後編
「今度は子供か……」
「獣の仕業にしちゃ連日過ぎるな」
近くから聞こえてきた声に、ボクは咄嗟に身を屈める。幸いボクはあまり体格がいい方ではないので、二人の男は物陰に潜むボクに気付かず通り過ぎていった。
先程の会話、昨日の事か一昨日の事かは分からないがボクの事を言っていたのは明らかだ。
やはり足が付いてしまったか。分かってはいたが、こんなに早く足が付くとは。
荷物を木にもたれさせ、一息吐きながら今後について考える。このままでは、隠れ家が見つかるのも時間の問題だ。となれば、転居も視野にいれないといけない。
この辺りは割と気に入っていただけに、あまり気は進まないが。
「……移動するとなると、多目に保存食が必要だよね」
先程の二人が通った方向を向きながら、ボクは呟くように言う。
二人相手は厳しいかもしれないけれど、今は四の五の言っていられない状況なわけで。ゆっくりと荷物を持ち上げ、とことことボクは歩を進めた。
気は進まないが、あの方法を取るとしよう。ボクは自分の貧弱さが気に入らないのだが、こういう時は本当に役立つから憎らしい。
「……重い」
いつもより二倍重い荷物を引きずりながら、ボクは再び溜息を吐く。
途中で解体してから持って帰ったほうがよかったかもしれない。少しの手間を惜しんだことを、蹴破られたドアを見てすぐに後悔する。
ボクは極力音が出ないように荷物を置くと、蹴破られたドアに慎重に近づいた。
踏み荒らされた玄関、靴跡を見るに相手は一人。ボクは出来るだけ物音を立てないように中へと進む。
(……無事でいて)
リビングの手前辺りまで来たところで、誰かの気配にボクは身を隠した。
半開きのドアを利用して部屋を覗くと、彼女の足だけが視界の端に映る。
そこから少し視線を上にずらすと、真っ赤な水溜りの上に一人の男が立っていて。
「……っ!」
一気に頭へ血が上ったボクは、武器を手に取るのも忘れてドアの端から飛び出すと、そのまま男に向って体当たりを食らわせた。
完全に虚を突いた一撃だったのだろう、もろに体当たりを受けた男がその場に倒れ込む。
(許さない、許さない……っ!)
そのままマウントを取って追撃しようとしたボクの腹部に思い切り衝撃が走り、そのままボクは壁に叩きつけられた。
「いってぇ……なんだこのガキ?」
男は荒々しく水溜りを踏みつけながら立ち上がると、そのままこちらの方へと近づいてくる。
すぐさま反撃を試みるも受けた衝撃が意外と大きかったのか、ボクの体は言う事をきかなくなっており、弱弱しく伸ばした手はいともたやすく男に払いのけられた。
そしてそのまま男に髪を乱暴に掴まれ、無理矢理立たされるボクの体。
「血の臭い……やっぱり、こいつらが……?」
何とかボクの意思が体に伝わり、男の金的を狙って足を振り上げた。
しかしその足は男の体を捉える事はなく、空しく空を切る。
その直後、ボクの体が再び宙を舞ったかと思うと今度は床に叩きつけられた。
今度は彼女の近くへとごろごろと転がり、血の水溜りがブレーキとなってその上で止まる。
「気持ち悪いやつらだぜ……こんなガキが、連続殺人犯なのか?」
男が銃口をボクに向けながら、独り言のように呟いた。
ボクはそんな言葉には耳もかさず彼女の方へと体を引き摺る。
ガンッ、とボクの背中に激しい衝撃。身体の感覚が鈍くて判りづらいが、恐らく背を踏みつけられているのだろう。
それからすぐに、何かが後頭部に突き付けられる感触。
「まぁいいか。どうせ見られたからには生かして返さねぇんだし」
男はそう言って、引金が引かれる音がした。
轟音が響いて、ボクの頭にかつてない衝撃が走る。
ぐわんぐわんと視界が揺れて、水溜まりのの血とボクの血が混ざりあう。
もう一度轟音が響き、ボクの体が自分のモノでないように飛び跳ねた。
何度も見慣れていたはずの血の色が、今日はやたらと鮮やかだ。
「……気持ちわりぃガキだぜ、全く」
真っ赤な視界の端で、男が彼女の方へと歩み寄る。
「連れていく前に少しぐらい楽しむのは役得だよな……身なりは悪いが上玉だぜ」
男が手を伸ばし、先ほどボクにしたように彼女の身体を引き起こす。
よかった、彼女は生きている。最悪の事態にはなっていなかったことにボクは少し安堵した。
「へへへ……」
男が彼女に馬乗りになる。彼女も抵抗しているようだが、女の力ではどうしようもない。
ボクは何をのん気に寝ているのだろう。力の抜けた全身に、ゆっくりと力を込めた。
カチャカチャと金属の擦れる音がする。
男は完全に彼女に夢中で、こちらを気にする様子は一切無い。
そのままボクはゆっくりと立ち上がり、彼女が飲んでいたであろう牛乳の入っていたコップを握り机に叩きつける。
ガシャン、と大きな音を立ててコップが割れた。
「……あ?」
突然の音に男が振り返る。
ボクはその喉元に思い切り割れたコップを突きたて、そのまま横へと振り抜いた。
真っ赤な血が弧を描いて噴き出す。先ほどの鮮やかな色とは対照的な、汚らしい見るに堪えない血。
「か……は?」
何が起きたか分からない、と言った表情の男にボクは再度コップを突き刺す。
何度も、何度も、何度も。
やがてコップの中身がトマトジュースだったと思えるほどになってから、ボクはコップを脇へと投げ捨てた。
「ば……げ、も……」
まだ声が出ることに驚いた。あまりに不快なのでもう一度殴りつけておく。
男が完全に動かなくなったのを確認してから、ボクは彼女の元へと駆け寄った。
「……」
彼女が虚ろな瞳で、ボクの方を見ている。
いつもは厄介な発作だが、あの醜悪な男の姿を見せずに済んだのならば今はありがたい。
まだぐわんぐわんと揺れる頭を押さえながら、新鮮な食材を手にボクは厨房へ向かった。
「もぐもぐ……本当にキミは食べなくていいの?」
「……うん、お腹空いてないから」
いつもの会話をしながら、ボクは天井を見ていた。
考えている事は、今後どうするかについて。先程の男は、きっと近隣の村の住人だろう。
つまりはしばらくすれば今日よりもっと多くの人がここへ来ることになる。そうなると流石に面倒だ。
「……そろそろ、引っ越そうか」
「……もしかして、また私のせい?」
器から顔を上げた彼女の瞳が、ボクの方を見る。
悪いことをした子供のような、不安そうな瞳。ボクはそんな彼女の頭をまたぽんぽんと撫でて
「……うぅん、ボクのせい」
とだけ返して、誤魔化すように微笑む。
そう、彼女がこうなったのはボクのせいなのだから。だから全部、ボクのせい。
本日快晴、お日柄もよく。ボクと彼女は手を繋いで道を歩いていた。
保存用に加工した食料はしばらく持つし、久しぶりに彼女と散歩気分で歩くのは気分がいい。
彼女もそうなのか、ボクの方を見てニッコリ笑った。
「次はどんなところかな?」
「……うーん」
どこまでも続いて見える道を見つめてから、ボクは彼女の方を見て笑う。
「キミと一緒なら、どこでもいいよ」
そう、キミと一緒ならどこまでも。
死すらも二人は別てないのだから。
ネクロくんとマンサちゃん ハナミツキ @hanami2ki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます