『Departure』

「なんか今回は、荷物が多いね」


 飛龍に乗り込む前、術士は娘が荷台に積む荷物を整理しているなか、ふと違和感を感じて声をかける。声をかけてから「違和感?」と自分で首をかしげるが、それ以上は気にしない。


「過日の事がありましたから、背負い袋をひとつ大きいものに変えました。そんなに重くいないので大丈夫ですよ」

「過日のこと? ……ん~」


 確かに大熊の地では色々あったが、キャロラインが荷物を増やさねばならないことが、なにかあっただろうか。お茶かな、着替えかな、様々なものを思い浮かべるがさっぱりだった。


「今回は飛龍だし、多少荷物が多くてもひとっ飛びさ」

「フェイニさまと、ジレインさまでしたっけ?」


 と、キャロラインは荷物を積み括り終えると一息つく。同行者は四天王のふたり、今度は空将フェイニと陸将ジレインだ。いまのところ義父にあらぬ想いを抱えている訳ではないので安心だ。まさか冬眠しようなどとは言い出すまい。


「お義父さまご安心を。ジレインさまは沈着冷静、フェイニさまは蒼天の如き冷涼明察な御仁ですわ」

「え、あ、うん」


 妙に上機嫌な娘だったが、彼は知らない。増えた荷物はスケベ本と、応用できるような様々な道具、そして小物の類いだったのだ。

 見られるわけにはいかなかった。


「やあやあ、お二方。もう準備はできましたか?」

「これはフェイニさん」


 そこに一声かけてやってきたのは空将フェイニだった。いつもの将軍服に、一枚二枚の上着を重ねている。空の上は冷えるからだ。クレプシドラに来たときとは違い、今回の空の旅はもっと高空を飛ぶ。


「器用人の術士どのは、あと一枚重ねた方がいい。空はもとより、これから向かう霊峰水龍山は雪山です。装備は調えた方がよろしいでしょう」

「雲より高いと聞きますが……」

「寒いですよ。山脈地ですから、天気も変わりやすい。……キャロラインさん、軍のものですが防寒装備を持ってきました。あそこに積んであるのがそれです。お父さまに使ってあげてください」

「恐れ入ります」


 やるじゃん、フェイニ。

 評価がピョーンと上がる。


「まあそこはそれ、空は翼人の領域ですからね」


 フェイニが飛龍の頬を撫でる。

 大柄な種族もひと飲みにできそうな翼竜だが、大人しそうに目を細めている。この翼竜こそ、翼人の共であり、共存関係にある神秘だった。


「空を飛べる翼人も、翼竜に乗るんですね」

「歩いたり走ったりできる器用人が馬に乗ってるのを見たとき、私も同じように思いましたわ」

「――なるほど、考え足らずでしたね」


 あ、いまお義父さまを馬鹿にしたな?

 あとで尻でも叩くか。

 キャロラインの視線が剣呑なものになると、フェイニはコホンと咳払い。そこに「皆さま、ご準備は?」とジレインがやってくる。


「これは閣下」

「術士どの、閣下はおやめください。……その、為政らそういわれると気恥ずかしいものがあります」


 来訪に軽口を返す術士、フェイニに一本取られたのは気にしてないよ、という表れだろう。いわれ照れるジレインだが、確かに四天王筆頭ということもあり軍服も防寒着も質が違う。

 頭髪が変質した針も、心なしか艶だっているように伺える。


「出発は三十分後、一時間ごとに小休止を取りながら飛龍を乗り継ぎ、本日中に霊峰中腹の基地へと到着予定です」

「フェイニ、予定時間は?」

「空具合による。だが、いまは早朝。夜半までにはかかるまい」


 強行軍になりそうだった。

 出発まで三十分。下に一枚着込むのもありだろうか。


「では準備してきます。やはり一枚下に着ようかと」

「それがよろしいでしょう」


 術士にフェイニも頷き返す。

 そして自室に走りゆく彼を見送りつつ、尻を無言でひっぱたいてくる銀狼姫将軍を宥めつつ振り返る。


「いい気になるなよ、フェイニ」

「ホント堪忍してください、将軍。あれはやり込めようとかそういうことでなく、痛い、そうじゃなくてですね、あ痛、物の見方を変えたらこちらも同じようなことを思ったというですね――ってそんなとこに指入れないでください!」

「ふふん、まあ緩そう。いや、許そう」

「いますごく風評の被害が」


 そんなふたりの遣り取りにジレインは頭を抱える。


「ともあれ、雪山です。閉鎖された環境です。寒さ故に身を寄せ合っての生活になります。安全のため冬の間はひっそりと周囲の調査になりますが、天気のよい日は遠出も適うでしょう。要するに、お義父さまとの距離を縮めるならここが正念場ですよ、姫!」

「え、あ、うん! 大丈夫!」


 ポンと胸を張って尻尾を振る。


「あの基地にも確か温泉が引かれてたな。……そういえば大熊の砦の水浄化装置も成功したらしいし、これは案外とトントン拍子に済みそうな任務になりそうな予感がするぞ!」

「今回の任務、確かにそのように見える一面もあるでしょう。しかし姫、具体案はあるのですか?」

「ある!」


 胸を張る姫将軍。

 件のメイド長に受けた教授の内容を、端的に報告すると、「まずは初手でお義父さまを仕留める」と重々しく頷く。


「まずは食事だ。胃袋を仕留める」

「姫、料理はジレインやメイド長に習ったのですか?」

「いや、主に独学だ」


 これはイカんと、四天王ふたりは顔を見合わせる。


「錬金術師に毒は効かぬとメイド長はいっていた。娘の手料理ともなれば多少よからぬものを混ぜても露骨に解毒するようなことはないといっていた。親心を盾に、つけ込み、仕留める」

「何を混ぜようというのですか」フェイニが言葉を詰まらせる。


 キャロラインは懐から手帳を取り出す。スケジュール帳を兼ねた閻魔帳の類いで、彼女の秘密がいろいろと書かれている。覗こうとしてひっぱたかれた四天王は枚挙にいとまがない。四人だけど。


「ほら、もうすぐ『意中の者にお菓子を贈る風習』の日がやってくるだろう。恋する女の子はおまじないとして、このお菓子の中にと書いてあった」

」言葉が重なり、ふたりの絶句が続く。


 確かにある。

 意中の者にお菓子を、メッセージカードと共に贈る風習。

 初冬の良き日に行う風習だが、軍の中ではあまり行われない。主に学生や年若い者たちが行う風習だった。


「なにぶん、気になる意中の者などお義父さましかいなかったからな。たたき上げのジレインやフェイニなら経験があるんじゃないか?」

「あのその、具体的に何をお入れになるのです?」とジレイン。


 銀狼姫将軍はモジモジしながら、言いよどむ。


「その、いろいろ。様々なものをだな。毒じゃないぞ? さすがにそれは魔術の類い、お義父さまに必ず気付かれる」

「その、具体的に」と、今度はフェイニ。


 姫将軍は「…………」と無言でふたりを見据えると、静かに呟く。


「思い出せ。貴殿らにも少女として思い人にお菓子を贈ったことがあるだろう」


 ふたりは遠い目となる。


「毎年、意中の者か、恋人かに、趣向を凝らした『お菓子』を贈ったことだろう」

「贈りましたね」

「作りましたわ」

「何を入れたのか、口に出せるか?」

「ああああああああああああああああああああああああああ」

「ああああああああああああああああああああああああああ」


 四天王は精神攻撃を受けた新兵のように膝を屈した。イヤイヤをしながら、耳を塞ぐ。


「それら総てと思ってくれたらいい」

「マジすか」

「それは……」


 四天王の視線が飛龍にくくりつけられた荷物へと一瞬流れるが、その後、姫将軍の体のあちこちに移っていく。

 姫将軍は赤面しながらその視線を縦横無尽に受け入れつつ「思い至る部分、多すぎないかこいつら」と内心、少しオンナというものに恐怖した。


「確かに、持ち運ぶという概念のものではないですし」

「この我が身を食べて――という気持ちは確かに」


 ふたりは納得し合う。


「姫」


 ジレインは進言する。


「このジレインに一計がございます」

「申せ」

「は。――様々なものを混ぜ込み、かつそれを気がつかせにくいよう味も濃い絶好のお菓子に、ひとつ心当たりがございます」


 ああ、過去にジレインがやった奴だなとふたりは思った。


「雪山登山には必須の携行食――チョコレートです」

「チョコレート!」と姫将軍。

「ああ、その手があったか!」とフェイニ。


 かつて食べたこともある味を三人は思い浮かべる。

 確かに、練り込むにも整えるにもヒョイと食べさせるにも最適と思われた。


「賢慮叡智は歴戦の心に宿る――! 感服極まったぞジレイン。それでいこう! お義父さまに私のチョコレートを食べてもらうぞ!」

「ご愁傷様です」

「お腹は壊さないでしょう、錬金術士ですし」

「なんかいったか?」

「いえ。――ジレイン、準備に戻ります」

「フェイニ、準備に戻ります」

「うむ」


 ふたりは逃げた。

 いたたまれなくなったのだ。いまのキャロラインに。そして過去の自分に。


 



 

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