盗まれた偽物の宝石
夕凪 春
虚飾の姫君
「金緑! 金緑よ、ここに。さあ皆様にご挨拶をなさい」
「はいお父様」
サウスヴァーン城の大広間。招かれた多くの客人達が『お披露目』と称されたこの場を賑やかなものに形作っていきます。
その主役はそう、わたし。
どんな時でも笑顔を絶やしてはならない。
どんな時でも嫌な顔一つしてはならない。
どんな時でも明るく振舞わなくてはならない。
そう、わたしは他でもない『
「ふむふむ……金緑様もすっかりお綺麗になられましたな。将来、夫となる方が実に羨ましい!」
「そんな、いやですわ。綺麗だなんて勿体無いお言葉――」
「ほほほ、何せわたくしの娘ですから当然のこと。この子はわたくしに似たのかしらね!」
こういったやり取りが幾度となく繰り返されていきます。
当然わたしには休息など与えられるはずがありません。
そしてお客様が皆お帰りになると、それまで上機嫌だったお父様とお母様の態度が一変していきます。
「金緑、さっさと片付けないか! いつまで経ってもお前はノロマだな!」
「本当に使えない……! まったく、忌々しい子だわ!」
姫として生まれた私への愛情なのだと、厳しいことばかり言われていたけれど耐え続けていました。
わたしは姫。この先、人の上に立つ者。だからこそ辛く当たられる。そこには自分の意思が入り込む余地などはない。
好きなこともできない。友人を作ることすらできない。
ただ鳥かごのような狭い部屋をひとつ与えられ、誰とも会話をすることなく一日が終わる。
これもすべて未来のわたしの為を思ってのことなのだと。
ところがある日の夜更け過ぎのこと。わたしは真相を聞いてしまいます。
お手洗いを終えて自室へ戻る途中に、ある部屋から話し声が漏れてきていました。
ばつの悪さを覚えそのまま通り過ぎようとしました。ですがどうもわたしの話をしているようなのです。
はしたないことだとは知りながらも、扉に耳を当ててその会話を聞いてしまいました。
「金緑は見てくれだけは良いものだから、周囲からの評判は悪くないようだ。しかし……」
「所詮は偽物だな。所作がまるでなっちゃいない。あれではすぐに正体を見破られるだろう」
「昔からずっと口酸っぱくして言っておるのだがな。……やはりどこの子とも分からぬ下賤の娘には荷が重すぎたか? まったくあの子の調子さえよければ、このような下らぬ姫様ごっこなど……」
「とは言えだ、あの偽物のお陰で今のところは順調なのだろう? せいぜいこの先も何も知らされないまま、上手いこと演じて貰わなければな」
「そうであったな。そしてあの子が快復を果たしたその暁には……」
「安心してくれ、それはこちらで手筈通り始末をつける。クク、すべてを打ち明け絶望の中での最期と言うのも悪くはないな」
自室に戻ったわたしは硬いベッドに飛び込みシーツに包まります。
男達の下卑たあの笑い声がどうしても頭から離れないのです。
それでも、先ほどの会話は聞き間違いなのではないかとも思いました。
どこかで信じていたかったのかもしれません。
夜が更けるにつれて、闇がわたしの心を蝕んでいくように感じました。
わたしはお父様とお母様の笑った顔を、過ごした楽しかった出来事を一つも思い出すことができなかったのです。
――二人が厳しかったのは、わたしが自分達の娘ではなかったからなの?
わたしは、偽物……?
わたしは、誰? わたしは、どこの、誰――
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