進化の終わり

nobuotto

第1話

 神とまで呼ばれる天才科学者アキヒロを、私は心から尊敬している。

 しかし、この研究への異常な拘りは理解できない。

 母なる星からこの星にやってきた我々の祖先は、宇宙のどの生物よりも早く進化した。知的生命体になるまで数億年かかるのが普通なのに、たった千年で惑星間を自由に行き交うまでの知性とテレパシーを獲得した。

 しかし、この爆発的な進化の源泉こそが、我々の滅びの種ともなっていたのであった。

 我々の星に降りかかる恒星からの放射能は莫大であった。そして祖先の寿命は短かった。多量の放射能による遺伝子変化と世代交代の速さがこの進化をもたらしたのである。そして、今、放射能はこの星の住民の命を奪うまでに蓄積されていたのであった。

 放射能で我々が滅びるという悪夢をアキヒロが解消した。

 アキヒロは母なる星の調査を行い、低温にも高熱にもそして放射能にも異常な耐性をもつ動物である「クマムシ」を知り、「クマムシ」の遺伝子を我々に取り込むことに成功した。更なる進化を遂げ、我々は放射能にも耐えうる種族になったのだった。

 アキヒロは我々の未来を創造したのだ。

 まさに、神と呼ばれてもいい研究成果である。

 破滅への進化は止まった。

 しかし、その神なるアキヒロの歯車が狂ったとしか私には思えなった。

「アキヒロ。こんな研究は無意味です」

 私はアキヒロの心に言葉を送った。

「絶対に成功させないといけないのだ」

 アキヒロの答えが伝わってくる。これまでに何度も交わした会話である。

 この研究室には「クマムシ」を含めて母なる星から運んでいた動物・植物の様々な標本が壁一面におかれている。テレパシー能力を一層高めるために利用した「イルカ」の標本も天上から吊るされている。

 母なる星が宇宙へ進出をする時に、実験動物としてロケットに搭載された男女が我々の起源である。他の星に飛ばされた動物たちがどうなったかは知らないが、我々の祖先は偶然にこの星に降り立ち、そして進化した。

「テレパシーを持っている我々が、今更何故言葉に頼る必要があるのですか。言葉だけでなく、もう母なる星の生物の能力などいらないはずです」

 アキヒロから答えが返ってきた。

「テレパシーを私に送っているとき君はなんと言っている」

 確かに私はキーキーとしか言っていない。

 だが、そのどこが問題なのか。

 私の考えが伝わった。

「このキーキーいう音が私はたまらなく嫌いなのだ。大嫌いなんだ。君の意見は聞き飽きた。被検体管理の自分の仕事に専念したまえ」

 私は研究室の隣のビルにある被検体室に餌を与えに行く。

 檻には、この星に降りたった我々の祖先である一対の「猿」がいる。その横には、アキヒロの研究対象の人間がオスメス合わせて五対、十人暮らしていた。

 人間は祖先から異常な勢いで進化し繁栄した。その後の進化の分岐で我々の種族は次の段階へ進み、人間は取り残された。もう人間は話すこともなく、あまり動くこともない。滅びる時を待つだけの哀れな種族であった。

 今の我々は耳というものも、毛というものもない。手も足もほんの少しの長さで済んでいる。

「猿から人間のへ進化を辿るなんて、なんの価値もないのに」

 心がアキヒロに伝わり答えが返ってくる。

「進化を辿るのが目的ではない。言葉をもう一度獲得するんだ。言葉を獲得すれば君も分かるはずだ。この星に降り立った猿は人間に別れ、そして人間は言葉によって進化した。我々ももう一度言葉を得れば、もっと進化するはずなんだ」

「いや、我々にはテレパシーがあります。テレパシーにより我々は完全にお互いを理解しあえます。それに比べ不完全な伝達方式を使った人間は、誤解と疑心暗鬼の中で戦争を繰り返したではないですか」

「言葉を獲得した我々が同じ道をたどるとは限らない。私は進化の全てを知りたいのだ」

 放射能によって我々が絶滅する危機をアキヒロが止めてはくれた。

 しかし、それは肉体だけだったのかもしれない。

 放射能にさらされ続けた我々の心は、異常な進化と終局までのシナリオを求めるようになっていたのかもしれない。

 これこそが進化の本当の源泉でもあり、終局を招く源泉でもあることを私は確信した。そして、アキヒロの研究を破壊する決心をした。

 被検体室に行き全ての人間を焼却した。これで彼の研究は終わりだ。

 興奮していた私は、テレパシーを遮断することを忘れていた。

 私の心すべてがアキヒロに伝わっていたのだ。

 アキヒロから答えが返ってきた。

「もう手遅れだよ。言語遺伝子を我々に組み込めることはわかっていたのだ。既に実験も成功しているんだよ。これで、我々はより早く進化の終わりまで走れるのだ」

 それは、テレパシーではない、初めて聞いたアキヒロの声であった。 

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