第52話 王宮舞踏会(1)

                    by Sakura-shougen


 サムエルとシンディが帰国した日から2週間目、遂に年に一度の王宮舞踏会の日がやってきた。

 舞踏会は午後5時からであるが、その前に出席者の国王陛下、王妃殿下への拝謁と言うセレモニーがある。


 この順序は厳格に定められており、男爵、子爵、伯爵、侯爵そうして閣僚及び宰相の順序である。

 男爵を授けられている者は12名、子爵が10名、伯爵は6名、侯爵は4名である。


 総数で32家になるわけであるが、都合が悪くて欠席する者も中にはいる。

 レグナン子爵はその欠席者の常連であり、ここ数年は30家、若しくは29家という舞踏会になっている。


 尤も、同伴者もいるわけであり、舞踏会参加者はアフォリア閣僚10名の奥方を入れると概ね64カップルほどになり、国王陛下、王妃殿下とそのお子である王太子殿下、王太女殿下を含めると概ね66カップル130名程度で催されるのである。

 だが、今年は、各爵位家全てが列席し、隋伴のカップルも増えたことから、招待客だけで実に142名の参加となり、ここ百数十年来で最も多い参加人数となった。


 いずれにせよ32家の拝謁は午後1時から始められ、同伴者も一緒に拝謁することになる。

 レグナン家は子爵としては格の高い家柄であることから、21番目に国王陛下王妃殿下に拝謁の順序が決まっていた。


 1家概ね5分の拝謁であるが、多少予定時間が早まったり遅れたりすることがあるため、予定時間の30分前には、控室にて待っていなければならないことになっている。

 レグナン子爵は予定では2時40分頃の予定であった。


 当日、サムエルとシンディは早めの昼食を済ませて、午後1時にレグナン子爵の屋敷に出向き、1時30分にはレグナン子爵の家を出て王宮に向かうことになっていた。

 王宮へは昔ながらの馬車で行くのが仕来たりである。


 この日ばかりは32家の屋敷を出たところから、キレイン警察の騎馬隊が警備に当たり、王宮まで無事に送り届けるのが任務となっていた。

 そのために、馬車の順路に従ってキレイン市内の随所で交通規制がかかるのである。


 これも年に一度の恒例となっており、逆に市民の方は珍しい馬車を見ようと沿道に見物客が集まることになる。

 その見物客が最も多いのが王宮に至る表参道になるクルーガー通りである。

 いずれの招待者も必ずこのクルーガー通りを通り、戦勝記念であるバイス門をくぐって王宮に入るからである。


 午後からの出発であるにもかかわらず、ベイリー家は早朝からその準備で大忙しであった。

 娘の晴れ舞台とあって、母のベアトリスがすっかり張り切っているのである。

 そのお陰で、朝起きてからシンディは2度目の入浴をする羽目になった。


 シャワーを浴びて自分なりの化粧を施して時間つぶしに読書をしていると、母が部屋に押しかけて来た。

 母の後方には、レイバン、アンナの二人のメイドは勿論のこと4人の見知らぬ女性がついていた。


 母が手配した美容師4人である。

 最初にバスに入れられて、その後で念入りに二人がかりで肌を磨かれた後、丁寧に髪を結われ、さらに化粧とマニュキュアを施されたのである。


 お陰で、サムエルが間もなく来るという時間になっても昼食を食べる暇はなかった。

 母曰く、少しお腹が空いていた方が身体にはいいという。


 サムエルが車で迎えに来た時点では、漸く最終段階の衣装を着る段階に入っていた。

 舞踏会の衣装はウェストの部分が細くなっているのだが、其処をきっちりと締めあげられた。


 おそらく、何か食べ物が入っていたならきっともどしていたに違いないと言うほど、きっちりと締めあげられたのである。

 動くには支障が無いが、胸回りが何となくきつい感じで大きく息をするのも憚られる感じである。


 サムエルをそう待たせずに何とかベイリー邸を出たのが12時25分のことであった。

 本当は12時20分には家を出ている筈であった。


 交通規制の関係で到着が遅延しないよう、早めに出ることにしていたのである。

 それでも、ギャリソンは裏道を抜けて混雑を避け、午後1時5分前には二人をレグナン邸に届けてくれたのである。


 舞踏会が終わる午後10時過ぎにはまたギャリソンがレグナン邸まで迎えに来てくれることになっている。

 レグナン邸でお茶の接待を受け、時間待ちをし、予定通り1時半にレグナン邸を馬車が出た。


 馬車の進行方向に向かって子爵夫妻が座り、その対座にサムエルとシンディが座る。

 御者は昔ながらの衣装を身に付け、さらに二人の助手が最後部の踏み台に立っている。


 これらの従者たちはレグナン家で臨時に雇われた者であるが、流石に現代では馬車が使われることは滅多にないことから、御者も従者も仮物であり、キレイン警察本部の騎馬隊に所属する警察官である。

