『The Choice is Yours』

「はい、あ~ん」

「いやいや、それは。いやいやいや」


 椅子をくっつけるように隣に座ったキャロラインがお義父さんにフォークに刺した切り分け肉を差し出す。彼はしかし、それでもモグとひとくち頬張りながら身を寄せる娘を椅子ごと離してたしなめる。


「いいなあ、仲睦まじくて」

「ブラベアさん、いやいや、これはちょっと。ほらキャロも離れて」


 晩餐は堅苦しいものではなかった。

 離宮の食堂だが、用意されたテーブルは八人掛のやや簡素なもので、それでも敷布は深紅のものが掛けられており、しかし並べられた夕食は、どちらかというと家庭の晩ご飯といったていのものだった。

 パンと、肉を焼いたものと、野菜に酸味の利いたたれをかけたもの。そして飲み物は弱いお酒と、水。豪華ではないが、質素と言うほどでもない。


「ん、美味しい」


 味も、素材と調理がうまくいっている好みの味だった。獣人族は塩気の少ないものを食べると聞いたが、術士の舌に合わせてあるのだろうか。

 思わず口をついて出た感想に、控えているメイド長はややほっとしたように肩の力を抜いた。

 席次は上座に――そう、なぜか上座にフェンリと術士。下手に四天王。その間に割り込むようにキャロラインという並びだった。

 席次そのものは気にしないのかと思ったが、今回は主賓ということもあってひとつ飲み込むことにした。


「さて、食事がてらの自己紹介も終わったことですし、少しはしたないですが、食べながらお話を勧めましょう。――術士どの?」


 フェンリの言葉に「ですね」と頷きながら、まず術士は水の入ったグラスを掲げ、「今後の方針をお話いたします」と、やや見せるようにそのグラスをゆらゆらと揺らす。


「蒸留してもなお、味としても毒素としても感じぬほどの、微量の魔素。これは恐らく、裏手の水源、その分流地下水のものでしょう。このように、遷都したてともいえる第三王都クレプシドラ周辺の土地でさえ、これです」


 単純に出された食事ではないことは、初めから分かっていた。

 術士はこれを『根深い問題』として、あらためて四天王並びにフェンリに提示したわけとなる。


「魔素対策は器用人にんげんの研究が抜きん出ていると、各地を回り感じております」

「それは手前味噌な感想ですか?」


 と、これはジレインの言で、彼女はあえて術士の功績を考慮しつつも、本当かどうかを改めて尋ねたのだ。もちろん、キャロラインの顔はあえて見ていない。怖いから。


「土壌の浄化改良に大切なのは、一点の強味だけではいけません。魔法王国が持つ強力な浄化魔法や、戦闘国家が持つ人海戦術では追いつかないもの。それが土壌の浄化、改良です」


 次に焼いた肉を切り分けて、いったん見せてから食べる。


「うん、美味しい。この肉は、ある意味、この国そのものです。空気水餌、ありとあらゆるものが血肉に溜まります。肝臓をペーストしたソースにも、独特の鉄味がありますが、ここまでの錆味はなかなかありません。上手く活かしたシェフの腕が良いのでしょう」


 加えて、野菜も酸味のたれがかかっていない部分の渋みを指摘する。


「今までの水と空気の浄化では、矢が刺さったまま鎮痛剤を飲むような対症療法にすぎません。大本を断ち、毒である魔素を良い感じに共存排他します」

「その方法は、強力な浄化魔法でもなく、人海戦術でもなく、器用人が生み出したもうひとつの方法……なのですね?」


 ジレインに術士は頷いた。彼はもぐもぐと野菜を頬張りながら、酒をひとくち。嚥下して、「さて」と、件の白杭を机に置く。


「我が国が改良した、杭です。土壌に深く埋め込み、魔素の大本を集積、結晶化し、土壌や水と反応させなくする効果があります。力は弱いですが、これを大量生産することが、数多く作り出せるのが器用人の強味です。これを、魔神の門が開いた土地に、五十八万九千本打ち込みます」

「五十九万ちかい数を!?」


 途方もない数字に声を上げたのは、当のブラベアだ。彼女の故郷は魔神の門が開いた街で、山野に囲まれた緑豊かな土地だった。今は見る影もなく荒れ枯れた地なのは、決戦のときによく知っていた。


