あの頃の続きと始まり

夕日が傾く校庭を ただぼんやり歩いていた。


「おーい。」


 誰かの声がする けれど きっと帰宅するみんなの喧騒...。


「おーい。」

学が気づくとそばまで来ていた。


「うわ、びっくりした。なに?学か・・・。」


つい素っ気ない返事をしてしまった。


「なんだよ、さっきから呼んでたのに、無視して。」


ちょっとふてくされて 学が言った。


「…違うよ、ほんと聞こえなかったの。ちょっとぼーっとしてて。」


そう言い訳しながら ついまたぼーっとしてしまう。


「・・・今帰り?久々だな、こうして話すの。」


学が様子を伺いながら 話しかけてくる。


「うん。」と短く返す私。


「部活帰り?俺も練習終わって帰るとこ。」


「うん。」


「らしくないな・・・どうしたよ。」


さすがに少しイラついたのか 声が荒くなっていた。

それでも私は 上手く答えられない。


「ううん、なんでもない。らしくないか、最近よく言われるな・・・。」


なんとなく 遠くの空を見て答えた。


「そりゃ、しょうがないだろ?ここは高校、しかもソフト部強いじゃん。一年生からいきなりボール触れないのは。」


ハッとなった。

今私が思い悩んでいた事を ストレートに言われた。


「見てたの?!」


「だって、野球部の向いでソフト部、練習してんだぞ、嫌でも見れるわ。」


ちょっと食い気味に 学につめよる。


「野球部だって、強いじゃん。けど学は一年生で練習に参加してる・・・。」


「はぁ?お前こそ見てたのかよ?」


急に恥ずかしくなって 首を激しく振りながら 否定した。


「違う、別に学見てたんじゃなくて、だから向かいに野球部いたら私、暇だし。見えるじゃん。」


言いながら 少し後悔した...。


「あー・・・そういうことか、あのな、あんまり皆には言いたくないけど(特待生)ってやつなんだよ、俺。」


「すごい、よく知らないけどあれでしょ?学校推薦で特別みたいな・・・。」


初めて聞いた。学って そんなに凄いんだ。


「それもあって、だけどプレッシャーもすごいよ。成績も部活も両立できなきゃ、特待、落とされるからな。そうなったら、お金すっごいかかるし・・・。」


私は キョトンとした。すごいことは分かるけれど 詳しくは知らなかった。


「え?免除とかあるの?」


「全額じゃないけどな、でも、俺んち親父が一人で働いて面倒みてくれてるから。」


「お父さん一人?え?小学校ころ、お母さんもいたじゃない。」


「ああ、あんときはいたな。お前にさ、何も言わず引っ越して、転校しただろ?」


「・・・うん。もういいよ、昔だしさ、私勝手に、一番仲いい野球友達だって思ってただけだし。」


思い出して 少し寂しくなる。


「だから、そうじゃなくって。お前にはかっこ悪くていいづらいなって。何ていえばいいかな。」


「いいよ、言い訳とか、もう昔だし。」


言いにくそうな雰囲気が嫌で 慰められると余計につらい。


「だから聞けって!・・・・あの、ほら俺の親父も野球ばかだろ?俺の試合の日は欠かさずくるくらい。親父も昔、野球で将来目指してたんだよ。けど、けがしてさ、ダメになったんだ。でも、俺はずっと親父が頑張ってるのみてたから、俺もああなりたいって。」


学は ちょっとイラついて 一気にまくし立てた。

そうだ 確かにそう言ってた…。


「あ、思い出した。おとうさん確か、セミプロだっけ、所属してたんだよね。」


「ああ、もちろんプロ目指してな。まぁ、親子そろって野球ばかになっちまってさ、母さん、最初のうちは親父支えてたらしいんだけど、俺もよく二人のことはわからないけど、親父がいってたのは、見切られたとか、なんとか。」


ちょっと淋しそうに けど どっちが悪いとも思ってない口ぶりで学は言った。

私は そんな事 まったく知らなかった。


「そんなこと・・・あったんだ。」


「まぁ、簡単に言うと家庭の事情で、引っ越さないといけなくなったんだよ。で、親父一人だからさ、けど親父は夢あきらめるなって、本当は一人で大変だろうけど、この学校進めてくれたんだ。」


ふとすごく 学が大人に見えた。

私なんかより ずっと。


「あ・・・私も親にまずいな、そうだよね、私立だし結構お金かかるもんね。」


「転校先の中学じゃ、ある意味まわり知らないやつばかりだったから、勉強や部活で成績残せて、なんとか特待の枠とれて入れたんだ。」


あっけらかんと言うけれど すごく頑張ったんだろうな…。


「そう・・・だったんだ。私、知らなかった、そんな努力してたなんて。」


「あれ?美和ちゃんに聞いてたと思ってた、いつも一緒だろ?」


突然 美和ちゃんの名前が出て 戸惑った。

なんで?それに名前で読んでる。


「え?美和・・・ちゃん?学、美和ちゃんと仲いいんだ。ううん、聞いてないよ。ただ、自分から話しかけなって、よく言われるけど、タイミングがね。美和ちゃんいいこだよね。かわいいし、ボール触れなくても私みたいにふてくされないし、優しくて、気遣いできて。」


