第50話 モニカの失踪(2)
by Sakura-shougen
そうして更に異例なことにサムエルも会議に招請されたのである。
会議の冒頭、国家警察主任捜査官のガーランドが苦渋の表情で言った。
「実は、リューデル警察との間では、国際捜査共助が頼めないのだ。
5年ほど前に政治犯絡みの事件でリューデル政府から正式な共助依頼があった際に、国家警察はこれを断ったことがある。
政治犯というのが複数のアフォリア上院議員と親交のあったリューデル人で、彼がアフォリアに政治亡命を求め、アフォリア政府がそれを認めたものだった。
その人物の身柄引き渡しを求めて来たものだったのだが、政府が亡命を認めたものであってアフォリアの法律違反も犯していないのに、リューデルからの要請だけで動くわけには行かなかった。
以来、リューデルの捜査機関とは絶縁状態が続いている。リューデルについては、諸君も承知しているかもしれないが、二つの犯罪マフィアが凌ぎを削っている土地柄で、警察官を含め政府役人の汚職が絶えないところだ。
モニカ、エィミー、フランソワ、クリス、シリル、ペリーの6人の女児が乗った貨物船アブリアス号が明後日にはリューデルの港に到着するのはわかっているが、今、向うに通報をすれば、間違いなく組織に漏れる。
漏れれば、モニカ達の命はないだろう。サムエル君の開けてくれたファイルには緊急の場合には全ての証拠を隠滅するようにとの指示書が入っていた。
アブリアス号の乗員は全てその傘下に入っている者だから、間違いなくモニカ達を始末するだろう。
モニカは国家公安委員会のメンバーにもつながる有力者の娘だから何としても無事に救助したいのだが、正直言って国家警察では打つ手がない。
ご出席の方で妙案があれば提案を頂きたい。
それが、今夜の特別会議の目的である。」
ぶすっとしながらライリー警部が言った。
「こいつは、どうにもいただけない話だねぇ。
じゃぁ何かい。
犯人も輸送している船も判っているのに手も足も出ないってか?」
「現状では、その通りだ。
我々、国家警察が出向いても向こうの協力は全く得られないだろう。
ましてや主権侵害で捜査活動そのものも停止される恐れが高い。
本来捜査管轄はそれぞれの国内に限られるものだ。
自国の船舶や航空機の場合は、領土の延長と捉えて捜査を行う場面もあるが、少なくとも外国の内水に入ってしまえば、例えアフォリア国籍の船であったにしても簡単には捜査活動はできないことになる。
犯人を逮捕した途端に、こっちが逮捕監禁罪にあたることになる。
当該国の司法捜査権限を持っているわけではないからね。」
「何とかリューデルの捜査当局と話をつけるわけには行かんのかねぇ。
向こうの犯罪組織に知られないようにさぁ。」
「それが、できれば、諸君を集めて相談などしない。
本当に手が出ない状態なんだ。」
明らかに場が白けていた。
サムエルがその時に発言した。
「じゃぁ、仕方が無いですね。
捜査機関が動けないのならば、民間が動くしかない。
向こうの捜査機関を動かすことはできませんが、僕らなら少なくとも調査活動はできるでしょう。
その上で、モニカ達6人の子供を何とか救出する手を考えてみましょう。
ガーランドさん。警察同士の仲は悪くても、リューデルには在リューデルのアフォリア大使館がありましたよね。
恐れ入りますが、大使館に事前に通報だけしていただけますか?
サムエル・シュレイダーとシンディ・ベイリーの二人が、内偵調査のためにリューデルに向かうと伝えて下さい。
必ずしも事件の中身は伝えなくても結構ですが、何かの折には外交支援をお願いするとだけ言っていただければ結構です。
6人を救助できたら直ちに大使館に逃げ込みますので。」
「何か成算はあるのかね?」
「成算なんかありませんよ。
ですが、このまま指をくわえて見ていたらモニカを始め、幼い子供が幼児売春組織に売られてしまうことになる。
既に売られてしまった子供はともかく、今まさに犠牲になりそうな子供を何とかしたいだけです。
そうして何とかするには現地に行ってみるしかありません。
その上で何ができるかを判断するだけです。」
「すまん。
君には迷惑をかけるが、君に頼るしかない。
アフォリアで我々ができることは何でもするから言ってくれ。」
「そうですね。
さしずめ、今回の事件については一切を報道機関には伏せておいて下さい。
国内には、今回の6名以外にも末端組織がいそうです。
例のデータファイルにそれらしき情報もありますので引き続き分析と内偵調査をお願いします。
仮に犯人を逮捕できるような証拠があっても、ここ72時間は動かないで下さい。
無論、目の前で誘拐されるのを黙って見ていろと言うのではありません。
現行犯なら逮捕していただいて結構。
但し、どんな場合でも広報はできるだけ控えて欲しいのです。
組織がナーバスになれば、誘拐された子供たちの命さえ危ないことになる。
72時間待っていただければ、モニカ達を救出できたかどうか判明している筈です。
仮にそれまでに何もできなければ、モニカ達は幼女売春に売られているでしょう。」
サムエルはすぐにシンディと連絡を取った。
当日深夜の航空機でリューデルに飛ぶのである。
