙われていた娘さんですか?」

「わかるんですか」


 サラーラを振り返るふたり。彼女は気を失ったまま、未だぐったりしている。


「よく似ている」

「妻にもいわれましたが、あっしはアイツのほうにそっくりだって思いますよ」

「我慢強さは親父譲りでしょう。腎臓に魔素が溜まってる。よくぞ、今まで無事でしたね」

「――診立てができるんですかい!?」


 ガディスは腰を浮かせる。すがるような視線に、術士はフェイニを促してサラーラを抱えさせる。さしものガディスも「え、四天王を顎で?」と目を丸くするも、姫将軍の義父という話なので、さもありなんと唸るのみ。


「しかしひどい。小康状態のまま、何年も何年も生かさず殺さず。――そうか、魔神のつけた『首輪』か」

「慧眼。そのとおりです旦那」


 ガディスらはあの敵アジトでの一件いこう、入れ替わるように現われた魔神サキュリスに魔人にされたのだ。条件は、『病気の家族の延命』。

 是非もなかった。

 敵対組織に殺されるか、魔素の病で死ぬかのどちらかだと諦めていた。

 そこに、付け入られた。もしかしたら、そこに付け入ろうと早い段階から目を付けられていたのかもしれない。

 それはもうわからないが、とにかく彼ら七人は爾来、魔の先兵として人類を裏切り、家族のために戦ってきたのだ。


「あっしはどうなってもいい。お願いだ、旦那、娘を、こいつらの家族をなんとかしてやってくだせえ!」


 今度は純粋に頭が下げられる。

 そんな侠客の申し出に、術士は「ふむ」とひとつ唸り、フェイニからサラーラの体を任されると、ガディスに娘を抱えさせ、その背中に手を当てる。


「――家族の皆さんは、全員同じ症状ですか?」

「ガキから部下の妻まで、みんながみんな、こうなんです」

「意図的に仕組まれたな」


 しばらく手に魔力を込めた後、術士はそう言って四天王らを振り返る。

 さて、診立てでは厳しいけれどもなんとかなる公算は高い。しかし、もしものためにはと、保険をかけておきたかった。

 フェイニの血は秘術で、器用人には強すぎてしまう。あの玉子も、もう暫くは出ないだろう。

 ジレインの針は血抜きに使えるかもしれないが、代用は術で補う方が安全だ。

 となると――。


「キャロライン、こっちへ」

「くぅ~ん」


 鼻を鳴らしててこてこと寄ってくる銀狼姫将軍。思わずガディスが「っ!」と息をのみ娘をギュっと抱きしめる。が、なんとなく傷ついたようなキャロは口元に人差し指を当てて、余計なことはしゃべらないでと念を押す。侠客は察したのか、静かに頷くにとどめておいた。


「……ほう、これは?」


 キャロラインがそばによると、術士は銀狼にサラーラの懐に見える薬包を取るように促す。女性の身体故に気を遣ったというのもあるが、術士は未だに彼女の腎臓の上辺りに手を当てながらその肉体を走査スキャンしている。


「おっと、いけない」


 魔神がもたらした、ふたつの薬剤。それは銀狼の神気に当てられ一瞬蒸発しかけるも、キャロラインは猫をかぶりなおして事なきを得る。義父の求める痕跡証拠を消したら怒られるどころか自己嫌悪で死んでしまうかもしれないが、死ぬとイチャイチャできないので考えるのをやめる。


 それを確と認め「サキュリスの姐さんから、命を繋ぐためにと」とガディスは付け加える。「ふたつ飲み合わせることで効果を現すようだ。片方だけではいけない。青いものがゆっくりと治し、白いものがゆっくりとゆっくりと蝕む薬だ」と、即座に術士は言い当てる。目を見張るガディスに「肉体に残留してる毒素の源。まさに、生かさず殺さず」と彼は銀狼に渡し直す。


「娘は治りますか」

「南八州の鬼、ガディス。あなた次第だ」


 魔人の申し出にそう返す。

 あなた次第。――金銭ではない空気だ。


「娘さんの腎臓、肝臓、血液。そして脳を蝕む毒素を抜き、腎臓を作り替えます」

「作り替える?」

「実父であるあなたの体なら、娘さんの身体に合う情報を備えています。それを参照し、作り替えましょう」


 言っている意味が、分からなかった。

 全員が全員、術士を除く十人が意味を把握できていなかった。しかし、作り替えるという意味合いに冗談は含まれていないことを肌で感じていた。


「サラーラの臓器を、作り替えると言うんですね?」

「そうです。もう、彼女の腎臓はほぼ機能していません。石のようになっている。毒の蝕みから助けても、どのみち日常の循環に大いに支障を来すでしょう。こうなったら、


 術士はサキュリスの狙いを、最終的な彼らへの『首輪』の可能性を言い当てた。ここにきて、ガディスはなにも変わってなく、ただ自分が無為な時間を悪事にかまけていたことを痛感した。


