『猛き障害 -Mighty Obstacle-』

 ガディスは魔人としての力で彼らの接近を肌で察知している。

 このひりひりするほどの善い神気、間違いなく四天王のモノだ。


「配置に付け。ふたりで瘴気獣一体ずつだ。俺はふたつ操る」

「へい」


 部下が散ると、彼は大きく深呼吸する。

 魔素なくしては生命に支障を来す肉体。魔神サキュリスとの『契約』によって作り替えられた肉体、その代償だった。かわりに、瘴気魔素の濃度が増すと、力が漲ってくる。これならば、瘴気獣も二体同時に操れる。


「龍脈を知る者ならば、必ず祭壇の奥へと進む。そこが奴らの墓場よ」


 果たして、広いドーム状の洞穴最深部に彼らは現われた。報告にあった通り、炎将ブラベアと水将ティエン――それにふたりの随伴者だ。

 ガディスは気配を殺し、社の奥へと引き下がる。


「ここが、炎の社」


 ガディスに取るに足らぬと判断された術士は、いまは汚染されし霊域に入る前でさえ、いったん足を止め、器用人の儀礼に則って一礼、ゆっくりと神域に足を踏み入れた。


「魔の気配、奥に……増えた?」とブラベア。

「いや、ここに来て感じられる者。魔人の類いかもしれませんわ」とティエン。


 術士はその言葉に眉根を寄せる。不快の表れではない。闘志の表れだった。それを肌で感じたキャロラインは義父の腕を取り、やや足を止めると「魔人相手なら四天王は後れを取らないでしょう。むしろ、戦いやすいように少し離れるべきかと」と進言。術士はこれを受け入れる。


「挟撃の類いは、この広い聖域ですしね。むしろ入り口近くにいて退路を確保してくれて頂けたほうが戦いやすいです」


 がおー、とブラベアが片手を上げてふんとばかりに鼻息一閃。いくら強くとも、常識を越えた四天王でも、ひとりはひとり、ふたりはふたりなのだ。手が増えることはない。

 それに、殿しんがり、または退路最前列はあの銀狼姫将軍だ。さすがにこの銀狼に関しては、手が増えるという表現が望ましいことをふたりは知っている。術士の身も安全だろう。彼の命は彼女が守る。


「では、掃討してきます」


 ティエンは頼もしく術士に頷くと、確かな繋がりを意識したまま足取りも軽く、しかし油断なく深奥へと向ける。続くブラベアも巨体を滑らかに揺らしながら、重さで風を押しのけるように悠々と進みゆく。


「四天王があそこまでいうのですから、期待してもよいかと」

「安心しても、とはいわないんだね」

「事に於いて、慢心と無関心は敗北を招きます。あのふたりは、それをよく知ってます」


 つまり、下手をこいたらあとでおしおきだぞ、少しでもお義父さまにいいところを見せるように――という無言の圧力だったが、当のふたりは知ってるのであえて気にせずに進みゆく。


「いいとこ見せますとかいうと、また『お義父さまに色目を使うな』といわれかねませんものね」

「そうそう。ほんとそれ」


 聞こえてるぞ、と尻尾を揺らすキャロライン。

 術士は不安の揺れだと思い、数歩神域の入り口へと後ずさる。


「――あれが社、その成れの果てか」


 術士の呟き。

 遠目に見えるその木っ端。木っ端に見えるのは距離があるからだろう。小屋ほどの木造物が無残に潰されている、その残骸だ。

 その奥にブラベアとティエンが差し掛かったときだった。

 術士にも感じられるほどの、質量の突然増加が神域を劈いた。

 どーん、どーんと、続けざまに五つの轟音と灼熱色じみた紫光りが溢れ、濃密な瘴気が魔素を増した風となり、圧を以てドームの外側に向けて吹き荒れる。


「うぐっ――!」

「いけない」


 術士の体調変化を血液ぶんしんの呪術越しに感じたティエンは、即座に念話でラグタイムなしの意識交感をする。


「<器用人には耐えられない瘴気です。浄化も間に合わぬ可能性がありますので、仮死状態でやり過ごしてください。呼吸と代謝が働かなければ即座に命に関わることはありません>」

