『Something Loopy』
結局、着古した下着などの着替えは娘によって取り替えられることになった。「いや、まだ着られるし」との術士の言い分は、「新しい生活が始まるし、巡検技師の服が今夜届くのですから、きっちりかっきり切り替えましょう」とのキャロラインの申し出に押し切られる形となった。
もちろん回収されたのだ。
「ん~……どこまで話しましたっけ」
ベッドの上であぐらをかいてる術士の膝の中に顔を埋めるようにして、キャロラインは尻尾をフリフリしながら「ああ、生の匂い」ととても見せられない顔をしていた。まあうつ伏せなので気がつかれてはいないものの、もしかしたら眠いのかなと思うようなトロンとした口調になっている。
むかしからこの格好で撫でられるのが好きだった子だったなあと、耳の先っちょをくすぐるように撫でながら促す。
「こっちで通っていた学校でやったお勉強のことだよ。友達のこととか、先生のこととか」
「ああ、そうでしたね」
学校自体は、放り込まれた環境だったので、あまりいい思い出はなかった。それでもお義父さんが不安に思わないように、自分なりに頑張ったことをそれとなく話していたのだ。
「勉強は大変でした。少しでも強く……あの、世の中のためになるように頑張る必要があると思ってましたし。友人にはそれほど恵まれてはいませんでしたが、今もよく話す者――友人がいますよ」
「そうか、友達がいたのか。それはよかった。心配してたんだ、引っ込み思案の泣き虫だったから、いじめられてやしないかと」
「そんなむかしのことですよぉ~」
ぐりぐり。
顔の向きを調整しながらコロコロと笑う。
「この離宮に伝手のある伯母の影がちらついているのに、いじめに走る人がいると思いますか?」
少なくとも、表だってはいなかった。
遠巻きな友好ばかりだったといってもいい。
「それもそうか」
「ですよ」
ただ、術士の想像してるのは、子女の集う女学校。
キャロラインが実際に通っていたのは、練兵学校。
その違いは摺り合わせないままだ。
「そういえば、キャロの伯母……お名前は伺えないままだったが、その方にもご挨拶しないとね。今はどちらにいらっしゃるんだい?」
まさか宮殿とは言えないので「近くに住んでますよ」と顔を上げる。時間を確認すると「晩餐には顔を出すかと思います。そのとき、改めてご挨拶をするのがいいと思います」ポフっと顔を埋め直してそうモゴモゴしゃべりながら、ぐりぐり体ごと押し込んでくる。
術士の体は後ろに倒れかけている。
ぐりぐり。
ぐりぐり。
「ちょ、キャロ、倒れちゃうって」
ぐりぐり。
銀狼は「んふ~」と聞こえないフリをしながら「この薄布二枚下には――」などと鼻息を荒げる始末だが、ひどく冷静な一面でこの刺激攻撃を敢行している。メイド調直伝のスキンシップである。
「いっぱいがんばったんです。成績だって途中からグンと上がったんですよ。悲しいこともあったけど、お義父さんと離ればなれになったときほど悲しいことはなかったですから、なんともありませんでした」
ぐりぐり。
スキンシップは続く。こうも昔話――対象の心の負い目に縋るような言葉を混ぜることにより、拒否されることがなくなるのだという。メイド調直伝の話法である。
「いいこいいこしてください」
「あ、うん」
尚も続く攻撃に、術士はしかし「とぅ」っとばかりにキャロラインを仰向けにひっくり返し、左腕で頭と背中を抱えるようにして、右手を彼女のお腹の上に置くや「よ~しよしよし」とガシガシ撫で回し始める。
「んひゃぁ~ッ」
完全に不意打ちだった。
十年以上前の記憶にのこるこの
狼や犬族にとって、自分のお腹という急所を無防備にさらけ出すこと、ましてや他人に触らせることはよほどの間柄でもなければ許されることではない。
「よしよし、がんばったがんばった」
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
思わず半開きの口からだらしなく舌が出るほどの法悦境に「きもちいいいいい」と言葉にならない音を出しながら、背に回された手でギュっとされると、揺れる尻尾とあわせて折り曲げた右足が何かを掻くようにワシワシとせわしなく動く。
「よしよしよしよし。足が動いちゃうのは変わらないんだなあ」
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
そこで術士はピタリと撫でる手を止める。
「……………………」
「……………………」
ぐりぐり。
体を揺するように預けてくるキャロライン。「もっと撫でろ」という催促だ。無論、術士もそれは分かっている。分かっていて焦らす。
ぐりぐり。
「よしよし。いいこいいこ」
なでなでなでなで。
「はっ、はっ、はっ、はっ……。あふぅ~ん」
ぱたぱたぱたぱた。ワシワシワシワシ。
攻守大逆転。
「これは素晴らしいものを見せて頂きました」
完全に気配を殺したメイド長が、髪を乱し服がしわになるまで弄ばれるがままの銀狼姫将軍の痴態をのぞき見しながら、そっと心の中で鼻血を垂らす。
「これはフェンリ陛下にご報告せねばなりませんね」
彼女は数少ないキャロラインの友人兼応援団長兼メイド長として、そうしっかり決意するのでありました。
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