『LUCKY宝箱』

 どこをどう連絡がついていたのか、手入れの行き届いた並木の奥へと続く邸宅への道を馬車は進んでいき、ふたりを下すと切り替えして大通りへと去っていく。

 それに気が付いたのは、周りに客がいなくなったあたりだったのだが、それまで思い出話に花を咲かせていたふたり――主に術士は全く気が付かなかった。


「これも、皆さんのご配慮なのかね?」

「そうかもしれないですね」


 歩けば、少しかかるだろう。わざわざ送ってもらえるように手配されてたのだろう。停留所が見当たらないのは、そういうことなのだろう。

 もちろん四天王直下組織の配慮だが、そこはないしょだ。


「しかし、これは見事な」


 敷地全体を囲う白壁は高さは術士の倍、周囲はさすが離宮と称されるくらいある。ただ目隠しのために植樹された木々も、侵されつつある土地に染み入る瘴気毒によって、やや精彩に欠けている。

 先には鉄門。傍らに控える兵士ふたりが術士を見て頷き合う。ともに猫科の獣人のようすで、しなやかに武器を控えて一礼をし、なんと門扉――正門を開けようとするではないか。


「門兵さん、門兵さん、お待ちください」


 慌てて術士は駆け寄ると、ふたりを止めようと片手をあげて縋り付く。


「館の主である四天王でもない、ただの術士と使用人の娘です、あちらの通用門をお通しください。武門の面子にかかわりましょう」


 ひどく真っ当な言葉に「あいや、これは」と目を丸くするふたりだが、「より仰せつかっておりますれば、此度はこちらから。――どうぞ」と、門扉を開けにかかる。

 そう言われては恐縮するほかはなく、術士は娘を振り返り肩をすくめる。


「なんか大ごとだねえ」

「お義父さんのことを思えば、このくらいはしておきませんと」

「おおげさだって」


 主は目で頷くと、猫門兵を脇へと控えさせる。


「さ、お義父さん――」


 門扉が開くやキャロラインが術士の荷物を引っ掴み数歩先んじ、敷地の中から振り返る。

 さらに――。


「これは」と術士は息を飲む。


 門から屋敷に伸びる道には、二十人ばかりの使用人たちが両脇に並び、傅くように頭を下げて視線を伏しているではないか。

 あの膝でする一礼で「おかえりなさい、お義父さま」とキャロラインがほほ笑むや、「おかえりなさいませ」という唱和が続く。

 ある意味主が帰ってきたのだから当然の出迎えなのだが、その主にとっての義理の父親は面食らうばかりである。


「歓迎にすぎます」


 苦笑交じりの文句を門兵に投げかけるも、彼女らは聞こえぬふりをしている。聞かれても困るのだから仕方がないが、こうして勤めに従事している風を装えるのはありがたかった。


「お荷物をお持ちいたします」


 と、これはやや風格の違う使用人の女性の申し出。背負った鞄を促されるので、術士も諦めたようにそれを渡す。


「これはごていねいに。しかし……歓迎にすぎます」

「当家使用人キャロラインの生き別れのお義父さまがいらっしゃるということで、準備させていただきました」

「左様でしたか」

「離れには、玄関を通り抜け、北側へ続く氷室の先に下りていくことになります。――キャロライン、案内はおまかせしますよ」


 おそらく家令だろう。使用人たちの長はキャロラインを呼ぶと術士の背負い鞄も持たせて先に行くよう促す。言われた娘は「承知いたしました」と一礼、「さあこちらですお義父さま」と先を促す。


「ご挨拶は後程」


 術士もウキウキな娘のあとに従うことにしたらしい。

 彼らが正面玄関――これも他の使用人が手ずから開けたその先に消えるや、家令、メイド長は大きく、しかし静かにひと息つく。


「みなさん、ご苦労さま。駅舎に先行した別働隊が戻るまでは、私たちがお預かりとなります。任務内容は知るとおり、姫さまの秘密を守りながらなんとしても錬金術師さまとくっつけるよう全力を尽くしなさい」


 メイド長の静かな号令に「は」との声が続く。

 彼女らは皆、お側御用隊の面々だった。抜かりはない。長年四天王に、いや、あの姫将軍に仕えてきたのだからハンパではないのだ。

 そんな虎口に飛び込んだとも知らずに、術士は案内されるまま、北側に抜け、人目につきにくい場所に建てられた二階建てのレンガ造りの建物の前へとやってきた。


「これは確かに宮廷術士の研究室っぽい雰囲気だなあ。もともとは、そのための屋敷だったのかい?」

「クレプシドらがもっと西にあった時代に、一番遠い隠居地ここにおいやられたときのものと聞いてます」

「ほー。何をやったんだろうねえ。……機材は?」

「少し残ってます。まずは荷物を置き、ご自分の目で確かめてください」


 いっしゅん扉を足で開けようとしたように見えるが、キャロラインは一回荷物を下ろし、しっかり義父を招き入れる。ここも掃除したのだろうか、そういえばこの建物はキャロラインも生活に使っていると聞いたが――そこまで思いだし、二階へと彼女の背中を追う。