「等間隔に打ち込みます。掘る必要はありません。ごく弱い術がかけてあり、魔素が溜まりやすい地層まで、魔素の力を借りる形で吸い寄せられ、そこで止まります」


 そこまでのごく弱い術。

 大量生産が、鍵だった。


「結晶化した魔素はいかなるものにも反応しなくなる、ひじょうに安定した物となります。――メイド長さん」

「はい、こちらに」


 ガラスのポットには、水がなみなみと注がれている。湛えられた水の中に、術士は件の杭をすとっと落とし込む。


「あっ」


 誰の声だったろうか。

 杭の回りに、一瞬にして赤紫色の結晶が浮かび、重みで沈殿していくのが見えたのだ。

 彼はそのポットの水をグラスに注ぎ、いっぱい丸々飲み干すと、ひとつ「うん」と頷き、「お試しください」と、四天王にポットを差し出す。


「あ、ここは私が」


 とそのポットを手にしたのは、キャロラインだった。義父が使ったグラスを受け取ると、それに水を注ぎ、クイとばかりに飲み干す。


「……キャロライン?」

「これは、予想以上。さすがはお義父さま」


 毒味をした術士でさえ、怖い物知らずな娘の行動には驚いた。一番驚いたのは四天王なのはナイショだが、義父のグラスで飲みたかっただけなのをフェンリ三世は知っていたのでニヤニヤしている。


「魔素の欠片もない。これは、水です。みなさん」


 その言葉の意味は、如実だった。


 回し飲みが行われた。

 各々がその水を試し、その味に目を見張る。そこに残っている小さな結晶を、最後に受け取ったフェンリが器用に手を突っ込んでつまみ上げる。

 術士を除く他の者が息を飲んだが、フィンリは気にしたふうもない。


「これを飲み込んだとして、害悪はありますか?」

「そのまま出てきます。……もっとも、お腹の調子次第ですが、お通じがよい人ほど早いでしょう。お食事中に失礼」


 物質的に安定してるとは、そういうことなのだろう。

 すると、ひょいとばかりにフェンリはその結晶を飲み込んでしまう。


「なんてことを!」


 慌てたのはメイド長だ。いや、他の者も術士を除いて目を円くしている。


「私は術士どのを信じますよ。でしょう?」

「はあ、まあ。そういわれると嬉しいですね」

「む」


 と、むんずとばかりにキャロラインはポットを手にするや、残った結晶ごとごくごくと一気飲みするではないか。ああ、はしたない上に行儀が悪い。

 最後に「ぷぺっ」と白杭を咥えて出すと、「私も信じていますよ!」とニコニコしている。しかたがないのでなでなでしてあげると「えへへー」と笑っている。困った子だった。


「まあ出てきたものを拝んだことはないのですが、大丈夫でしょう」


 と、苦笑交じりに身も蓋も亡いことを術士は呟くが、確かに出したものの中からそれを見つけ出そうとはなかなか思うまい。

 いや、術士は確実に自分で確かめたであろうことを、そこはかとなく隠して冗談を言ったに過ぎない。


「話は外れましたが、この白杭――まあ名前は付けていないのですが。私は『いちど記憶した物質を再構築することができる』という技術を体得しております。これは単純な物質構造なので、素材さえあれば大量に作れます。魔神門周辺の塩梅がよくなれば、錬金術に頼らず工場による大量生産によって、ケモフルール全土の荒廃した土壌に敷設ふせつできます」


 もりもりと肉を頬張ってごくんと飲み込む。


「どうでしょう、初手として、ブラベアどのの故郷を救う仕事をお任せください。もっとも、それなりの人手は要りますが」

「あの土地が……もとの緑豊かな山野にもどると仰るのですか」


 ブラベアが立ち上がる。

 大きな女性だった。

 額には月の形の向こう傷。しっかりとした戦う者の体躯にのった可愛い顔が、信じられぬという様子で揺れて術士を見ている。彼女は今まで、もはやあの土地は向こう千年は地獄であろうといわれてたのだ。故郷はもう諦めていたも同然だった。

 そんな縋る視線を受けて術士は頷く。


「濃度の強弱、範囲の大小は問わないと思います。魔素が魔素である限り、問題はありません。数年がかりとなりますが、必ず緑多き大熊の山野が復活するものと確信しております」


 ですので、と術士は続ける。


「ジレインどの、わたくしをブラベアどのの故郷、魔神門の開いた死闘の地へ派遣してください。ケモフルールの毒矢、見事抜き去ってご覧に入れましょう」


 残ったパンを「これもうまいな」と頬張りながら、彼はひとつ親指立てて頷いてみせるのだった。

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