真実を盗み出す者

「これは……!? おい、また奴の予告状だ! 至急警備を強化しろ!」


 怪盗メネトア。

 それは悪いものからしか盗らず、自分の懐には一切入れない義賊。

 今日も街中は彼の噂で持ちきりだ。中には彼のことを正義の味方だと声を張り上げる者もいる。

 奴を駆り立てる物は何だと思う? 金か? 名声か? はたまたただの自己満足か?

 一度ひとたびそれを聞いたのならばこぞって一笑に付すだろう。軽蔑の目をくれるだろう。愚かだと怒声を浴びせるだろう。


**


 俺には妻と子供がいた。

 決して裕福とは言えなかったが、それなりに幸せを感じられる暖かい家族だった。妻のローザとは職場で出会った。完全なる俺の一目惚れだ。初めはまったく興味を持たれてはいなかったが、情熱とも言えるアプローチの末に彼女の首を縦に振らせた。

 そうしてほどなくしてアンナが生まれる。彼女は俺達にとって神様からの贈り物だった。目に入れても痛くないという言葉は、例えなどではなく本当だったみたいだ。

 俺達はこの天使にすべての愛情を注いできた。これだけは胸を張って言うことができる。「家族を愛している」と。


 それはアンナが7歳になった頃の話だ。


「パパー、はやく行こうよ~!」

「もうアンナったら、少しは落ち着いて。パパもほら、もうすぐ来るからね?」


 何でも王都でパレードがあるとかでそこではお祭り騒ぎをしているのだそうだ。

 俺としては当然気などは乗らなかったが、アンナが行きたいと言うのなら向かうしかないだろう。彼女の誕生日も間近であったことから、そこで好きな物を何でも買ってやると約束をした。

 ローザもローザで鼻歌交じりにめかしこんでいる。まるで付き合いたてのあの頃のようだと思わず笑みが零れる。まったく、楽しみで心弾んでいたのは子供アンナだけではなかったみたいだな。

 王都へ到着するとまずは予約しておいた店へと向かう。正直手痛い出費ではあるが、そんなことはどうだっていい。今日と言う日が特別になるのならと思えば何てことはない。喜ぶ娘の顔がただ見たかったのだ。



「あなた、大変よ。アンナがいないの! どこへ行ったのかしら?」


 もうじきにパレードが始まるというのに、アンナの姿がどこにも見えない。妻と共に名前を呼びながらあちこちを探し回る。この時嫌な予感が体中を包みはじめていた。


「アンナ! どこだ返事をしろ!」「アンナお願い出てきて!」


 歩道上が人で賑わい始めたこの通りにも、パレードはやってくるそうだ。群集は今か今かとそれを待っている。だがそれどころではない。

 血走っているだろう眼を視界に入ったあらゆるモノへと向ける。どこだ、どこにいるんだ。焦り負けて俺の心臓を打つ音は速さを増していく。

 すると賑わいの中、反対側の歩道で見慣れた小さな影が動くのを見つけた。

 ――我が娘。


「ママ、パパ、どこなのー?」

「アンナ!」


 彼女もこちらに気がつく。目は少し赤く腫れ泣いていたようだ。何と可哀相に。でももう大丈夫。そう思ったのも束の間。

 ――この通りを貴族のものと思しき馬車が、勢いをつけて滑り込んできているではないか。

 アンナはそれには気づかずこちらに走って向かってきている。そして俺の体は固まってしまい、一歩も踏み出す事が出来ないでいた。


「アンナ! ダメだ、そこで待っていろ! 今は危ない!」

「パパいたー! あのね!」

「待て! 来るな!」


 それは不幸な事故だったと言うしかなかった。

 天使を失ったこの家には希望などは残されていない。

 妻はあれから寝たきりになり食事もままならず、うわ言のように娘の名ばかりを呼ぶ。

 そうして時は過ぎる。彼女は一切笑うこともないまま、俺と深い悲しみだけを残してアンナの元へと旅立っていった。

 いや、単なる不幸であってなるものか。俺があの時助けに駆け出せていれば、こんなことには……!


**


 怪盗メネトア。

 それは悪いものからしか盗らず、自分の懐には一切入れない義賊。

 彼は貧しい家や親のいない家を狙って金目の物を置いていく。

 決して正義の為などではない。


 ――それは俺の終わらぬ贖罪atonementの名。

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