「<やってください>」


 意識交感は一瞬のことだ。


「お義父さま!?」


 術士の血液は呪力によってその肉体を仮死状態にもっていく。突然倒れそうになった彼の体を支え、これを守りながらキャロラインは事情を悟った。


「……ぶっ殺す!」


 牙を剥くが、力なく倒れる義父の身を守るために、大きく吠える。アオオオオオオオオオオオン、アオオオオオオオオオオオオオオオンと、神域の瘴気を打ち払うが如き神気の遠吠えは、「さっさと片付けてしまえ」という命令に他ならない。


「だがしかし、これは……」


 吠えた銀狼はしかし言葉に詰まった。

 瘴気獣。

 かつてこの大熊の地のみならず、ケモフルール全土を冒した魔毒の根源だ。身の長けは5メートルほどだが、その身にためた瘴気は桁違い。気化した瘴気は魔素となり、体積をその五千倍まで膨らませる。それらは真っ赤なルビーの如き硬い外殻に守られた、粘度の高い樹脂状の肉体によって構成された強靱無比の魔獣だ。

 かつては、三体。

 それがいまは、この空間に――五体。


「即座に決めねば、王国が……いや、この世が滅びるな」


 銀狼の呻き。

 食いしばる歯。

 それはこの大熊の土地を見捨てる決意に他ならない。つまり、義父の仕事を諦める規模まで汚染を許してでも、これを打ち倒せねばなるまいという、妥協を迫る事態。


「……お、温泉でのイチャイチャが! お、お、おおお、温泉での! イチャイチャがぁあああ!!」


 ついに少女は吠えた。


「ああ言ってますよ、ブラベア」

「ああ。だがしかしこれは――」


 背中にそれを受けている彼女は、己が故郷を永遠に喪うことを決断しろといわれているようなものだ。

 あの砦の同胞、各地に避難している一族の者、皆の帰る場所が半永久的に汚染されてしまうのだ。ここを犠牲にしなくては、この世そのものが滅びかねない。

 一族を背負うため、あえて族長の家名を捨て、国の剣、四天王としてその身この力を振るうことを誓った女は、両腕を大きく振り上げて雄叫びを上げる。


「上等! 四天王が炎将ブラベア、参る!」

「……水将ティエン、御助勢仕る」


 意識を支配されきった瘴気獣が、その真っ赤な瞳を彼女らに向けたとき、戦いは静かに幕を開けた。




***




 ずどん、ずどんと、立て続けに瘴気獣が突き倒される。


「ん~、がおー!! ほぉおおお!!」


 冒されきったとはいえ、地脈炎の道はブラベアに強大な力を注ぎ込む。その一撃一撃は的確に瘴気獣の外皮を砕き、確実にその生命力を減衰させている。大熊族の強靱な肉体はそれでも滲み吹き出す瘴気魔素の直撃にダメージを受けるが、毒素そのものはティエンが術士にも施した同様の浄化術で無力化している。


「ばかな、五体だぞ! 魔神軍のとっておきが、いともたやすく!」


 ガディスが瘴気獣の影の中で呻く。操る魔獣の裏に潜みながら、その魔獣から反映される言葉にできぬダメージに悲鳴を必死に堪えきる。

 彼の間違い、そのひとつが、この炎の社で戦いを選んだこと。

 これを見よといわんばかりの神気がブラベアから吹き出ている。いかに冒されようと、魔神軍に利用されやすく魔素に冒されようと、その炎の力は炎の力に変わりなく、ゆえに、炎将ブラベアの炎の力はこの神域で縦横無尽に発揮されることとなる。


