『夜風に佇む』

「緊急会議~!」


 ピョコピョコと尻尾を振りつつブラベアが片手を「がおー」と挙げながら宣言すると、キャロラインが重々しく頷きつつ、ティエンは「さて」とひとつ区切りながら、後ろの野営地で細かな準備を始めている術士を気にしながらひそひそと声を潜めて頷き返す。


「この決戦の地に来るのも二年ぶり、しかも腫れ物扱いの禁じられた領域ということもあり、魔素ひしめくこの大地は命の痕跡が急速に喪われているのは皆も知っている通りだ」


 キャロライン姫将軍の言葉に、北に広がる死の大地と化した故郷を望むブラベアは歯を食いしばる。やはりこうして臨むとひとしおの思いがこみ上げてくる。


「魔素に関しては突破口がある。これに関しては、もはや錬金術士どのを助け、白杭の効果を確かめるのが今回の大きな任務となる」

「その言葉、あの効果、ひじょうに励みとなっております」


 毒矢を抜き去ると宣言した術士の姿をブラベアは思い返す。心の中に温かい何かがじわりと生まれる。それは怖気振るう魔素の気配を寄せ付けぬ希望の温かさだった。


「なので、ブラベアの故郷はもはや救われたも同然。時間はかかるとは思うが、心配ないだろう。なにせ良い匂いのする優しく強い良い匂いのお義父さまがその総ての技術を結集させて尽力する超絶技巧の秘密兵器による一大計画なのだから当然といっては当然だ。邪魔する者がいれば噛み砕くし、噛んだら不味そうなら引き裂くし、気に入らなければ滅ぼすまで。気に入らないといえばこの魔素の強さのせいでお義父さまの匂いが汚されるのが我慢ならん。くそ、滅ぼしてくれる。魔神の野郎、引き裂いてやる。粉微塵にして畑に練り込んでくれる……」


 牙を剥く銀狼姫将軍に温かいお茶を差し出しながら、ティエンは「まあまあ」と落ち着かせる。


「魔神王はもう引き裂いて追い返しましたよね」

「そうだった」


 そうなのだ。

 魔神王は四天王と銀狼姫将軍という少数精鋭の奇襲により、肉体は縦横無尽に引き裂かれ、魔核を破壊される寸前まで痛めつけられ、向こう側に逃げ帰ったのだ。


「それでも、少数の残党――ゴミ虫のような魔神の何匹かは今もなお魔神門の再開通を目論んでいる。二年も結界解除が遅れたのは……………………そう、お義父さまと会えるのが、二年も、七三〇日も、一七五二〇時間も、一〇五万分間もの長きにわたって邪魔してきた塵芥の如き魔神がまだ生きてるのが業腹すぎて我慢ならん。殺してやる。引き裂いてやる。粉微塵にしてマグナス火山の火口に撒いてやる」

「恨み節もひとしおですね。そこまで言われると、故郷を破壊された私の恨みが小さく見えます」

「何を言う、幸不幸は比べ合うものではない。お前も恨みを叩きつけてやれば良いのだ。あと幸せは大いに謳歌する。これに尽きる」


 お茶をひとくち。

 押し殺したような激高が過ぎ去っていく。術士は気がつく様子はない。

 こういうとき、男と女で分かれているのは助かる。


「話が逸れたが、ブラベアの故郷はもう助かったも同然。つまり何が言いたいかというと」

「術士どのとこの地でどのようにイチャイチャするかという案を出すべきである、ということですね?」

「さすがティエン、分かっているではないか。先述の通り人目を気にしなくても良いのが素晴らしい場所だ。なんだ、こう、押し倒してマーキングしても許されるのではないかという気分になってくるな」