「旦那。ひとつ――」

「なんなりと」


 助かる可能性。

 聞きたいことはそれだけだったが、ふと、聞こうとは思わなかった。


「娘を助けていただきたい」

「承知」


 痛いほど分かる娘を思う気持ち。

 そんなふたりの遣り取りを端で見ながら、キャロラインは胸の奥が締め付けられたような、切なさを覚えた。

 あのときの、駅舎での離別。

 ガディスとサラーラに、義父と自分を重ねてしまう。

 あのとき義父が手放してしまった自分。そのときの後悔を、あのときの後悔を、父娘の離別をに対していま自分ができることをしたいと、義父は考えているのではないか。

 考えていて欲しい。

 あのとき離別した自分を救うために。


「キャロライン、娘さんの治癒を。臓器の分解と再構築は私が。キャロは再構成の促進と馴染ませるよう頼む」

「わかりました」


 ああ、本気なのだ。

 義父はやっぱり本気なんだと、尻尾がパタパタと揺れる。


「戦力外通告を受けてしまった……」とジレイン。

「仕方がないわよ。毒も薬に、薬も毒になるとはいえども、私たちのは使いどころが難しいから」

「くしざし……だめかぁ……」

「はい?」


 そんな遣り取りがあったが、術士はガディスの背中とサラーラの背中に手を添える。ひとつ頷き、キャロラインにも同じように手を重ね合わさせる。


「さあ、いくよキャロライン」

「はい、共同作業ですね」


 温かい流れが感じられる。義父の魔力だ。

 この流れに促されるように、自分も力を使えばいいのだ。


「ッ――」


 サラーラが身もだえする。

 しかし、意識が戻る様子はない。

 キャロラインは義父の魔力に身を任せるにあたり、彼の技能の粋奥に純粋に感嘆を漏らす。

 後に四天王始めガディス一家らが長く語り継ぐ彼の新しい伝説のひとつであった。とりわけ娘のキャロラインが義父の偉業としてことあるごとに語り継ぐ話。そのひとつだ。

 体組織の再構成。

 解析する始めの神秘は自分の身体。では、次は――。

 なるほど、とキャロラインは唸った。

 サラーラの腎臓は義父の手で分解され、再構成され、自分の手により馴染み繋がり動き出していく。


「魔人の肉体は強いな。これなら、娘さんも助かりましょう」

「ああ、ああ、旦那、ああ……」


 腎臓はふたつある。右から左に。次は肝臓、これも血中の解毒を担う大事な臓器だ。この臓器も浄化し、組み直し、毒素を分解する。血中の魔素も結晶化させ、細かく細かく、もっと細かく分解して排泄されるように促す。


「――お義父さま、魔素の分解浄化は結晶化の方向なんですの?」

「毒素の排泄は肉体に任せる。それが馴染みに繋がるからね」


 術式は、滞りなく終わる。

 サラーラの顔色は悪いままだが、表情は柔らかくなっている。慢性的な苦痛は除去され、あとは時間が解決するだろう。


「水は多く、排泄を促して。食欲が出てくるから、都度、よくかんで食べさせてください」

「旦那!」


 疲弊の極みだった。

 人体ちちおやの設計図をもとにした複製臓器。初めての他人同士の肉体、その分解再構成を行い、術士の魔力も精神もすり減りきっていた。


「ん、成功。……ガディスさん、皆さんのご家族の人数は?」

「十二人。女子供ばかりです」

「なら早いほうがいいな。よし、魔神の遺した薬を複製しよう。まずはそれで、ご家族の延命をしてください。こちらの準備が整い次第、全員救います」


 すると術士はこともなげに魔神の薬を再構成して山と積み始める。無から有を作り出し、さすがに魔力が尽きる。


「ああっ! 旦那!」


 娘の身体をかき抱き、侠客は涙を流す。

 事を見守っていた六人の部下も、その言葉に顔を見合わせて喜色を浮かべる。助かる! 助けられる! そして目の前に積まれる、あの薬。自分たちを絆していた魔の薬だが、命を繋げられる希望が涙を誘う。


「……旦那!」


 七人が平伏する。


「あっしらの命、好きに使ってくだせえ! このガディス以下七人、生涯旦那に着いていきます!」

「――自分の罪を贖うためですか」


 それもある。

 しかし何かをしたいと思う彼の気持ちは術士にも痛いほど分かるのだ。


「………………」


 キャロラインは「まあ自分の眷属になったし、ということはお義父さんの部下になるのは自然よね」とあっさり受け入れる。

 魔人の不始末は魔神の責任である。いまさら彼らの責任や罪をどうこうするものはケモフルールにはいないだろう。もともと魔人は暗躍するものだ。器用人であった時代の悪さについては、色々あるだろう。

 彼らは出直したいのだ。


「わかりました」

「旦那!」


 見上げる七つの顔に、彼はひとつ頷いてみせる。


「まずは水龍山で何をしようとしてたのか。それを教えてもらいましょう。そこから、この山の抱える問題を一個一個解決していく。力を貸してもらいますよ、ガディスさん」

「承知いたしやした!」


 フェイニもジレインも肩をすくめる。キャロラインも尻尾をフリフリだ。


「ともあれ、基地に戻ろう。いまは……もう……休みたい」


 術士はキャロラインに身を任せる。

 彼の身体を支えながら、銀狼はひとつ頷き返すのでありました。

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