「奥が私の部屋で、手前がお義父さんのお部屋です」


 荷物を置くのだから当然彼女も術士に宛てられた部屋に入るのだが、妙に気がそぞろになる感じをぬぐいきれない。なんでだろう。


「荷物は置いておきます。お手洗いは階下の階段のわきに。水場は研究室の先に。ちなみにお風呂は独立したものを引いております」

「至れり尽くせりだなあ。……でもなんでベッドに枕がふたつあるんだい?」

「あら、今夜は一緒に寝てくれないんですか?」

「ひとりで寝られない歳じゃないだろう? まあ今夜だけだぞ。積もる話もあるしな」


 よっしゃ! と、キャロラインは心の中で四股を踏む。

 超自然に甘えることに成功。

 ここで作戦参謀のメイド長の話を思い出す。


「いいですかお嬢さま、男は押して押して押して、退くと見せかけて押しましょう。ただし加減が必須です。心を射止めるには、娘である立場と女であることを充分に活かして攻めることが大事です」

「さすがこの戦時下に於いても男に困らなかったメイド長の言は違うな!」

「恐れ入ります」


 なんて会話があったとかなかったとか。


「よおし、じゃあお義父さんはご飯前にゆっくり旅の埃を落とそうかな」

「お風呂ですか? もう用意はできていますよ」


 ふふふ、とキャロラインはにやりと笑う。ふふふ、なのにニヤリと。


「ご飯の支度をしますので、ごゆっくり」

「そっか。……キャロの手作りか。なんか怖いな」

「もう、大丈夫ですよッ」

「……生煮え人参スープの味を、僕はまだ憶えているよ」


 しみじみ言う、それ。

 かつて一度だけ術士の帰りが遅かったときに、九つばかりになったキャロラインが勝手に作った料理だ。鍋にあったスープの味は酸甘とてもはっきりしないものだったが、遺さずふたりで食べたのは覚えている。


「ととと、あまり弄るのも悪いな。楽しみにしてるよ。お風呂は、下だったね。ああ、ひとりで行けるよ。――キャロ」

「なんでしょう」

「そっちの鞄にはお土産が入ってるよ。開けてみなさい」


 タオルを片手に、彼はそういうと照れくさいのか、そそくさと後にする。

 彼が階下に降りる足音を聞きながら、振るえる尻尾を揺らしてキャロラインはひとつ「メイド長」と呟く。


「は、ここに」


 天井の板が外れ、スタっとメイド長が床に降り立つ。


「術士殿の部屋及び、この離れすべての部屋、施設と、お嬢さまのお部屋をつなぐ隠し通路の点検、完了にございます」

「異常なしか」

「問題ありません。交し鏡の仕掛けも設え、鏡台のそばから逐一のぞき――監視することが可能となっております」

「よろしい。……して、料理の件だが」

「仕込みはすでに。後は温めるだけでございます。パンは今朝焼き立てのものを籠にて」

「ということは、時間があるということか」

如何様いかさま


 頭を下げるメイド長にキャロラインはひとつ頷く。


「よし、では私はお父さまからのお土産を拝見することにしよう。どれ、この鞄だったな。メイド長は外を見張っていてくれ」

「ごゆるりと」


 言うや否や、その姿が掻き消える。さすがはお側御用隊の筆頭だった。


「よっと」


 留め具を外すと、中から押し出されるようにボコっと開きかける。どうやらけっこう中に詰め込みすぎていたようだった。なんだと思った瞬間、彼女はかっとばかりに目を見開いてがばっとばかりに鞄を開け放った。


「これは!」


 洗濯物だった。

 急ぎ旅の間の、十日ばかりの洗濯物の束だった。


「え、じゃあ……こっち?」


 もうひとつのカバンを開けると、こちらは仕事道具がみっしりと。あの薬包が入ってた方だ。そこには飾り付けられた小箱にカードが添えられている。宛名は自分だ。

 ああ、鞄を間違えたのだな、と苦笑しつつ、箱を開けると、きれいな琥珀のイヤリングだ。穴を開けぬ挟み込むタイプのもので、大変デザインがかわいらしい。


「これが似合う私を想像して買ってくださったのかしら」


 そう思うと、何かが込み上げてくる。

 なんだろう。

 このこみあげてくるものは。

 キャロラインは、小箱を胸に微笑む。


「メイド長」

「は、ここに」


 床下から現れたメイド長にひとつ頷く。


「このお義父さまの洗濯物だが――」

「洗っておきましょうか」

「たわけ。新品で同じものを用意しろ」

「と、申しますと?」


 キャロラインは大事そうにイヤリングの小箱を胸にしながら、洗濯物満載のカバンの中に鼻先を突っ込むようにガバーっと飛び込む。ベッドの上でバインバインはねる。


「だってこっちがお土産だって言ったんですものンハーァアアア! スー……スー……ンハァァアアアン! あ、ありがたく頂戴いたしましょう。これは徴収です。没収です。もう私のものです。洗う? 冗談じゃありませンハー……スー……」

「御意」


 すべてを心得たメイド長は、術士が入浴中に言われた通りのものをそろえた。彼には「あまりにも汚れがひどかったので、キャロラインさんが」と一言添え、「娘さんはそういうの気にしますから、新しいものを用意しました」と畳みかけた。


「あちゃあ……やっぱ女の子だなあ」


 そういい古着をあきらめた彼は、新しく用意されたものを着ることになるが、本当のことは知らないままである。知られてはいけない。

 なお、その後のご飯は好評だったという。

 一息ついたのちのお茶を楽しみながら、彼らは晩餐までゆっくり思い出話に花を咲かせるのでありました。

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