 レグナン邸の執事ではとても馬車の御者はできなかった。


 4頭仕立ての馬車は軽やかにキレイン市内の既定の道路を走って行く。

 道路が規制されているために緊急車両以外の通行は一時的に禁止されているのである。


 先導に二騎、後方に二騎警護の騎馬隊警官がおり、これもまた昔ながらの剣士の衣装である。

 レグナン邸を出たところから、沿道には市民が大勢見物に出ていた。


 年に一度の行事は、ある意味でお祭りでもある。

 古の衣装に身を包んだ警官、更には馬車の中には着飾った貴婦人。


 それらを見ることで王国の時代絵巻をみることができるのであり、市民にとっても楽しみの一つなのである。

 ただ、これまでは歴代のレグナン子爵が欠席しており、子爵邸周辺の住民はその姿を見ることはできなかった。


 それだけに、この度レグナン子爵が出席するとの情報に接し、付近住民がこぞって見にきたに違いない。

 レグナン子爵夫妻は30代半ばとあって、まだ若く、美男美女の夫婦としても知られている。


 その姿を見る楽しみも無論あったのだが、噂に違わず古の衣装に身を包んだ綺麗な貴婦人が馬車の窓から沿道に向かって手を振るのが見られた。

 だが、通りすぎる直前、その対座に更に若く美形の女性を目にした多くの人々は、一体あれは誰なのだという口々に言い、きっと子爵の親族であろうとか、妹ではないかなど、あらぬ噂が飛び交った。


 レグナン子爵夫妻は知っていても、シンディやサムエルを知っている者は誰もいなかったのである。

 雅で煌びやかな馬車は予定通りの順路を予定通りの時刻で通過し、クルーガー通り、バイス門を経て、無事に王宮内に入ったのである。


 王宮内の表玄関では、後部に立っていた従者が先に降りて扉を開けてくれる。

降りたところは、玄関であり、宮廷侍従と女官が出迎え、女性はそれぞれのパートナーである男性に右腕を託して、侍従の案内で王宮内の控室に入ることになる。

 侍従は、少し謁見の時間が早めになっておりますと説明した。


 案内されて控室に入った時間は午後1時40分を少々廻ったところであり、そこで1時間ほどの時間待ちとなるが、ここでは、他家の貴族が同室することはない。

 謁見が終わった後、舞踏会までの待機場所となる大広間では多くの貴族が一緒になるのである。


 そこで挨拶を交わし、或いは王宮内の庭園を散策するのも招待者の特権であったが同時に午後5時の開宴まで時間つぶしをしなければならないのが下位の貴族の宿命でもある。

 上位の者ほどそこで費やす時間が少なくできているのである。


 謁見が一番早いレイヤー男爵夫妻などは午前11時前に邸を出て、午後1時に国王陛下、王妃殿下に拝謁をし、その後5時まではずっと待機せざるを得ないのである。

 午後2時20分に侍従がやってきて、レグナン子爵夫妻とサムエル及びシンディのペアに謁見のため予備室に移動願いますと声を掛けた。


 レグナン子爵の前に拝謁をするバトラー子爵が予備室から謁見の間に入る時に、次の者が謁見室の隣の予備室で待機をする。

 バトラー子爵の拝謁が終わって、退室と同時に次の者が入るためである。


 4人が予備室に入って5分足らずで、侍従が謁見室へと招請した。

 入口の直前で、侍従の一人が声高らかに宣言する。


 「 ケント・レグナン子爵閣下、カテリーナ・レグナン子爵夫人、及び子爵同伴者

  であるサムエル・シュレイダー卿、並びにシンディ・ゲイリー嬢、国王陛下拝謁

  のため入室。」


 レグナン子爵夫妻が先行し、その後をサムエルとシンディが続く。

 拝謁者の男性は、部屋に入って概ね20歩で、玉座に向かって一礼し、更に10歩進んでその場に片膝をつく。


 招待者に同伴する女性は、その脇で左足をやや後方に下げ、左足のひざをついて腰を屈めながら拝礼するのが仕来たりである。

 招待者に随伴するペアは、招待者の左脇に並んで同様に挨拶をすることになっているが、その際に、招待者は国王陛下側に寄り、随伴者は王妃殿下側に寄ることになっている。


 その位置は、謁見の間の床のタイルに星の位置で示されており、初めて謁見する者でも謝りの無いようになっている。

 星は玉座に向かって左から赤、紫、青となっており、随伴者が無い場合は紫の星の直前に、男性が位置し、女性がその左隣に位置する。


 随伴者がある場合、招待者の男性は青の星の直前、同伴者の男性は赤の星の直前に位置し、それぞれの同伴者である女性が左わきに位置するのである。

 サムエルは赤の星の直前に位置し、シンディはその左脇にあって、子爵夫妻と同時に臣従の礼をとることになる。


 招待者と随伴者の立場及び位階を明確にするため、赤の星は青の星よりも幾分後方に位置しているのである。

 二組のペアは仕来り通りに謁見の間を進み、自ら名乗って国王陛下と王妃殿下との拝謁を賜った。

 ここで、国王陛下から何がしかの言葉を賜るのが慣例である。

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