第11話 あの子と仲良くしてはいけない
美也子は真由香のスマートフォンにメッセージを送っておくことにした。
『ウサギの置物ちゃんとあったよ』
すぐに返信が来る。
『ありがとう。今日はごめんね』
短い文面に素直な気持ちを感じとり、ホッとする。
それから一時間程のち、再度メッセージが入る。
『でも愛奈って子とは、あまり仲良くしない方がいいと思う』
愕然とした。一体何を根拠にそう思うのか。そんな、ひどいことを。
沸き上がった怒りに任せて返信しようとしたが、文字を打っている間に冷静になる。
結局、返信はしなかった。
明日以降、会ったときにきちんと話を聞いてみよう。あまり深刻な雰囲気にならないように、自然な感じで。
さもなくば頑なになられる可能性もある。そうしたらもう真由香とは同じように付き合えないかもしれない。
月曜日の朝、美也子はいつもの時間に家を出たが、真由香に会うことはなかった。
真由香のクラスの下足箱を確認して、まだ登校していないのならば待とうかと思った。だが、待ち伏せするのも大袈裟だろうと思い至る。
いつでも会う機会はあるのだから、今日でなくていい。
「美也子っ、おはよう!」
教室に入ろうとしたとき、背後から抱き付いてきたのは愛奈だった。
「おはよう」
「会いたかったよ~」
頬擦りされる。
「昨日会ったばっかじゃない」
苦笑していると、登校してきたクラスメイトの女子から揶揄混じりの抗議が飛んでくる。
「ちょっともう、朝からイチャつかないで。邪魔だよ」
「あ、ゴメンね中野さん」
「ごめ~ん中野っち」
愛奈は照れたように笑う。
「そういえば千歳さん、今日はエリカが休みだから、繰り上げで日直だよ」
中野の言葉に美也子は頷く。
「そうなんだ、わかった」
その時、三人を避けるように教室へ身体を滑り込ませて行った工藤の姿が目に入る。
こちらをチラリと見遣ったその視線が、まるで汚いものを見るようだった。いくら通行の邪魔でもそれはないだろうと思う程度には。
「工藤さんって最近、感じ悪い。ってか愛奈にだけ」
中野がぼやく。
「え? そうなの」
気が付かなかった。確かに愛奈と一緒にいる時、工藤が近寄ってきたことはない。
「そうなの~。なんだかすごく嫌われてる感じがする。入学したばっかの頃は普通に話してくれたんだけどなぁ」
愛奈は困ったように笑った。工藤を悪者にしないようにしているのだと分かる。
ここで愛奈が怒ったり泣き付くようなことがあれば、中野のグループは工藤を集団で追及しかねない。
そんないじめのような事態にならないよう、愛奈は自分に謎の嫌悪を向ける工藤を庇っている。その健気さに美也子は胸が痛くなった。
――こんなにいい子なのに、どうして。工藤さんも、真由香ちゃんさえも。
そういえばエイミですら、愛奈のことを話した際、眉をひそめていた。
湧いてきた怒りと悲しみは、今は胸に収めておくしか、仕様がない。
昼休み、日直の美也子はクラスの提出物をまとめて職員室に持って行くことになった。
愛奈にはいつものメンバーと先に昼食をとってもらうことにした。
「千歳さん」
後ろから追ってきたのは、工藤だった。
「私も手伝うわ」
「えっ、いいよ大した重さじゃないし」
遠慮で断ったわけではなく、本当に大した量ではない。それを手伝うだなんて、意図がつかめない。
今朝の件もあり、工藤には一歩引いてしまう。
「いいから」
両手がふさがっているため抵抗はできず、ノートを半分取られた。
無言で職員室まで歩き、目当ての教員に届ける。
おざなりに工藤に礼を言い、そして足早に職員室を出たところで、手をつかまれた。
「ちょっといいかしら?」
よくない、何なの。
その台詞を飲み込む。
だが無下に断るのも、クラスメイト相手には気まずい。黙って付いていく。
渡り廊下を越えて体育館裏まで導かれた。この辺りは部活時を除いて基本的に飲食禁止のため、今は人気がない。
遠く校舎からの喧騒が聞こえる。
こんなところに連れてくるなんて、まるでドラマや漫画の告白シーンだ。
「工藤さん、用件は何?」
すると工藤は冷然と言ってのける。
「佐原愛奈とは、あまり仲良くしない方がいいわ」
「は?」
美也子は自分の口から出た言葉の冷たい響きに驚く。
それでも冷静にはなれない。
誰も彼も、愛奈の何を知って、そんなことを言うのだろうか。そんな、ひどいことを。
そんなふうに思われていると愛奈が知ったら、どれだけ傷つくか想像もできないのか。
今まで抑えてきた怒りは工藤の言葉でとどめを刺されて噴出する。
「一体何なの! みんなよってたかって愛奈のことそんなふうに! 愛奈が何したって言うの!」
しかし工藤の返事は予想外だった。
「みんな? 私以外に、佐原さんと親しくするなって警告した人がいるのね? 誰?」
「何でそんなことを気にするの? そんなのどうだっていいでしょ。理由を言ってよ」
「……あの人は、こんなところに混ざってていい存在じゃない。百歩譲って問題ないとしても、今朝みたいにあなたにベタベタして、浅ましい。このままでは、あなたの名前に傷がつく」
「何言ってるの!」
あんまりな物言いに激昂することしかできない。
『あなたの名前に傷』などと、なんて大袈裟な物言いだろう、と思っていると、心当たりが脳裏を掠めてハッとする。
――大魔導師ヒュー・クリスデン。
美也子の前世の名前。
頭に『大』がついているのだ、よほど立派な人物だったのだろう。
いいやそんなまさか、ただのクラスメイトがそんなことを知っているはずがない。
そして工藤も口許を押さえて立ち尽くしていた。明らかに、失言をしてしまったという顔だった。
「ご、ごめんなさい」
工藤の視線がさ迷う。美也子も、追及するか逡巡する。
「……工藤さんが愛奈をどう思おうが、勝手にしたらいいよ。でも私に押し付けないで。何より、無視するのはやめて。クラス委員長でしょ。愛奈だけじゃなくて、クラスの他の子も気にしてるよ」
美也子が選択したのは、工藤が混乱しているうちに彼女をなだめすかし、事態を少しでもよい方向へ持っていくことだった。
「それは、そうね……。ええ、ごめんなさい、でも」
工藤の表情は苦渋に満ちていた。
「無理だわ」
美也子は生まれて初めて、他人の頬を打擲したい衝動に駆られる。
「もういい」
その感情を拳の中に握りつぶし、憤然ときびすを返すだけだった。
この話をクラスのみなにすれば、愛奈はさらに傷付くが、大勢が奮起し、集団で工藤をやり込めるだろう。いっそそうしてやろうか。
美也子は昼食をとりながら、暗い思考に自己嫌悪する。そんなことを愛奈は望んでいない。自分の溜飲が下がるだけ。
友人を侮辱され、努めて何事もないように振る舞うことは、あまりに辛かった。
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