らしくない。

いつもの私らしくない なぜか少し意地悪な気持ちになってる。

けど そんな事 気にしてなく 学は言う。


「うん、あのこほんと、気遣いできる子だよな。見てて思う。」


「美和ちゃん、学のこと気に入ってるみたいだよ?かっこいいって。」


ああ ホントにらしくない。

何でこんな言い方してるんだろう。


「ゆうき、もしかしてさー・・・勘違いしてない?」


「え?なにが?美和ちゃんいつも、学の話するよ?」


「お前、すごいな・・・。美和ちゃんは、高校入るちょっと前から知ってるよ。」


それも初耳...何だか 自分だけ取り残されてるよう。


「え?そんな前から知り合いなの?あ、じゃ・・・そのころから。」


急に学が慌てだした。


「ああああ、だから、なんか俺がいっていいのかな?美和ちゃんさ、俺がいってた中学からの特待生って、もう一人いるんだよ。一番仲良くなった奴なんだけどさ、バッテリー組んでて。」


「キャッチャーの人も一年生だったの?すごくうまかった。」


呆れ顔と相変わらずって苦笑いで 私に言う。


「そっち方面はみてるのな・・・・。クラスはほかになったけど、きづかね?美和ちゃん昼、弁当二つ作ってきてない?」


「あ、そういえば・・・一度きいたら、料理の勉強中で食べてもらってるって。どっかほかのクラスに持っていくの、毎日。」


「そろそろ気づけ、その弁当食べてるのが俺の親友のお前が上手いキャッチャーって言ってたやつな。」


「そう・・・だったんだ。え?じゃなんで美和ちゃん学と仲良くなるよとか、もう仲いいのに・・・」


よく分からなくなっていく。

美和ちゃんは 学と仲良いのに 何であんなこと言うんだろ。


「あああ、美和ちゃんが、不憫に感じる・・・。ま、そこがお前らしいけどな。っとまぁ、美和ちゃんはピッチャーだったんだろ?彼氏がキャッチャーなら、今頃どっかの公園でキャッチボールしてるんじゃない?」


「え?彼氏なんだ。」


え?え?そういう事なの?私 なにか間違えてる?


「この流れで、きづかなかった?ってか、多分美和ちゃんに確認したらすんなり、認めるぞ。あ、言わなかったの、変な意味で隠してたわけじゃないぞ。美和ちゃんなりにゆうきが、頑張れるようにって。」


「ええ?何を頑張るの?っていうか、美和ちゃんが理由もなしに、隠し事しない、学より知ってるし。」


あきれながら軽くうなずき 学が笑った。


「はいはい、知らないのは自分自身に関することか。」


「それ、どういう意味?」


「ま、らしいからいいんじゃない?俺も俺から言いたいし。とりあえず、久々話せてよかった。」


さっぱりした顔で私に笑いかけてくれた。何だろう…すごく懐かしい。


「うん、なんかすっきりした。そっか、色々あったんだ、学も。だから急にいなくなったんだ。私ずっと・・・」


私が言いかけると さえぎるように学がカバンをガサゴソ あさりだした。


「あーえっと、ゆうき、お前部活帰りだろ?どうせ、グローブは使わないってわかってても持ってるんだろ?」


カバンからグローブを取り出し パンパンとはじく。

ついつられて 私もカバンを開く。


「え?あ、うん。持ってる。持ってると落ち着くんだ。」


グローブを取り出して ちょっと見せびらかす。

まだ 新しいグローブ。


「よし、まだボール見えるな。すぐ日が落ちるだろうけど、ちょっとキャッチボールしようぜ。」


「はぁ、学、練習終わったばかりで肩、大丈夫?」


「お前に心配されるほど、弱っちい肩じゃないんだよ、なんたってプロめざしてる野球ばかですから、それに・・・キャッチボールの相方、小さいころからお前だったし・・・どうせ、ボール触りたくて、うずうずしてるんだろ?昔よりどのくらいうまくなったか、見せてみろよ。」


挑発的に笑いかける学。

昔 見たことある顔で 嬉しくなった。


「偉そうに・・・、私だってその辺の男子よりは、肩強いんだよ、確かにどっかの特待生なみじゃないけど、本気見せてやる。」


「ははは、お前らしいな、よし、軽くアップからやってくぞ。」

 

夕日に染まりかけた空を背に、私は何年振りかの学とのキャッチボールを始めた。色々な話を一度に聞いて混乱しかけた私だけど、昔みたいにキャッチボールにさそう学は、あの頃の野球少年の表情だった。

私は、それを見て安心した。そして、学があの頃言ってた(相方)という言葉、覚えててくれたことに胸がいっぱいになった。力を込めて投げるボールを受ける学のグローブ音が、とても心地よく感じた。

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始まりと続きの合図 Len @norasino

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