第三話 霊峰に危険な雪が降る
『Genesis Beyond The Beginning』
「お義父さまに歯を磨いてもらっちゃった」
「お嬢さまおいくつですか」
「えへへ~」
キャロラインの部屋である。
大熊の大地から帰ってきた早々、ティエンは病院送り。ブラベアも報告が済み次第、故郷の復興のために砦へと戻っていった。
銀狼館は今、フェイニとジレイン、そしてキャロラインのみ。使用人はいれども、なかなかにゆったりとした時間を過ごしている。
「ここしばらくはジレインらも忙しく準備してるし、お義父さまも研究室に籠もりっきりで覗きも捗ることこの上ない」
「基本はふたりっきりにさせていますからね。……で、なぜ歯磨きを?」
「青海苔がくっついていたのでせっかくだから、久しぶりに磨いてもらおうかな~って、歯ブラシ持ってジっと見てたら『磨いてやろうか?』って仰ってのほほほほほほほほほ」
メイド長は「は~」と大きくため息をつく。
「男の誘い方が上手いんだか下手なんだか。いいですか? 口の中の無防備な粘膜を、唾液まみれのぬらぬらしてるところをオトコにいじくられるんですよ? ものっそいエロいと思いませんか?」
「あ」
義父の洗濯物(未洗い)を詰め込んだ枕をギュっとして「いわれてみれば」とワナワナ震えている。
「子供のまま、コドモ扱いのままでいいんですか?」
「そそ、そんな!」
「しかもオトコに長いものを銜え込まされてるのに、ヨダレだらだらさせてはぁはぁいいながら目を潤ませればいいのにそれもしない」
「え? そそ、そんな、話には知ってるけど、まさかソレに見立てて!? え!? あああ、ああ~……」
ぱたーんと倒れながら、枕に顔を埋めてフンフンと鼻を鳴らす。
「しかしそんなに露骨に迫ったところで逆効果でしょう。……実は陛下より、お嬢さまがあまりにもガキ……子供っぽいというので、なんとかして欲しいとお願いされまして」
「ガキっつったな今」
睨まれるが、平気の顔だ。メイド長は鞄の中から数冊のエロ本を取り出す。
「器用人の職人が命を削り仕上げた、スケベ本です」
「ななな、なんてものを持ってきたんだ!」
「ケモフルールにはあまりないですからねえ、男メインにしたこういう妄想つぎ込みの物語。女系国家の強味と弱味ですねえ」
「お、お義父さまの部屋にはなかったな――」
十年前までは、だが。と、キャロラインは付け加えるが、メイド長は「単に未成年の目と手が届かぬところに置いてあったのでは?」とコメントするも、もしかしたらその手の『体調』もコントロールしていたのかもしれない。
「私の部下がここしばらく器用人の国に諜報交流に出かけていましたが、昨日戻ってきまして。そのお土産です。エロ本買わせるのもどうかなあと思ったのですが、実によいものを買ってきました」
「そっちのは?」
「こちらは私の私物です」
「男同士?」
「左様にございます」
コホンと咳払い。
まずは手頃な一冊を読むように勧める。
しばらく読み進めていくうちに。……なんども最初から途中からじっくり読みながら、ちらちらと身じろぎひとつせずに見つめ返しているメイド長を見ながら、いわれたとおりにじっくり読み切る。
「聞いてもよいか?」
「存分に」
「――ここはふつう、出口であろう?」
「ときとして入り口でございます」
「え、でも」
男同士の本をパっと開いてみせると、件の疑問に答える場面を「ささ」と見せる。キャロラインは「なにィ」と食い入るように目を見開く。
「正式な作法でございます。お嬢さまは、だからこそお子ちゃまなのでございます」
メイド長はエロ本を並べる。
「これよりこの厳選された逸品でお勉強をして頂きます」
「これでか」
「時間はありません。なにせあとしばししたら西の邦への派遣が術士どのから提案されるでしょう。そうなれば、あとは出先での実戦しかないのですよ?」
「え、なにそれ」
「およそ四日しかありません。お急ぎください」
わなわなと震えながらベッドの上で仁王立ち。
「また出かけるのか!? ソレは仕方がないが! お義父さまのお仕事だしそれはかまわんのだが、あれ? 私ついて行けるよね? まあだったらいいのだ! そうか、四日か! まかせておけ! 男を手玉に取る手練手管、極めて進ぜよう」
「その意気やよし。しかしその五冊もほんの入り口に過ぎないことを覚悟してください」
え? とキャロラインの尻尾が垂れる。
「そうなの?」
「左様で」
「これが入門書か……。あ、いやいや、ちょっと待て、結局本当に入り口なの? 出口なの? 作法? え? そこだけ教えて!」
「厳しい教授になりますよ?」
「望むところだ!」
と、いろいろしているうちに四日目が来るのだが、お勉強がどれだけ進んだかは――定かではないッ。
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