「がおおおおおー!!」

「ぐわー!!」


 部下の瘴気獣が二体、まとめて蹴り飛ばされる。

 重い一撃が胸板から背に抜け、ビシリとルビーの外殻が砕ける。


「もう、ゆるさないからな!! がおー!!」

「ぐわー!!」


 5メートルを超える瘴気獣の両足をひっつかみ、力任せにぶんぶんと振り回す。大変な有様だった。魔獣は魔獣に吹き飛ばされ、地に叩きつけられ、果てはドームの天蓋に叩きつけられ、落ちてはまた打ち込まれるように潰される。


「これは……本気を……出さないとね……」


 浄化の力を全力でぶんまわしながら、ティエンも水将としての力の奔流を存分に解き放っている。この地下地脈のそばの、水脈。その冒されし水脈とて、水は水。ブラベア同様、この地でティエンと事を構えるということは、つまりはこういうことなのだ。


「それでもこの地は今までの数百倍の毒に冒され、ほんとうに死の国となるのね」


 そんな諦めの元、炎将の顔を伺う。ふふ、と笑みが漏れるくらい吹っ切れていない泣き顔だった。ああそうだ、悲しくないわけがない。


「これは本気を出さないとね」


 ティエンは友のその気に応える覚悟を決める。

 ここの水脈もまた、冒されるのだ。

 せめて、この地だけに。


「大地奥深くに沈めるわよ、ブラベア!」

「承知承知! 大! 承知!!」


 ティエンの叫びに呼応するように、ブラベアが吠えた。

 大熊が一体を担ぎ上げると、朽ちた社の奥に放り投げ、都合五体の瘴気獣が一カ所にまとめて投げ打たれる形となる。

 勝機。

 ブラベアは詔を高らかに吠え上げる。


「破振掌!!」


 五体の巨獣をまとめて圧殺するかの如き、上空からの掌打が獄炎を纏って叩き込まれる。その一瞬はさしもの瘴気も神気溢れる大熊の必殺技の前に霧散し果て、視界を真っ赤に染め上げる溶岩の炎がビシリと大地を割り砕き、悪魔を影もろとも大地に飲み込まんと口を開く。


「――やりやがった、このアマ! ずらかれ!」

「へい!」


 影に身を潜めていたガディスと六人の部下は瘴気獣の操作を諦めて一目散に奥の奥へと飛び逃げた。

 続き吹き出した間欠泉が如き水流は、ティエンの術だ。


「あいつら、こっちの思いの通りに動きやがった! もうけもんだぜ」


 奥底の影に潜み直したガディスは、四天王が何をしでかしているのかを確信したのだ。この地を犠牲にしても、ここで決着を付けるつもりだと。


「喜べサキュリスの姐さん、あいつら、尽くこちらの思いの通りでサぁ。この地の魔素汚染は進み、魔神門再開通まで王手を決めたようなものですぜ! ははは、ははは!」


 ガディスは、しかし、ニヤリと笑う。

 ダメ押しだ、と部下を総て呼び、「おい、貴様らの水晶を貸せ」と、五体の操作を一手に引き受ける。ぬん、と念じるや、砕かれ瘴気吹き上げる魔獣の体が溶け合わさるかのように膨れ上がる。


「合体した!」


 誰の言葉だったろうか。

 そう、瘴気獣は融合することで濃度を増し、さらなる毒として顕現し始める。


「ブラベア!」

「応!」


 さらにこれを打ち砕かんとする四天王。

 ああ、これを倒せ。除ききれぬ毒素を地脈龍穴に注ぎ込むがいい!

