第53話 王宮舞踏会(2)

                    by Sakura-shougen


 第45世ハインツ・グリードマン国王陛下が親しくケント・レグナン子爵に声をかけた。


 「 ケント・レグナン子爵、それにカテリーナ子爵夫人、本日はよう参られた。

   レグナン子爵家は、ここ120年ほどの間、舞踏会の出席を遠慮していたと聞

  いている。

   この度、子爵並びに夫人が揃って出席するは、朕にとっても真に嬉しき限りな

  れど、これまで何か事情があったのであろうや。

   差し支えなくば聞かしてはくれぬかな?」


 ケント子爵は、当然に尋ねられるものと予期していた。

 臣従の礼をとったまま返事をした。


 「 恐れながら申し上げまする。

   身内の恥を申すこと汗顔の至りにございまするが、恐れ多くも270年前のジャ

  ナール国王陛下の御代、ベイリックとの戦役における当家の祖先フレデリック・

  レグナンが功績を愛でられ、私が身につける宝剣と妻カテリーナが身につけおり

  まする宝玉を国王陛下から賜り、同時に子爵を拝命いたしたのがレグナン子爵の

  始祖にございます。

   この宝剣と宝玉は、長く我が子爵家に引き継がれ、代々の子爵夫婦が身につけ

  て舞踏会に参列の栄誉を賜るのが伝統にございました。

   しかしながら、我が祖先に当たるデリラ・レグナン夫人の逝去に際し、本来引

  き継ぐべき次代のユリア夫人に引き継ぐ間もなく急逝いたしました。

   我が家の家宝でもあるフレナスの宝玉の在りかを知るは、デリラのみであった

  ため、以来その所在が不明となったのです。

   それが120年前のことにございました。

   フレナスの宝玉は、決して盗難に遭ったり、紛失したわけではございませぬ

  が、レグナン家の屋敷に有ることはわかっていても代々の夫人の手の届かぬとこ

  ろにあり、以後レグナン家の妻となった者がその所在を探すのが勤めになりまし

  た。

   また一方で、舞踏会に夫婦そろって出席する際に必ず宝剣と宝玉をそれぞれが

  身につけて参ずるのも我が家の仕来り、故に120年前にデリラ亡きあと、ユリア

  がその宝玉を身につけることができなければ、真に不本意ながら舞踏会の招待を

  辞退するも止むを得ず、以来120年の長きに渡り、舞踏会の招待を辞退したわけ

  にございます。

   レグナン家は、ロスカウリン街にあって代々その屋敷を継いでまいりました

  が、建造以来300年を経て、いよいよ邸の維持も難しくなり、私の代にて新た

  に、隣り合ったブルマン街に邸を求めました。

   しかしながら、フレナスの宝玉の所在も知らずに旧邸を取り壊すわけにも行か

  ず、苦慮していた次第にございます。

   私の母テス・レグナンは、急逝したデリラから数えて5代目に当たります。

   母は旧邸に未練を残し、またフレナスの宝玉の所在が不明のまま放置すること

  を憂い、一族の掟を破って、ここに随伴するサムエル・シュレイダー卿に宝玉の

  所在捜索を依頼したのでございます。

   サムエル卿は市内にて探偵事務所を開いている者にございます。

   宝玉に関わる手掛かりの伝承は、たった一つのリズメル4行詩のみにございま

  した。

  『 レナスに近き処トゥベルの鐘鳴りし

    サディに二つ、ラトゥに三つ、人形は踊り

    光無き場所に光あり

    御代の徴、輝きを取り戻すべし』

   これだけでは何の手がかりにもならず、120年の長きに渡り、その手掛かりを

  元に代々の夫人が長き時間を費やして、懸命に探してもその所在が判らぬのに、

  探偵に依頼したとてその所在がわかるとは到底思えぬところでございましたが、

  何と、サムエル卿は、依頼を受けた翌日には旧レグナン邸を訪れ、邸内を数時間

  かけて歩いて回り、僅かに半日でリズメル4行詩に隠された意味を見出し、代々

  のレグナン夫人寝室にあった秘密の隠し棚を見つけ、わが母の手に120年振りに

  フレナスの宝玉をもたらしたのです。

   先般、フレナスの宝玉は、わが母から我が妻カテリーナに無事引き継がれ、而

  して私の代になり、斯様に二人揃っての拝謁の栄誉を賜ることができました。

   全ては、サムエル卿のお陰であり、わが母とも相談し、どのようなお礼にいた

  せばよいかと思案いたしました。

   また、こ度の舞踏会の招待を御受けするに当たり、随伴者については我が身内

  から選ぶが伝統に適うものにございますが、生憎と我が子は未だ幼く舞踏会に出

  席できる年齢には至っておりませぬ。

   また、レグナンの血を引く親族にも適切な者は見当たらず、同伴者無しとすべ

  きかとも考えましたが、王宮の儀典侍従にお問い合わせ申し上げたところ、確か

  に招待者の子息等身内の者を同伴する例は富に多いものの、正式には身内に限っ

  てはいないので、招待者の随伴者については招待者がその出自及び人格について

  責任を負う限り、どなたでも差し支えないとの御返事を頂き、此度の120年振り

  の晴れの舞踏会出席に際してサムエル卿とその親しき友人であるシンディ嬢に随

  伴をお願いしたところ快く了解を頂いたところにございました。」


 「 ほう、なるほど、その様な事情があったとはのぉ。

   したが、先ほど言われたリズメル4行詩については、朕にもその意味が毛頭判

  らぬが隠された暗号であったのか?」


 「 はい、確かに暗号にござりました。

   それも古カナラム語と先住民の古代語により隠された暗号にござります。

   家の様子を知る者でなければ到底に知ることのできぬ、示唆を含み、なおかつ

  代々の妻でなければ気付かぬ場所に隠し戸棚があり、その中に120年もの長きに

  渡り人知れず保管されておりました。」


 「 何と、古カナラム語とな。

   確か古カナリアム地方の言葉と聞いたことがあるが、既に滅びた言語、学者な

  らばともかく、・・・。

   サムエルとやら、そなたカナラム語を解することができるのか?

