第51話 モニカの失踪(3)
by Sakura-shougen
サムエルとシンディはその足で沿岸警備隊へ向かった。
沿岸警備隊は警察組織とは異なるが一方で海上警察組織を兼ねている。
従って、沿岸警備隊は警察とのしがらみは無い。
そうして沿岸警備隊長は高潔な人であった。
尤もその部下には賄賂にまみれた職員も少なからずいる。
サムエルはコーワーズ沿岸警備隊長に面会して、モニカの誘拐の話を包み隠さず話したのである。
その上で沿岸警備隊の出動をお願いした。
但し、出動は、あくまで誘拐された女児を保護してからにして欲しいと頼み込んだのである。
コーワーズ隊長は快く引き受けてくれた。
翌日8時には出動態勢を整えて待機してくれることになったのである。
詳細は隊員には伝えず、出動直前になって伝えることに話がまとまった。
連絡役として午前8時にはシンディを沿岸警備隊事務所に出頭させることにしたのである。
さらに昼食を挟んで、サムエルとシンディは20キロ離れたリューデルの首都フラムに移動した。
ここには政府機関は無論のこと、各国の大使館が所在している。
リューデルは小さな島国であり、大使館の規模としては左程大きくはないが、アフォリア大使館もあった。
サムエルとシンディは大使に面会を求めたのである。
既に国家警察から大使の元には連絡が入っていた。
今のところ事情を知っているのはフォーゼル大使とセムディ1等書記官の二人だけである。
セムディ1等書記官は国家警察からの出向で大使館に駐在している現役の警察官でもある。
サムエルは二人と面談し、大使館から2台の車と要員二人のボラハン派遣をお願いした。
コンテナから幼児6人が発見された時、直ちに保護手続きを取ってもらうためである。
一人はセムディ1等書記官が行くことになり、もう一人セバスチャンという現地雇員の名前が出たが、即座にサムエルはその人は駄目ですと否定した。
大使の疑問に答えて、セバスチャンは犯罪組織の一員とつながりがあるので除いて、できればマイクル・コージーにして欲しいと言ったのである。
その言葉に驚いたのは大使とセムディ1等書記官である。
セバスチャンは非常にまじめな男で通っていたし、この大使館にかれこれ5年も勤めている男である。
それが犯罪組織とつながっているとは信じられなかった。
それにマイクル・コージーは大使館に勤め始めてからまだ半年、公用車の運転手にしか過ぎない男だった。
だが、サムエルは非情にも告げた。
「セバスチャンは、犯罪組織に金で縛られています。
元々は弟の借金の保証人になったことが災いしているのですが、この半年前から大使館の情報を犯罪組織に流すようになっています。
そうして、もう一つ、調べればすぐにもわかるでしょうが、3人分ほど大使の許しを得ずにビザを発給しております。
ビザ台帳には載っていませんが、ビザ取扱簿には名前が乗っている筈です。
これに関与したのはセバスチャンとムルアイ女史の二人です。
情報の出所は明らかにできませんが、ビザを受け取った3人はいずれもリューデルでの前科があり正式にはビザが下りない筈の人物です。
逆にマイクル・コージーは真面目が取り柄の男です。
しかるべき注意を与えれば忠実に守るでしょう。」
そう言って、サムエルは3人の名前を書いたメモを渡した。
大使館にアフォリア人は、5人しかおらず、残りは現地雇員であった。
そのアフォリア人の一人がムルアイ女史であり、また今一人はアーロン二等書記官であるが、アーロンは出張で島外に出ており数日間は戻れないのである。
残りの一人は女性事務官で危険な仕事には向いていなかった。
選択の余地はなかった。
すぐに、セムディ一等書記官が密かに調査すると確かにメモに記載してある三名の名が取扱簿には載っていても、台帳には記載されていないものが発見されたのである。
これは重大な規律違反であった。
直ちに解雇すると息まいた大使を宥めたのはサムエルだった。
「今、セバスチャンを解雇すれば犯罪組織に何らかの疑いが持たれる可能性もあります。
6人の子供を無事に救出するまではどうか受忍していただきたいのです。
おそらく明日の昼頃までには全てが終わっています。
それからなら解雇しても大丈夫だと思いますよ。