幸いリューデル行きの航空機は席が空いていた。
ディックとダニエルを連れて行かないのは、事務所の他の仕事を頼むためでもあったし、シンディの様にテレパスの者を連れて行った方が何かと都合が良かったからである。
少なくともリューデルに潜む犯罪組織に感づかれてはならないし、汚職が蔓延しているリューデルでは女性を連れて行った方が官憲を抱き込むにしても都合が良いのである。
無論シンディを人身御供にするつもりは全くない。
日付を遡るコースで航空機はリューデルに向かった。
キレイン国際空港を発ったのは午後11時半であるが、リューデル国際空港に到着したのは同じ日付の早朝であった。
リューデルは日付変更線の向こう側に有ったのである。
アブリアス号がリューデル随一の港町ボラハン港に到着するのはその日の夕刻であり、荷役は行われず、翌日に着岸して荷役を行う予定だった。
船員たちの様子を探ると、彼らは予定通り翌日の着岸時に誘拐した女児達を降ろすべく、コンテナに細工を始めていた。
仮に夜陰に乗じて女児達を降ろすならば、サムエルは強硬策を取るつもりの様だったが、その動きはなさそうである。
二人は航空機の中で概ね6時間を費やし、綿密な計画を立てていた。
無論テレパシーを使っての協議であり、余人に気付かれる心配はなかった。
リューデル国際空港を出て、車で移動し、ボラハン港の一角にあるホテルに入ったのは午前10時の事である。
赤道に近いリューデルは初冬とは言っても気温は30度を超える。
シンディとサムエルは早速に夏服を近くの商店街で買いそろえた。
精々三日分もあればいい筈である。
アフォリアとの連絡は例によって厳重なパスワードで保護されたeメールである。
取り敢えず雇い主のクラークにはリューデル到着を知らせてある。
クラークには国家警察のガーランドから現状の説明をさせておいた。
報道管制の必要性、秘密裏に動かねばならない理由、それにもましてリューデルの警察に依頼のできない理由を原因者である国家警察から説明させるのが一番適役だったからである。
サムエルが説明をしたところで国家間の悶着に何ら関わりのないオハラ夫妻には到底受け入れられない話であった筈だ。
クラークからは全てを一任するので娘の救出を頼むとメールで返事が返ってきた。
午後になってサムエルとシンディが訪れたのは、ボラハン港の税関事務所である。
税関長に面会を求め、盗難に有った品物を探したいので、翌日の検査に立ち会わせてほしいと申し入れたのである。
税関長は民間人を立ち合わせることはできないと最初は杓子定規に突っぱねたが、サムエルがカバンから札束をどんとテーブルにおいて、相応の礼はすると言うと途端に対応を変えた。
「まぁ、特例として認めて上げることもできないわけではないが・・・。
検査に行く職員にもなにがしかのメリットが無いと職員がうんと言わないだろう。
そちらの方は、何とかできるかね?」
「ええ、勿論、ご一緒する班長さんを含め、同道していただく方には当然特別手当をお支払いします。
こちらの都合で御無理を聞いていただくわけですから。
仮に目当ての品物が見つけられなくても当方は文句を言いませんが、三つのコンテナだけは解放検査を行って品物の確認をお願いしたいのですができましょうか?」
「コンテナの解放検査?
まぁできないわけではない。
月に30個ほどは抜き打ちの解放検査をしているからね。
それにしても3個か・・・。
まあ、・・・・いいでしょう。
ここ1週間ほどはコンテナの検査もしていなかった。
明日の班長には貴方が指定するコンテナ3個の解放検査をさせましょう。」
「宜しくお願いします。
但し、明日の解放検査の件はどうかご内密に。
漏れると私どもの目当ての物が隠される可能性もございます。」
「ほう、それほど高価な品物かね。」
「まぁ、ある意味家宝の様なものですから大概の方には無価値か、場合によっては置き場所にも困る面倒な代物でしょう。
但し、本来の持ち主にとっては何物にも代えがたいものです。」
「なるほど、そういうこともあるか・・・。
わかった。
では明日9時までに来てもらえるかね。」
「申し訳ございません。
荷役は9時から始まるものもありそうですので、8時集合、8時半から開放検査ができるようにお願いしたいのです。」
そう言って、サムエルはさらに札束を追加した。
税関長はニヤリと笑って言った。
「全て承知した。
明日来た時に班長と班員に引き合わせよう。
総勢で、・・・20名ほどにもなるかもしれない。」
「了解しました。
特別手当を20名分用意しておきましょう。
お一人当たり、2000カレットほどで宜しいでしょうか?
班長さんは倍額、副班長さんは5割増しということで。」
「うん、それだけ用意してもらえれば十分だ。
君の指示通り全員が動く筈だ。」
「では、何分宜しく。」
サムエルとシンディは、税関事務所を立ち去った。
税関長に渡した額は5万カレット、アフォリアでは5千レムルほどになるが、税関長の年収の倍額ほどの価値を持つ筈である。
他の税関職員に手渡す金もおそらくは数カ月分の月給をはるかに超える額になる筈である。
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