双子の姉妹

nobuotto

第1話

 父の棺桶に日記帳を納めた。

 この日記帳とともに母も燃え尽きてしまうのだ。

 私は母の顔さえ覚えていない。父は母については何も話してくれなかった。

 父が亡くなった時にふと見つけた父の日記帳。この日記帳の中にだけ私の母がいた。

 父は出張で行った鳥取で母と出会った。商談が思いの外うまくいき、陽も暮れかかった海岸で一人祝杯をあげていた。そんな父に母が声をかけてきたのだった。

 四十過ぎの男には眩しいくらい若くて綺麗な女性だった。母も仕事の関係でここに来たのだと言う。

 何故か気が会った。話しが弾んだというわけではないらしく、とめどなく楽しそうに話す母を、父はじっと見ていただけだったらしい。

 東京に戻ると直ぐに母から連絡が来て、それから何度も会うようになった。

 会う時間も場所も全て母が決めた。母はいつでも情熱的で活動的だった。

 結婚も母が決めた。

 自分より一回り以上も若くて美人の母と結婚しない理由などない。まるでテレビドラマのような新婚生活が始まった。

 しかし、何ヶ月か経ったある日、母が変わってしまった。

 元気で明るい母が、部屋に籠もるようになった。部屋から出てきても父と話そうとしない。いつも何かに怯えているようだった。父が自分との結婚に後悔しているのかと聞いても「そうじゃないの」と母は言うだけだった。

 ところが、ある日、また突然に母は以前の母に戻った。

 家に帰ってきた父から離れようともせず、ずっと話し続ける陽気で毎日が楽しそうな母に戻ったのだった。

 そして母は私を身ごもった。私が産まれてからは、週末はいつもプチ家族旅行だった。平日の会社の仕事より週末のほうが忙しいと幸せ一杯の愚痴が日記には書かれている。私の誕生で、二人の愛も大きく育っていくのだった。

 しかし、母はまた部屋に籠もるようになった。

 幼い私への興味も全く失くなってしまった。

 父は、私の体が心配で私を祖母に預けた。ところが預けたとたんに母は元気になり、祖母から私を取り戻すと、以前のように週末のプチ家族旅行が再開された。

 元に戻った母に安心した父であったが、一年もしないうちに、また籠ってしまった。夫にも子供にも関わろうとしない。結局父は私を祖母の家に預けた。

 私を祖母に預け、父は母のためにこれまで以上に二人の時間を作ることにした。父の気持ちが母に届いたのであろう。母はまた情熱的で活動的な母に戻った。祖母の家に私を引き取りに行こうしたが、同じ事が繰り返されるかもしれないからと父が止めた。

 その時母は静かに父の話しを聞いていたらしい。

 そして、家を出ていってしまった。それから私は父と祖母と生きてきた。

 父の日記の最後には、まるで二人の女性と生きて来たようだと書かれていた。

 きっと母は、躁うつ病だったのであろう。


 斎場の一番後ろの列に美しい双子の姉妹が座っていた。父の遺影を見る目は哀しみで溢れていた。

 日記帳には一枚だけ写真が挟まっていた。父と母と幼い私の写真だ。そこに映っている母にどこか似ている双子の姉妹であった。

 私は、ひょっとしたら、家を出た母が別の男性と結婚し産まれた姉妹、つまり私と腹違いの姉妹ではないかと思った。

 葬儀に参列してくれた御礼をして、私は二人に父との関係を聞いた。

 姉妹が交互に話し始めた。

「初めて会った時から、この人しかいないと思ったんです。だから、ずっと一緒にいたかった」

「私もお姉さんと同じ。けどやっぱり駄目。どんなに愛していても、姉さん以外の人といると、私は息苦しくなってくるの」

「子供が産まれた時は、本当に嬉しくて嬉しくて。三人の思い出を沢山つくることだけ毎日考えてた」

「私も可愛くてしょうがなかった。けど、この幸せが終わる時が来ることを考えると毎日怖くて怖くて」

 私は、父の日記の最後に書かれていた「二人の女性と生きてきたようだ」という言葉を思い出した。 

「私達は二人で一人なんです。私が太陽で妹は月。代わる代わる、そう代わる代わるに生きていくの」 

 二人の話すことは支離滅裂だった。

 この人達も母と同じ病に違いない。

「お時間取ってすみませんでした」

 私が去ろうとした時、彼女たちは私が持っている写真に気づき、写真に手をかざした。

 母の写真を挟むように二人の女性が現れた。

 ふたりとも母にそっくりだ。

 二人の女性は徐々に若返っていき双子の姉妹になった。

 私は、もう一度母を確かめるように古ぼけた写真を見た。

 「ずっと一緒にこの世界にいたかったのに、ごめんなさいね。けど私達はずっとあなたを愛し続けます」

 その声で写真から顔をあげると、もう誰もいなかった。

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