但し、セバスチャンとムルアイ女史には重要情報に携われないよう注意して下さい。
これは、留守番になる大使のお仕事かと存じます。」
そう言われた大使も渋々従わざるを得なかった。
何のことはない、アフォリアからやってきた若い男に大使が顎で使われているようなものであった。
結局、サムエルが申し出た通り、マイクルとセムディが翌早朝に二台の車を運転してボラハン港に向かうことになったのである。
待ち合わせの場所は沿岸警備隊事務所である。
シンディが其処で待っており、沿岸警備隊の出動と同時に車は、埠頭に向かうことになる。
翌日、8時半になって、アブリアス号が着岸、荷役を始めた。
税関職員20名と共に、サムエルがコンテナを降ろし始めたアブリアス号に近づく、最初の二つは無視し、三つ目から連続して3個を開封させた。
無論どれにモニカ達が入れられているかは判っている。
乗組員が不安そうに眺めている。三個目には無論不審なものは入っていない。
4個目は、麻薬と銃器が入っている。
5個目にモニカ達が入っているのだ。
4個目のコンテナが開封され始めた時、船内に新たな動きが始まった。
乗組員たちが一斉に船内に引き込んだのである。
4個目のコンテナを開封し、梱包された荷物を開封したところ大量の銃器が発見された。
そこに半数の10名だけを配置し、残りは5つ目を開封し始めた。
段ボールの梱包が多数積み上げたものを、取り除いて行くと、奥に大きな箱があり、中を開封すると手足を縛られ、口にテープを張られた女児達6人が並んで寝かされていた。
その段階で税関職員の顔色が変わった。
班長が、犯人を求めてアブリアス号の船内に入ろうとすると、アブリアス号はタラップを引き上げて出航しようとしていた。
既にエンジンもかけている。
もやい綱はまだ岸壁に取られたままであったが、乗組員が斧を持って来て4本のもやい綱を一斉に絶ち切ったのである。
船が岸壁を離れ始めた瞬間、4隻の沿岸警備隊の船艇がコンテナふ頭の陰から姿を現した。
サムエルがシンディに携帯電話で連絡し、その通報を受けて待機していた沿岸警備隊の船艇が一斉に動き出したのだ。
大型船の乗員は砲を向けており、小型艇の乗員は自動小銃を向けている。
沿岸警備隊の大型船から停船命令が発せられた。
武器を持たない税関職員ならばなんとでもなるが、銃砲を装備した沿岸警備隊のパトロール船には敵わない。
アブリアス号は停船命令に応じるしかなかった。
モニカ達6人が梱包から救出されると直ちに、アフォリア大使館の車両がコンテナの前面に停車し、セムディ一等書記官が税関職員と暫し話をした。
猿轡をはずされたモニカ達の証言から、アフォリアの女児と判明し、アフォリアの外交官から正式に引き渡し要請を受けては、税関職員も引き渡しを拒むわけには行かない。
モニカ達6名は大使館の公用車に載せられた。
サムエルは持っていたアタッシュケースを税関班長に手渡して言った。
「ありがとうございました。
当初の目的である大事な宝物を見つけることができました。
全て、これはリューデル政府及びボラハン港税関のお陰でございます。
お約束通り、これは本日のお礼でございます。
本日作業を行ってくれた職員の方に配分願います。
もう一つの、コンテナに入っている密輸品はおまけのようなものですが、どうぞ皆さんの手柄にしていただければ幸いです。」
そう言ってサムエルは、にこやかに笑って、大使館公用車に乗って去って行った。
その日のリューデルのマスコミは大騒ぎになった。
10ボルツに及ぶ銃器弾薬と5ボルツもの麻薬の密輸品が摘発されたのはリューデル税関始まって以来のことであり、モニカ達誘拐された女児達が発見されたのも初めてのことだった。
リューデルでそのような人身売買が行われているとの噂が流れていたのは事実であるが、実際にその証拠が上がったのは初めてのケースなのである。
マスコミは、誘拐された女児の氏名、子供たちの顔写真を取ろうと躍起になったのだが、午前10時の便で女児達6人はサムエルとシンディと共に、アフォリア向け発ったところであった。
それらが確認されて、大使館はリューデル税関及びボラハン沿岸警備隊の御努力によりアフォリアから誘拐された女児6人の救出がなされたことのみ報道に発表した。
