第49話 モニカの失踪(1)
by Sakura-shougen
レグナン子爵邸で舞踏の最初の練習が行われたその翌日、舞踏会まで2週間足らずというコナムの終業間際に、クラーク・オハラとシャーリー・オハラという夫妻が事務所を訪ねて来た。
9歳の娘モニカが消息を絶っていると言うのである。
その前日、モニカは普段通りに学校へ行ったのであるが、帰宅時間になっても家に戻らないので、通学路をシャーリーがメイドと一緒に学校まで歩いて行ったのだが、何処にも姿は見えなかった。
学校ではいつも通りに帰ったと言う話しか聞けなかった。
日が暮れても戻らないモニカを案じて、シャーリーはクラークに連絡する一方で警察に捜索願を出したのである。
クラーク・オハラは製薬会社の社長であり、警察の後援会である警友会副会長をしていたため、すぐに警察が動いた。
その結果、モニカの同級生の一人が、モニカが下校途中でバンタイプの車に載せられたのを目撃していたことがわかった。
時間は午後三時半過ぎ、学校を出て間もなくのことであるらしい。
特段に無理やり連れ去られたような雰囲気ではなかったようだが、その直後からモニカの消息がわからないのである。
警察署縁の著名人の子供であり、クラークが相応の資産家であることから誘拐の可能性もあるとして、大規模な走査線を張っているらしいが、今のところ何の手がかりもなく、また、誘拐犯からの連絡もない。
消息を絶ってから24時間が過ぎて、未だに何の手がかりも得られず、犯人からの要求も無いとなれば、あるいは殺害されているのではと二人は心配していた。
たまたま二人を気遣った知り合いからサムエル探偵事務所の評判を聞いて、藁をも掴む思いで来たようである。
二人はおそらく一睡もしていないのであろう。
眼窩がくぼみ、隈ができている。
サムエルは、モニカの写真を拝借し、捜索の仕事を請け負った。
夫妻が帰って行くとすぐに、サムエルからの指示を受け、ダニエルが警察情報の確認に走り、ディックは裏社会の情報屋に連絡を取り始めた。
カレンが時間になっても帰ろうとしないのだが、サムエルはカレンを説得して帰した。
カレンが必要な時は呼び出すと言う約束をすると、カレンは未練がましい目つきで帰っていった。
「シンディ、君はこっちへ来てくれ。」
そう言われ、普段サムエルがいる部屋に行く。
サムエルの机の前に行くとすぐにサムエルから交信があった。
『シンディ、広範囲の捜索を今からやるので君も手伝ってくれ。
少なくとも、モニカはキレイン市内には居ない。
どこかへ運ばれたか或いは亡くなっているかだ。
僕一人でもできるんだが、君も一緒の方が多分早いだろう。』
『何をすればいい。』
『そうだな。このままテレパスでくっついて居ればいい。そのことが推進力にな る。
長くかかるかもしれないから、椅子に座っていた方がいい。』
そう言われて椅子の方へ動き出した時には、サムエルの思考が動きだしたことに気付いた。
膨大な人数の思念をものすごい速度で仕分けている。
モニカを知っている人間を、この事務所を中心に同心円状に捜索しているのだ。
単に道端であって知っているだけの人もいるし、家族に親戚、それに友人もいる。
それらを一つずつ調べているのだが、これが途轍もない速さなのである。
同心円を徐々に広げて、キレイン郊外でやっと手掛かりを得た。
キレインに巣食う犯罪シンジケートの一翼で、クラカウ団というのがある。
その組織の一部が人身売買に手を出しているのである。
人身売買も国内ならばすぐに脚がつく。
だが、国外に売り飛ばせば滅多なことでは捕まらないのである。
その犯罪に携わった男達は全部で6人。
内4人は、誘拐した子供6人を載せた船で川を下っており、間もなく海に差し掛かる筈だとその男は考えていた。
男の名は、ハドリック・バウアー、その相棒は、ジェイスン・コロネル。
川には非常線はない。
警察に川を受け持つ所轄署が無いのである。
キレインから海に流れる川は、プラトゥ川だけであり、大河の範疇に入らない川である。