 ガディスはククと、こんどは大笑した。


「大熊の力は魔獣を砕き、水龍の力はこの地深くまで毒を押し込める! だが、もう少しだ。毒が練り上がるまであと少しいたぶってもらうぞ」


 合体瘴気獣が唸りを上げた。十五倍ほどに膨れ上がった巨体の腰までは溶岩に飲み込まれているが、その上半身は健在だった。風切る拳はブラベアの体を木の葉のように吹き飛ばす。

 予想以上の力だった。

 魔獣本来の頭ではこうはいかないだろう。操作するガディスの格闘センスの賜物だろうか。


「くっ!」


 歯を食いしばるブラベア、これはどうかと息を整えるティエン。

 負けぬが、形の好い勝ちを得られるとは思えない状況だった。

 そう思った瞬間だった。


「どっせええええええええええええええいいぃぃい!!」


 銀光を伴ったメイド姿が巨獣の顔面に跳び蹴りを食らわせていた。

 どごぉおんと、その顔面が派手に砕け散り濃厚そのものの毒をまき散らし溶岩に落ち飲まれる。


「えええええええええええええ!?」

「えええええええええええええ!?」

「えええええええええええええ!?」


 ブラベアとティエン、そしてガディスが喉の奥から呻きに似た叫びを上げた。


「手間取らせるなたわけ! 一気に片付けねばお義父さまの体が危ないだろう!」


 キャロラインだった。

 予想を超えた登場、そして人物、破壊力!

 ガディスがした間違い、そのふたつめがコレだ。

 銀狼姫将軍は、義父の体まで一足飛びに戻れる間合いを維持しながら、跳び蹴りを食らわせてきたのだ。


「行くぞブラベア、お前に合わせる!」

「しょ、承知!! ――いざ!!」


 大熊が神気を伴い跳躍する。

 続き銀狼姫将軍の体がふわりと追従する。


「破振掌!!」


 大熊の必殺技が再び決まり、後押しするように銀狼の退魔の蹴りが魔獣の巨体を大地の奥の奥の奥の奥底まで蹴り落とした。


「なんじゃこりゃあああああああ!!」


 操作の意識を根こそぎ分断されたショックでガディスは目を見開いて気を失う。


「親分!」


 部下がその体を担ぎ上げ、遠回りするよう迂回し、地獄と化した聖域から脱出する。


「飲み込みますよ!」


 ティエンの号令一下、三人は社まで後退する。

 溶岩を水で冷却し、穴を埋める。神気纏わせた蒸気で空気を浄化する。

 二段構えと思っていたが…………。


「あらら?」


 ブラベアが戸惑う。


「どうした?」とキャロライン。

「意外にしぶとかったみたいです」とブラベア。


「さすがは魔神軍の決戦兵器。……魔人の操作から離れ、自我を取り戻したか」


 大地の裂け目から、灼熱を伴った巨獣の腕が。

 這い上がらんとする壮絶な魔の気配に、四天王は息をのむ。


「ふん、この程度。もう一度地の底に蹴り落としてくれる――んんんん!?」


 さしもの銀狼姫将軍も、一瞬戸惑った。


 ………………ごごごごご。

 ……………………ごごごごごごごごごご。


 息をのむティエンの「地鳴り!?」という叫びに、己が体を引き裂かれたかのような感覚に歯を食いしばるブラベアが「あぶない、早くここからでないと! 地が崩壊します!!」と文字通り悲鳴を上げる。


「魔獣め、毒の根を張り巡らせきったか。汚染の地、侮るべきではなかったか」

「姫、崩れます!」


 ビシリ……。


 その亀裂の音が聞こえた瞬間、ああ、間に合わぬと姫将軍はどこかで冷たく思っていた。

 振り返る。

 一足飛びで戻れるはずだった義父の元に、阻むような魔獣の腕。

 退路となる通路の天井に入った地割れが、重い岩盤を崩落させようと揺れた瞬間。

 義父は未だ仮死。逃げられる状態ではない。

 しかし。


!!」


 キャロラインのその絶叫が地鳴りのなか轟いた瞬間、跳ね飛ぶように術士の体が起き上がり地割れと溶岩を越えて飛び上がったのだった。



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