VOL.2
午後1時かっきり、俺は『エデン』にいた。
警部は少し遅れてやってくると、俺が座っていた一番奥の、大きな油絵の掛った下の席に、向かい合わせに慌ただしく腰掛けると、やってきたウェイトレスに、不愛想な調子で、
『コーヒー』とだけ告げ、遅れてきた言い訳もせずに、いきなりコートのポケットから一枚の写真を引っ張り出してテーブルに置いた。
『娘だ』
彼はぼそりと言い、運ばれてきたコーヒーを一口啜った。
スナップ写真で、細い黒縁の眼鏡をかけ、地味なグリーンのワンピースを着た女の子がこちらに向き、細やかな笑みを浮かべている。
『名前を文子っていうんだ。今年19歳になったばかりでな、女子大の1年生だ。』
今から15年前に妻に死に別れ、それ以来一人娘と二人暮らしだったという。
『親思いのいい娘でな。勉強もよくするし、運動もなかなかのものだ。ちょっと気が小さいのが玉に瑕なんだが・・・・』彼はそこで少し迷ったような顔をしたが、やがて、
『その娘が3日前から家出をしちまった。』
『その娘さんを探してくれというんじゃないだろうね?』
『頼む』彼はテーブルに手をついて頭を下げた。
渋谷警察生活安全課の副主任の『カミソリ』こと、恩田警部補がしがない私立探偵に頭を下げるなんて滅多にないことだ。
『泣く子も黙る恩田警部補殿が、私立探偵風情に頭を下げることもあるまい?娘さんの家出なら、部下を総動員すれば造作もなかろう?』
『ふざけるな。俺は痩せても警察官の端くれだ。公私混同をするほど落ちぶれちゃいない』
恩田警部補は拳を硬く握って俺を睨みつけた。今時珍しい、物堅いお巡りである。
『まあ、いいや、話を聞こうか』
三日前のことだ。
娘の帰りが目立って遅くなった。
それまでそんなこと、殆どなかったし、どうしても遅くなる時は必ず連絡をしてきたものであるが、それがここのところ何も言わずに、夜の10時にならないと帰宅しない。
そこで三日前、ちょっと詰問する体で問いただすと、彼女は声高に口答えをしたので、思わず頬を張ってしまった。
それっきり、今日になっても帰ってこないという。
『もう19歳じゃないか?いつまでも親が縛り付けておくような歳でもなかろう』
『分かってる・・・・そりゃ分かってるんだがな・・・・』
親の心配って奴が、顔中に溢れていた。
俺はため息をつき、
『分かったよ。引き受けようじゃないか。どうせこっちも今のところ仕事にあぶれていた矢先だったからな。その代わり料金はきっちり貰うぜ。いつも通り一日6万円と必要経費、拳銃がいるような事態が発生したら、危険手当としてプラス4万の割り増しだ。契約書はあとで渡す。』
拳銃の話を持ち出すと、いつも嫌な顔をする警察官の一人である彼が、珍しく素直に、
『頼む、娘が返ってくるなら、金なんか惜しかねぇ』と、身を乗り出して言った。
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