水深も浅く大きな船は通れないことから、所謂モーターボート程度しか走れない場所なのである。
そのために警察の盲点にもなっていた。
昨夜の日没時点で彼らは動き出したようである。
仮にその時点で警察が陸上の様に検問を掛けていればあるいはモニカを含めた6人の子供たちは無事に保護されたかもしれない。
モニカ達は、沖で待つ船に載せられて、遠路はるばる赤道近くのリューデルに運ばれるのである。
リューデルには、人身売買の元締めがいて、そこで子供たちが色々な場所に売られてゆくのである。
無論、本人の意思など無関係である。
稀に子の無い夫婦のところに売られるような場合もあるらしいが、その場合は乳飲み子が原則である。
しかしながら乳飲み子は扱いにくいので余程の事が無ければ手を出さない。
子供たちの販売先はそのほとんどが幼児売春の組織であった。
放置すれば、モニカ達6人もそうなる運命である。
サムエルの思念が急速に東へと向かった。
そうして間もなく怯える子供たちと四人の男達の思念を捕まえた。
間違いなく、モニカがその中にいた。
モニカ達は暗い中を船に引き上げられる途中であった。
周囲に船影はない。
船はアブリアス号という1800立方リムほどの古い貨物船であり、リューデルとアフォリアとの航路をメインに動く不定期船であるらしい。
船長以下14名が乗り組んでいるが全員が人身売買組織の構成員である。
彼らは子供たちを商品としか見ていはいない。
子供たちを商品として大事にするが、それ以上の何の感慨も持ってはいないし、万一事が露見しそうな場合は、子供たちの口を封じる役目も持っているのである。
アブリアス号の予定は、3日後リューデルの港に到着、翌日には貨物と一緒に子供達を陸揚げする予定にしている。
そのための半分ほどしか荷が入っていないコンテナも特別に用意されている。
コンテナの中には隙間を開けて子供たちが入れられるような箱があり、その上に荷を積めば仮に開けられても、荷を全部降ろさない限りは知られないようになっていた。
其処まで、確認してサムエルは捜索を止めた。
『サム・・・。どうするの?
このまま放置したら、子供たちがかわいそうよ。』
『ふむ、何とかしなければね。
猶予は4日しかないけれど、それだけあれば何とかなるだろう。
ディックたちが何か掴んでくれれば表だって動けるけれどね
さもなければ・・・。』
『さもなければ、どうするの?』
『怪傑アラゴの登場かな?』
『アラゴって?
あの、子供向けDVドラマの?』
『そう、どこの誰だか知らない奴だけれど、正義の使者と言う奴だ。
ただ、その必要はないかもしれないな。
ディックが今いい線を追いかけている。
明日には何か掴めるかもしれない。
結論は、それまで待とう。
一応その間にネットの中もちょっと探してみるけれどね。』
「よし、シンディ、今日は帰っていいよ。
手掛かりが得られるまで、当座何もすることはない。」
「帰れって、言われたって・・・。」
「いや、帰って十分英気を養っておくのも大事だ。
オハラ夫妻みたいに二人ともばててしまったんじゃ、肝心な時に動けないだろ う。
だから、帰れる時に帰っておくことだ。」
シンディは不承不承ながらもその言葉に従わざるを得なかった。
既にサムエルはモニカの居所は掴んでいる。
彼の能力を持ってすれば、助けるつもりならいつでも助けられる。
但し、その能力を使わずに情報を得て動くことが肝要なのだ。
アフォリアに残る6名の悪人どもも全て把握しているし、サムエルがその男達の動きを追っているのも先ほどリンクした時にわかった。
全く驚くばかりの能力である。
一方で広範囲の捜索をしながら、その心の片隅では常に男6人の動きを正確に掴んでいるのである。
まるで監視カメラで6つ、・・・。
いやそれ以上のカメラを使ってモニターで常に監視しているようなものだ。
あの男達は絶対に逃げられない。
そう思うと、シンディは何となくほっとした。
サムエルはモニカや他の子供たちを見捨てているわけではないのだから。
後、三日か四日で何とか決着がつく筈だ。