「はーい、ステイ、ステイ」


 魔素の影響だと思っておこうと四天王のふたりは思った。

 魔素汚染の大地とはいえ、遠出外出自然の最中、気分がおおらかになるのは仕方がないだろう。なにせ銀狼姫将軍だ。


「これより先は薬包による呼吸の補助、これは術士どのはお手の物だそうです。それが効かなくなるまでは野営時の衣服と肉体の洗浄で賄えるでしょう。そこが狙い目です」


 ティエンが申し出ると、キャロラインは「肉体の洗浄!?」と食いつきが激しい。


「装備や衣服の洗浄はこのティエンが請け負います」

「洗っちゃうの?」

「匂いを楽しむのはまたということで。姫将軍は家族であるという強みを活かし、術士どのの入浴介助を行って頂きます」

「お風呂か!!」


 ブバっと鼻血を吹きながらキャロラインは腰をくねくねさせながら立ち上がる。さすがに術士が「どうしたんだい?」と目を向けるが、顔を隠して「なんでもありませんにゃー!」としゃがみ込む。


「ティエン、貴様の邪知には頭を垂れるぞ! 単なる入浴では魔素洗浄は完璧と行くまい! 必ず介助が必要になる! お風呂なんて十年ぶりに一緒に入るぞ!」

「湯船というか温泉はないですよ? あ、ブラベア、温泉あったわよね」

「国で一番の温泉街だったんだ、そりゃあいくらでもあるわよ。地脈龍脈の坩堝、ゆえに魔神王に狙われたんだもの」

「ではこうしましょう、姫」


 ティエンは地図を広げると、魔神門の周辺のうち、いくつかの温泉街だった場所に指を差す。


「恐らく魔素がはびこる根は以前の調査と、これからの術士どのの見解をあわせて考えねばなりませんが、地脈龍脈の流れは無視できないと思われます。これは水の汚染浄化に関しても重要で、私も手を焼く部分でありました」


 そこで、と手を打つ。


「源となる温の泉、そこを目指しましょう。炎将ブラベアの炎の力は、大地の灼熱の力、流れの大本を突き止め、そこで浄化の第一歩を踏みます。つまり、温泉を取り戻せばお義父さまとお風呂で思うさま洗いっこができるのです」

「マジか……」

「マジです」


 ティエンは頷く。

 マジなのだろう。


「白杭の実戦投入、その第一歩としては妥当かと思われます」

「となると、やっぱりマグナス山かなあ。あそこは火の神を長く奉っている社があったし、私としてもそこじゃないだろうかと」


 あくまで火口は吹き出物の突出した一角に過ぎないが、社があった場所はきっと一番、火と龍脈に近い場所にあるはずだった。


「ティエン」

「は」

「ここに来るまではお前にお義父さまの貴重な体液の濾過洗浄を任せることに対して殺意すら覚えていたが、その慧眼に対し許そうと思う」

「すっごいお許し痛み入ります」

「ブラベア」

「は」

「温泉を取り戻すぞ。お義父さまとのイチャラブポイントは少しでも多く確保しておきたい」

「こ、故郷の復興に繋がるのであれば幸いにございます」


 と、鼻息荒いキャロラインがウムと頷いたとき、準備を粗方終えた術士が「温泉と聞こえましたが」と、顔を出してきた。

 姫将軍はキャロに戻って術士の座ったそばに腰を下ろし直して尻尾を振って湯飲みを差し出す。自分が飲んでた奴だ。


「私の故郷は、温泉街だったんです」

「……なるほど、魔神門はやはり地脈なんですね」


 と、術士も頷く。

 続いて本来はキャロライン――姫将軍が作戦の草案を説明するのだが、猫を被っているのでブラベアが語る。

 その内容に、深く術士は首肯した。


「一朝一夕とはいかないでしょうが、ではまず――」


 術士は地図を見ながら、ぴたりとかつて火の社があった場所を指さす。彼はまだここに重要な施設があったことを知らないにもかかわらず。


「このあたりに向かいましょう。おそらく、龍点があります」

「龍点? 龍穴ともいえる、交点のことでしょうか」


 ブラベアの言葉に術士は頷いた。


「山の配置から、本来はもっと北、もっと深いところでしょうが、近そうなのはここでしょう。ここを目指したいと思います」


 三人はこの申し出に、是非もなかった。

 温泉復活のついでに、大熊の故郷を救わねばならないのだ。

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