第三回四天王他裏会議および魔神会議
幕間4『オトコいないくせに』
「地形変えて帰ってくるとは思わなかったぞ」
フェンリ三世は、当初の計画よりはだいぶ早く、事態を知ってから文句を言おうとしてからはだいぶ遅く帰ってきたブラベアにそう零す。
フェンリの座る執務机の前にブラベア、その後ろにフェイニとジレインだ。今日は侍女もいない。
「その、報告書は砦で仕上げて送付したはずですけど――」
「そ~なんだけど、顔を合わせて一言いわないと気が治まらんときがあるの」
「よくわかります」
地形が変わった翌日まで湯治、その後なんとか砦に帰還した一行は、大熊族総出を挙げて魔神残党狩りを視野に入れた調査隊を編制、詳しい地形の把握に努めることになった。
「でもなあ、魔素がほとんど分解霧散してるのは驚き。ブラベアの見立てでは、魔神門が開いた大龍穴は、もうほとんど何も通らない普通の土地になっているのはもっと驚いたわね」
「山間どころか、あのあたり小高い山になってましたからね。染みこんだ魔素が派手だったぶん、思い切り地盤がひっくり返ってましたから」
「動植物も住まぬ無人の土地だったのが功を奏したな。被害はゼロだ」
「ティエンを除いてですが」
「そう、それそれ」
フェンリは食いついてきた。
ブラベアは「こちらをご覧ください」と、背後のふたりも誘いつつ机の上に封書を置く。写真満載らしく、フェンリはいそいそと中身を取りだし広げていく。
「まずはこれ、湯治後に疲れが一気に出て白目を剥いて寝ているティエンです」
「連続徹夜明けのジレインも真っ青なクタクタ顔だな! とても見せられん、嫁のもらい手もなくなるぞこれは」
「スッピンですしね」
「ちょっと陛下、私のこともそんな目で見てたのですか。……といってもこれはひどい、プッ……でもなんか幸せそう」
ジレインもたまらず口元を多う。
フェイニはその写真を覗き込みながら「こんな顔知ってますよ。新婚の部下が連休中にずっと盛ってたあと、こんな顔して倒れました」と、わりとズバリな物言いでププっと吹き出している。
「浄化術越しに魔力を吸い取ったらしいな。器用人の錬金術はそんな芸当もできるのか。……いや、単にティエンが深入りしすぎて同調度合いを誤ったのか。男で失敗するタイプだなあやっぱりこいつ」
「体内の気が疲弊しすぎていたので、今は療養中です。だいぶ堪えたみたいですよ」
「さにあらん」
と、ブラベアは身を寄せるように残りの写真をめくり上げる。
「さて、お待ちかねの姫将軍の写真です」
「待ってました」
三人の食いつきが凄い。
一枚目は全裸で正座させられ、術士にこんこんと叱られているものだった。
「いつまでも裸で術士どのを誘っていましたが、『いつまでも着替えないなんて、まだ子供なんだな』とたしなめられている図です。思わず写真を撮ってしまったのは、飽き足らずにオッピロゲようとして説教が始まったからでございます」
「戦うことしか教えてなかったから、男の誘い方が全くなっていない」
「それはひどい」とフェイニ。
「誘う誘われるは、難しいですからねえ」とジレイン。
二枚目は、一緒の毛布で寝ているふたりだ。
「お、距離が縮まったか?」
「さすがに疲れてた術士どのの毛布に潜り込んだんです。相当我慢していたらしく、洗浄、入浴後にまっさらになった体臭をクンクンしながらだらしない顔で寄り添う姫将軍でございます」
それを覗き込み、ついでブラベアの顔を見上げながら、フェイニが「ふ~ん」と首をかしげる。
「あなたも疲れてたでしょうに、なんで起きてたの?」
「魔人の残党を警戒してたんだってば。みんな寝ちゃってたし」
「ええー、ほんとにィ~? 病院に担ぎ込んだときにティエンから聞いたんだけど、ブラベアあんた術士どのに『一緒に冬眠しよう』って誘ったんですって?」
「え!?」
「なんだと!?」
「なぜそれをぉおお!?」
食いつきの方向が変わった。
大熊娘は真っ赤になりながら額の三日月傷をこりこり掻き、モジモジしながら「がおー」と視線を吹き飛ばそうと威嚇する。全く怖くない。むしろ可愛すぎた。
「ブラベアに春が来たか~」
フェンリ三世がしみじみと呟く。
「でも春が来ちゃったら冬眠できないな~ブラベアちゃん」
「言い回しは別にどうでもいいのです。陛下、つまりあの術士どのはブラベアの巨乳に屈しなかったということです。これは姫将軍にとってはやや難敵ではないでしょうか」
「胸の大きさでいえば、ブラベア、姫、ジレイン、ティエン、フェイニの順番だからなあ」
「私の胸が薄いのは空を飛ぶためです。母乳期も短いですし。そこ、お間違えないように! それに周りがでかいだけでこれでもフツーにありますからね、フツーに」
「オトコいないくせに」
「ぐぬ」
そこでフェンリ三世は手を叩いて仕切り直す。
「四天王の男っ気のなさは重職とその神気力量のため、並のオトコでは尻込みするからに他ならない。まあこんどお見合いなどを計画してもよかろう。希望者はあとでこっそり来るといい」
「絶対の忠誠を、陛下」フェイニ。
「頑丈な人がいいです、陛下」とジレイン。
「私は……いいです、陛下」これはブラベアだ。
「難儀な奴らめ、こっそりといっただろうが、こっそりって」
ともあれ、と椅子に深く腰掛けなおす。
「これだけ動きがあると、次は西の邦かな」
「水の脈、ですね」
コホンと仕切り直してジレインが首肯する。
「ティエンの退院はいつになる?」
「来週には。しかし大熊の大地、『寝返り山』周辺の調査に出る予定です」
「ううむ、かの者の生地だけに、その力故に、行って欲しいとは思ったが……」
「陛下」
そこで一歩、フェイニが前に出る。元々食いついていただけにほとんど机に身を乗り出す感じで迫っている。
「西の霊峰は水脈の母、それと共に、空の気を孕む高き領域です。是非、この空将フェイニを」
「おおお、おぅ、そうだな。ふむ、ではジレイン、お前も同行しろ。ことは根深く進行しているだろう。彼の地の部下を率い、フェイニとともに術士どのをお守りし、水源の浄化改良の糸口を探れ」
「承知いたしました」ジレインが一歩下がり礼をする。
「一命に代えて」フェイニが身を乗り出したままキリっと頷き返す。
満足げに女王は頷いた。
「魔神の暗躍、魔人の動向、気になることはまああるが、今はキャロラインの恋路をなんとかするのが最優先だ。心揺れてるブラベアとティエンが一緒では邪魔になりかねん。いい刺激にはなると思うが、相手はあの術士、そしてお子ちゃまなキャロラインだからな。うむ、自制心の優れたジレインと、沈着冷静な空将フェイニならば安心して焚き付けられるというものよ。ふふふ」
「さすが陛下」
これで次は、西の霊峰に赴くことが決定した。
銀狼館でゆっくりしたあとは、また旅路となるだろう。
「ともあれ、恋する女は強いのだ。魔神にはその強さはあるまい」
戦争はもう、終わったのだ。
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