女児達がその時点で何処にいるか、或いは氏名等は一切伏せられた。
但し、リューデル政府からの要請があれば情報は必要な機関にのみ伝達するとしたのである。
無論、沿岸警備隊には女児達の氏名は知らされており、顔写真も渡されていたが、沿岸警備隊からその情報が漏れることはなかった。
税関職員は沿岸警備隊と合同で捜査を行い、アブリアス号の乗組員全員を密輸及び誘拐ほう助の疑いでリューデル司法局に送検したのはその三日後であった。
サムエルからの通報により、キレイン空港では6人の女児達の両親が待ち構えていた。
無論国家警察のガーランド捜査官とキレイン中央警察のライリー警部もサムエル達を出迎えていた。
国家警察のトラブルを回避できたことで、ガーランド捜査官には、国家警察長官からのメッセージが託されていた。
サムエル達が航空機でキレインに向かっている8時間の間に、リューデル政府そのものが大騒ぎとなり、リューデル警察からは、これまでの経緯は全て水に流し、互いに必要な捜査協力体制を改めて築き上げたいとし、当面、そのための打ち合わせを行いたい旨と、同時に今回の女児誘拐の情報について開示願いたいとする正式な要請が改めて届いたのである。
これまで非常に険悪であったリューデルの治安機関が一転してそうした方向に向かったのは、女児誘拐及び大量の銃器と麻薬密輸に対して治安機関が手をこまねいていたことがマスコミに叩かれることを懸念して、先手を打ってきたのである。
アフォリアの治安機関としてもこう着状態に有った両国の関係を改善するには絶好の機会であった。
アフォリアとリューデルで互いに話しあい、その上で、捜査共助のできるものとできない物を仕分けすることがその第一歩になる。
そのきっかけを作ってくれたのがサムエルであり、サムエルの意向を受けて動いてくれたリューデル駐在のアフォリア大使館のお陰であった。
外務省もまたサムエルには感謝していた。
リューデル大使館で不正を働いていた二人の職員を見つけだしてくれたのはサムエルに他ならない。
サムエルから指摘を受けなければあるいは非常に大きな情報漏洩につながったかもしれないのである。
サムエル達がリューデルを発ったその数時間後、現地雇員であるセバスチャンは解雇を申し渡され、ムルアイ女史は、12時間以内にリューデルを発って、アフォリアに帰還するよう大使から命じられたのである。
既にアフォリア外務省からは、ムルアイ女史の交代要員として二人の外交官がリューデルに向かっていた。
モニカ達6人の女児は監禁の間に少し痩せたが、両親や兄弟の顔を見るなり元気に駈けだして、家族に抱きついた。
サムエル探偵事務所がクラーク・オハラへ請求した既定報酬は、都合5日間の実働時間3千2百レムル、リューデルへの二人分の往復交通費3千レムル、それに税関職等への礼金4万3千レムル、モニカの片道交通費750レムル、合わせて5万レムルほどになったが、クラークは喜んで支払いを行った。
その上でその倍額の礼金を支払ったのである。
理由は簡単である。
モニカ以外の女児5人分の旅費をサムエルが立て替えているのだが、彼らの家族にはサムエルから一切請求をしていない。
彼らに依頼されて救出したわけではないからである。
だが、他の5人の家族からもお礼と称して、少なくとも1万レムルの小切手が手渡された。
固辞しようとしたサムエルは5家族から受け取りを強要されたのである。
モニカ以外の家族は、資産家のオハラ家のように裕福とは言えないかもしれないが、大事な娘を無事に手元に戻してくれた恩義のためには1万レムル程度の金は惜しむに値しなかったのである。
サムエルの手元には、こうして色々な金が入って来ることになり、年末を控えて、どのように処理するかが悩みの種となりつつあった。
探偵事務所は個人企業であるから、税務署に対して収入の申告を行い、その結果として税金を納めなければならないのである。
無論、サムエルが銀行に預けている利息分の税金に比べれば、極めて小さな額ではあるが、それでも工夫しなければならないのは確かである。
正直に申告すれば、礼金を渡してくれた依頼者その他にも迷惑がかかる恐れがあるからである。
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