   また、今一つ先住民の言葉をも解するのか?」


 「 陛下のご下問なれば、サムエル殿、お手前が返答なさるが宜しい。」


 「 恐れ多くも、陛下の御下問、更には我が後見人たる子爵の御言葉もありました

  ので、直答をお許し下さい。

   されば、古カナラム語及び先住民の言葉については多少の知識がございます。

   在学中、興味を持ってアフォリア各地の種々の古代語をいくばくかは探求いた

  しました。

   たまたまその知識が子爵家の四行詩にうまく役立ったのでございます。」


 「 ふむ、知識とはいずこで役立つか判らぬものよのう。

   それにしても、レグナン子爵の母君は良き探偵を雇ったものじゃ。

   左程に知識に溢れる者を朕は知らぬ。

   子爵の母君はそのことを知って依頼したのか?」


 「 いえ、我が母はそのような知識を持った探偵とは露知らず依頼したと聞き及び

  ます。

   ただ、幾多の依頼に真摯に対応する探偵であって、受けた依頼は確実にこなす

  という評判を頼りに事務所へ出向いたとか。

   真に良き縁にございました。」


 「 ふむ、なるほどのぉ。」

   傍にいた王妃殿下が口を開いた。


 「 陛下、私からもこの若き探偵殿に確かめたきことがござります。

   口を挟んで宜しゅうございましょうか?」


 「 妃、何を遠慮することがあろうか。

   なんなりと尋ねなさい。

   こは朕のみが謁見する場に有らず、そなたもその女主人(ホステス)なれば宜し

  きように。」


 「 有りがたきお言葉。

   謹んで御礼申し上げます。

   サムエル卿に尋ねる前に、カテリーナ子爵夫人、私からも初の舞踏会参賀に心

  よりお祝いを申し上げます。

   レグナン子爵夫妻の念願の舞踏会参賀真におめでとうございます。

   そうして夫人の衣装に、その宝玉はとてもお似合いにございます。

   流石は、古の国王拝領の品と私も感服しております。

   これを機に、どうぞ、末永く宝玉を守り、また、我が王家との誼を深めていた

  だければと願っております。」


 カテリーナ子爵夫人は、涙をにじませ、感激にふるえながら言上した。


 「 私ごときにもったいないお言葉、身に余る光栄にございます。

   王妃殿下の御言葉、我が身に替えて守り、また次代の者に受け継いで参る所存

  にございます。」


 王妃殿下は頷き、カテリーナ子爵夫人に笑みを返した。


 「 さて、サムエル卿、そなたのその男振りと気品ある顔立ち、わらわは見覚えが

  あります。

   1年ほど前になるかと思いますが、宰相に願って市井の料理人が造った食事を

  見事な演奏とともに楽しんだことがあります。

   確か店の名はベルリューサイト。

   そうして見事な演奏を聞かせてくれたは、弦楽四重奏の四人でありました。

   後に宰相が教えてくれたのじゃが、その内の三人までが世界的にも高名な演奏

  家であったと言う。

   そうして、今一人名の知れぬ一人の若き天才音楽家がその中に混じって演奏を

  してくれたと聞きました。

   そもそも、ベルリューサイトは音楽を楽しみながら食事をも楽しむ場所なが

  ら、たまたまわらわが無理を言って出向いた折は、店の専属の演奏家たちが急病

  で演奏ができない状態に有ったそうな。

   そこへわらわが訪れるとの先触れで、店の者は大層に慌てたと聞き及んでおり

  ます。

   それを聞き知った若き無名の演奏家が知人の3名の演奏家と共にわらわがため

  に特別に演奏をしてくれたと聞いたのです。

   忘れもせぬ、その若き無名の演奏家がそなたであった筈。

   違うかぇ?」


 「 賢き王妃殿下に申し上げます。

   王妃殿下の仰せの通り、1年ほど前、王妃殿下の御前で知人とともに拙き演奏

  をお聞かせしは、確かに私にございます。しかし、ただ一度の逢瀬にございまし

  た故、まさか、王妃殿下が私の顔を覚えておられるとは思いませんでした。」


 「 ほほほっ、私も左程に物覚えは良い方ではありません。

   なれど、そなたのような良い男振りと品格を併せ持つ男なれば、記憶に残りま

  す。

   ましてや、あれほど見事な演奏をしてくれた者です。

   さぞや、高名な音楽家になっているのであろうと思いきや、何と探偵になって

  おるとのこと。

   何故に音楽の道に進まなかったのですか?」


 「 王妃殿下の仰せながら、音楽の道は私にとって道楽にございますゆえ、それを

  持って自らの生きる術とはしたくございませんでした。

   それゆえ、困っている方々の助けにならんことをと考え、探偵の仕事をはじめ

  たのでございます。」


 「 さようか。そなたなれば、音楽の世界でもきっと名をなしたであろうにのう。

   で、探偵の仕事では、困った者を助けてやれているのですか?」


 「 はい、微力ながら私のできる範囲で、助力しております。」

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