幕間2『大決戦二週間前』

「貴殿らに集まってもらったのは他でもない」


 銀狼、姫将軍キャロラインは円卓につく四天王をじっくりと威圧しながら見回し、重くその口を開いた。

 銀狼の末裔であれ、二十歳そこそこで並居る猛者たちを押しのけ力ひとつで総てをねじ伏せてきた王国の決戦兵器である姫将軍を前に、かの四天王もごくりと緊張を隠しきれない。このような気迫こもった軍議は、最終決戦を控えたあの夜以来だった。


「こうしてここに集まるのは、あの夜以来だな」


 重々しい空気を崩さぬよう、キャロラインは立ち上がる。

 美しい銀髪が背中まで揺れておりすらりとした長身は痩躯ではないが決して力強くは見えない女性らしいものだったが、鋭い眼光と気迫は隠しきれぬ彼女の能力権能を如実に物語る。

 雑兵など彼女に睨まれただけで心の臓が弾けるだろう。

 伝説の銀狼とはそのような存在なのだ。


「炎将ブラベア、まかり越してございます」


 その視線を受け、額の向こう傷を緊張で震わせるくせっ毛の焦げ茶の髪をゆらしながら、彼女は礼を取る。こちらはキャロラインよりも頭一つ半は大きく、体つきも戦闘者のそれだ。鉄も引き裂く猛将が、しかし縮み上がっている。


「水将ティエン、まかり越してございます」


 こちらも緊張の面持ちを隠しきれない。沈着冷静の水の巫女とはいえ、己が身に降ろす神々に匹敵する銀狼の威圧に、たとえそれが敵意でなかったとしても、受け止めきれるものではなかった。青い髪を背にまとめた水干姿だが、やや手指に震えが見て取れる。


「り、陸将ジレイン、推参仕りました」


 小柄な少女――これでも立派な成人である眼鏡姿。言葉を詰まらせながら周囲を油断なく見回す。もしや、また魔神の侵攻がと心構えるが、彼女の情報網はそれを捕らえてはいない。他の問題が産出したのだ。いったいなにが。この姫将軍にこれほどまでの決意をさせるものが、もはやこの世にあるとは思えない。息をのむ。緊張のあまり、毛針が一本、ほろりと抜け落ちてしまう。


「空将フェイニ、御前に――」


 一礼する赤き翼人。同じく紅の頭髪はショートに揃えられ、のぞく表情は余裕さえ伺えるも、薄皮一枚といった塩梅だった。尾羽が震えているのはごまかしようがない。


「ご苦労。……掛けてくれ」


 ひとつ頷き、キャロラインは着席を促す。

 さあ、ひとつ終わった。これからが本題だと、四者四様の緊張が交わし合う視線となって飛ぶ。

 これほどの緊張は、女王陛下の前であっても強いられまい。


「結界の解除が決まったのは知っていよう。二週間後だ。それを皮切りに、復興活動が本格化する。友好各国より、使者の支援の申し出が殺到しているらしい」

「――ほう」


 キャロラインの言葉に、四天王が首肯する。

 では、そこに問題が? と身構える。


「私が十年前まで他国に保護されていたのは、貴殿らなら知っていよう」

「東国、器用人たちの国ですね」


 キャロラインの言葉にジレインが針を零しながら追従する。銀狼は「そうだ」と思い出すように天井を仰ぎ、ふと目を閉じると、細く呼気を絞り出す。


「救国の英雄となるためにケモフルールに引き取られるまで、私は東国の錬金術師に育てられた。赤子のときから、十かそこらまでの短い間だったがな」

「噂には聞いておりました。が、将軍の口から伺うのは初めてでございますね」


 水将ティエンの言葉に、銀狼は頷く。


「その錬金術師のお義父さまが、ケモフルール復興のための技師として来訪することが決まったらしい」

「なんと」


 四天王はひどく驚く。

 それもそのはず、銀狼姫将軍のプライベートは秘中の秘であり、大英傑四天王であってもそれを知ろうとすることはできなかったからだ。人脈、占卜の類いでも知りうることのできない秘事が、今あかされるのだ。


「外国の市井でお育ちに成られたという話は伺えましたが、よもや東国の錬金術師のもとでとは」

「凄く優しくてかっこよくていい匂いがして頼もしくていい匂いがする素晴らしいお義父さまだったわ」


 いい匂いが二回も出た。


「聞け」


 そんなことを気にかける前に、銀狼姫将軍キャロラインは四天王に有無を言わせぬ気迫を持って通達する。


「女王陛下はご、ご、ご、ご褒美として、お義父さまの逗留場所として、わ、わた、私の邸宅を指定しても、よよよよよよよ。――よい、と仰せになられた。言質を取ったのだ! 有無はいわせぬ! これが適わなければ国を相手に是非もなしだ」

「お、落ち着き召され、姫将軍――!」


 フェイニが溜まらず腰を浮かせかける。


「ということで生き別れのお義父さんと一緒に暮らせるようになったのだが、このチャンスをモノにし、確実に懇ろ(暗喩)になるために、貴様ら四天王の知恵を借りたい」


 咳払いひとつ。

 キャロラインは静かにそう告げると、ポっと頬を染めてモジモジしはじめる。尻尾が不安そうに揺れるが、四天王は「ああ、なるほど」と緊張を解く。

 十年ぶりに再会する育ての父と会うのに、さてどうしたものかという相談だったのだ。けだし、これは魔神を相手にするよりも姫将軍にしてみたら重大な難問であろう。

 お義父さんと『懇ろ(暗喩)』というくだりに関しては、そこは獣人国の住人である四天王。そういう衝動は我慢できないよね、という理解が瞬時に行われたのだ。

 さてそうなれば、あとはいつもの『軍議』だ。

 案を出し、検査し、実行に移すのみ。


「ややや、姫将軍、この炎将に妙案がございます。お耳を拝借――」


 真っ先に手を上げたのは、やはり切り込み隊長であるブラベアだ。挙手と共にその巨乳をぶるんと揺らして立ち上がると、いそいそとキャロラインのそばに来ると、内緒話のように耳元に顔を寄せて何やらごにょごにょと。

 話の中、キャロラインは頷き、頷き、「ほう」と頷き、「ほうほう」と顔を輝かせ、興奮とその勝ち筋に光明を見出し膝を叩くと頷き立ち上がる。


「――鬼才、機知深奥に至る! それでいくぞ!」


 四天王は姫将軍の起立に合わせ、円卓の前に礼を以て立つ。


「今回の作戦に失敗は許されぬ。立案のブラベアの補佐に三人がつき、草案を早々にまとめ、週明けまでに提出しろ。急げよ、なにせ二週間しかないのだ。お、お義父さまが、い、い、いらっしゃるまで、時間がないのだ。よいな!」

「御意」


 そう、二週間後の日のために。

 再会のその日のために、国内首脳陣(の一部)は慌ただしく動くことになるのでありました。

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