シンディは帰路に着きながらそう考えていた。
◇◇◇◇
翌日午後にディックが手掛かりを得た。
彼の持つ情報網の中に幼児を誘拐して暴利を貪る連中がいることを掴んだのだ。
すぐにサムエルを含めて三人の男達が動きだした。
シンディとカレンは留守番である。
そうして夜半過ぎ決定的な証拠を掴んで、三人は組織のアジト近くに張り込んでいた。
既にキレイン中央警察と国家警察キレイン支部には通報済みである。
間もなく覆面パトカーに乗った捜査官が大挙して集合した。
目的の場所はキレイン市内の下町にある賃貸住宅の一角である。
サムエル達は逃走経路の一つである非常階段に二人の警官と共に残った。
警官と捜査官のチームがアジトのある4階に踏み込んだのはそれから10分後のことである。
2人の男達が中におり、一人は踏み込んだ途端にベランダから非常階段を使って逃走しようとした。
今一人は拳銃を手に持ったところを6人の警官と捜査官から雨霰のように銃弾を浴びせられ、ハチの巣になって即死した。
非常階段から逃げようとした男は、呆気なく捕まった。
地上に脚が付いた途端、サムエルに殴り倒されて気絶したのである。
3LDKの部屋の中には、8歳の女児一人がベッドの柱に結わえられていた。
その日の午後に誘拐されたばかりの女児であり、あと数人を誘拐してから別の便でリューデルに送る予定だったのだ。
他の四人は、目下、そのための下工作でキレイン郊外にある住宅地に潜入している最中である。
彼らに逃走されては元も子もない。
警察も国家警察も厳重な秘密保持を行った。
その上で住宅にあった証拠物品を押収、その解析に入っていた。
サムエルが捕まえた男は簡単に自供を始めた。
但し、今回の女児誘拐の一件と他の4人の行く先だけであり、余罪については頑として口を割らなかった。
直ちに緊急手配がなされ、四人の男達は警察の手中に入ったのである。
但し、その内二人は抵抗したので銃で撃たれ一人は死亡、もう一人は意識不明の重体である。
その重傷者が主犯格のジム・デブリであった。
死んだ男と意識不明の男からは何も聞けない。
生き残った三人の男は共に余罪の一切を語らない。
今の段階では8歳の女児レベッカ誘拐の罪だけであり、身代金の要求もしていないことから単純誘拐の罪にしかならない。
微罪ではないものの、これだけならば初犯で懲役3年、前科があっても懲役5年止まりであろう。
中央警察も国家警察もモニカの失踪に何らかの関わりがあるとみてはいるが肝心の証拠がなければどうにもならない。
賃貸住宅から残された遺留品その他からはモニカにつながる証拠は何も得られなかったが、ノートパソコンにあるデータファイルだけがどうしても見ることができなかった。
高度のパスワードで保護されているらしい。
内部ファイルはスクランブルが掛けられており、無理に覗いても意味の無い文字しか出て来ないのである。
国家警察も中央警察もこれにはお手上げだったが、翌日夕刻にはサムエルが協力を申し出た。
物は試しと国家警察の科学捜査班主任がサムエルにノートパソコンを預けると、10分もしない内にデータファイルのパスワードを解き、ファイルを覗くことに成功したのである。
科学捜査班にはパソコンの高度な知識を持ったチームがいるのだが、その連中が半日かけても手も足も出なかったものを、僅かに10分足らずで解読するのを目の当たりにした捜査官は流石に脱帽した。
そのデータには過去に誘拐した幼児達の写真や搬送に当たった船舶の名前など多数の関連情報が入っていた。
正しく宝の山である。
モニカの写真も出て来たし、その搬送に当たっている船も特定できた。
その夜午後9時からキレイン中央警察と国家警察キレイン支部の合同捜査会議が開かれた。
今後の捜査方針を決めるためであるが、極めて異例なことであった。
普通、国家警察はこうした外国に跨るような事件では地方警察を交えることはしないのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます