第29話 ウルシの友達
by Sakura-shougen
二人は立ち上がり、サムエルは自分の机に、シンディは受付のところに行った。
途端にカレンに聞かれた。
「 ねぇねぇ、シンディ先輩、所長と何を話していたんですか。
別に御小言を貰っていた風でもないようだけれど、随分と話しこんでいたでし
ょう。」
サムエルの言う通りだった。
「 あら、ずっと見てたの。」
「 ええ、二時間近く、来客も無かったし、手持ちの仕事も無かったから。
暇つぶしにずっとモニター眺めていました。」
「 あらまぁ、事務所の中で探偵ごっこは止めてよね。
それに、そろそろ、終わりの時間でしょう?」
「 ええ、でも後10分ほどありますよ。
尤も、もう御客も無いでしょうけれどね。
先輩、休みの日はどうしているんですか?」
「 休みの日?
うーん、家でのんびりしていることが多いかな。」
「 明日、一緒にバーゲンセールでも覗きに行きません?
ショルトモールで明日はバーゲンセールなんですよ。
冬物を買おうかなと思ってるんですけど、先輩が一緒に行ってくれると、何と
なく心強いかなと思って・・・。」
「 うーん、それは残念。
明日は一日予約が入ってます。
だから別の機会に声をかけてね。」
「 あれーっ、ひょっとしてデートですか?
ねぇねぇ、一体誰なんですか?
お相手は。」
「 今のところは内緒。
じゃ、5時になったらドアを閉めて閉店のマークを出して置いてね。
私は席に戻って残りの仕事を済ませます。」
確かにサムエルの言う通り、カレンはずっと遮音室の様子を見ていたらしい。
カレンのいる受付は、防犯カメラから僅かに死角になっている。
カウンターテーブルの一部は見えるが受付の椅子までは見えないのである。
従って、遮音室に有るモニターからも見ることはできないはずである。
なのに、カレンが覗いていることをどうしてサムエルが知り得たのかが不思議だった。
或いは若い女の子の心理状態を知っているサムエルが当てずっぽに言った言葉がたまたま当たっていたのかもしれない。
いずれにしろ、明日にはそのことに付いて白黒が判明する。
ただ、サムエルが言っていたシンディも超能力者だと言う言葉が気がかりだった。
少なくとも自分にはそんな自覚は全くないのだから、間違いとしか言いようがない。
でも、それがもとで嫌われたらどうしようという気持ちも多分に有った。
何となく、もやもやと鬱屈した気分のまま仕事を終えて、その日は家に戻ったのである。
翌日、10時少し前にサムエルは自家用車で迎えに来た。
アウスディル社の最新鋭スポーツカーであった。
シンディは動きやすい服装にして、寒くなった時の用意にハーフコートと傘を用意していた。
サムエルの予言にもかかわらず、キレインを含め広範囲に降雨の予報が出ていたからである。
雨はまだ降っていないが、既に、カリン街の上空は厚く雨雲が垂れこめていた。
アウスディルVR185型スポーツカー、一応4シートだが後部座席は非常に狭く、子供ならば乗れても大人が座るには狭すぎるシートしか付いていない。
勢い、後部座席は荷物置き場になるしかない。
シンディは、ハーフコートと傘それにハンドバックを後部座席に入れて、助手席に座った。
隣のサムエルが尋ねた。
「 女王様、今日はどちらの方向へ参りますか?」
「 そうね。この雨雲が切れるぐらいまで遠くに行こうかしら。
天気は西から悪くなるんでしょう。
だから東かしら?」
「 東だと、2時間ほどインターハイウェイを走れば、少しは雲も薄くなるけれど
晴れ間は無いでしょうね。
晴れ間を見つけるんなら・・・・。
北に1時間半ほど走れば、少しは晴れ間が有るよ。
尤も、今からスタートして、到着が1時間半後、それから2時間もしないうち
に晴れ間も無くなるけれどね。」
「 そう、・・・じゃぁ。
残ったのは南ね。南に向かって頂戴。
適当に走っている途中でどこかいい場所を見つけましょう。」
「 南ね。
わかりました。
インターハイウェイを走りますけれど宜しいでしょうか?」
「 はい、結構ですよ。
運転手さん。」
「 やれやれ、所長から運転手に格下げだい。」
「 あら、サムが言いだしたんでしょう。
女王様だなんて。」
「 へいへい、申し訳ありやせん。
お嬢様。」
「 あら、今度は私が女王様からお嬢さんに格下げだわ。」
「 うん、やっぱり女王様がいい?」
「 いいえ、シンディと呼ばれた方が、気が楽だわ。」
「 そうだね。
シンディ、南へ下がるんだったらそのハーフコートは正解かもしれないな。
ハムル峠の当たりでは雪になるかもしれないからね。」
「 えぇっ、まさか、南に下がって雪になるの?」
「 うん、ちょっと特殊な気圧配置でね。
南側は特に少し荒れ気味の天気になる。平地では雨は降らずに風が強くなるん
だ。
その風の性で雨雲が山脈にぶつかると上昇気流で急激に温度が下がって、山間
部では一部雪になる。
天気予報のお嬢さんも今までのところ其処までの情報は持ち合わせていないだ
ろう。
後1時間もすれは緊急注意報が出るんじゃないかな。
それまでにハムル峠を越えていれば問題ないだろうけれど・・・。
少し飛ばすよ。」
丁度中心街を通るインターハイウェイの入り口から本線に入りこんだところである。
そう言うとサムエルはアクセルを踏み込んだ。
たちまち制限速度の150ミロンを超える速度でスポーツカーは走りだした。
未だキレインの中心街に近い場所であり、郊外ならばともかく、スピード違反の取り締まりも盛んな地域なのだが、サムエルは意に介していないようだった。
「 サム、飛ばし過ぎると捕まるわよ。」
「 うん、大丈夫。警察が取り締まりをしているところでは速度を落とすから。」
そう言いつつも全然速度を落とそうとはしていない。
既に時速180ミロンを超えている。
だが20分ほどその速力で走っている内に一気に速力を落した。
何故か140ミロンまで速力を落としている。
後ろから付いて来ていた同じようなスポーツカーが一気に追い抜いて行った。
だがそれから5分もしないうちに、追い越して行ったスポーツカー二台が警察の取り締まりにあって捕まっていたのが道路わきに見えた。
其処を通りすぎて5分もしないうちに、またサムエルは、時速180ミロン超で走り出したのである。
その後も二回速力を落したがいずれもその先で警察の取り締まりが行われていた。
ハムル峠に差し掛かったのは、出発してから1時間弱であったが、既に雪はうっすらと降り始めていた。
其処を、速力をゆるめずに一気に走りぬけて行った。
ハムル峠を過ぎると降雪は無かった。
晴れ間はないが厚い雲ではなくなっている。
そうして車載DVが初めて降雪注意報を出し始めたのである。
DVの予報前に的確に気象変化を言い当てる男がいることをシンディは初めて知った。
ハムル峠までキレイン中心街から凡そ170ミロン、仮に制限速度を守っていれば未だにハムル峠には差し掛かってはいないだろう。
DVには、すでにかなりの降雪があったハムル峠付近の様子が映し出されていた。
既に峠道の一部ではスリップして立ち往生している車もある。
「 うわーっ、凄いわね。
天気予報が外れた弊害ね。
ところでウルシの御友達さん、帰りはどうするの。
あの様子じゃとても戻れないわよ。」
ウルシとは、アフォリアのある大陸に住んでいた先住民達の神様であり、天候を司る神様であったらしい。
子供向けのDVに紹介されてから現代人にも知れ渡っている名前であり、少なくともアニメでは、先住民の伝統的な衣装を身に付けたひょうきんなオジサンとして出て来るのである。
「 あの道は、今日一日無理だろうね。
明日昼頃までには雪も解けるだろうけれど・・・。
ハイウェイを乗り換えるしかないだろうねぇ。
一旦25号線で東へ廻ってから、12号線で北へ上り、それからプランクトン
辺りで2号線に乗って西へ向かうとキレイン市街になるよ。
その間の道路には多分降雪はない筈だから安心していい。
但し、随分と遠回りになって時間はかかる。
そうだな・・・。
6時間から7時間、込み合うと更に遅くなって9時間から10時間の可能性も
ある。
何せ、この3号線は南部と北部をつなぐキレインへのメインハイウェイだから
ねぇ。
ハムル峠を越えられないとなると、周辺の一般道もおそらく峠越えは難しいか
ら、勢い、遠回りの迂回路に集中するだろう。
だから、できればこれから1時間ぐらいで目的の場所を指定してくれるとあり
がたいんだけど。」
サムエルは婉曲的に今日中に辿りつけない可能性を示唆していた。
次の日も休みなのでどこかでホテルをとっても問題はないのだが、仕事以外で外泊となると、例のファッション誌のこともあり、クレイグは大丈夫としても、母がうるさく言うだろう。
「 あ、なるほどね。
じゃぁ、あと50ミロンでベルリオンのインターチェンジらしいから其処でハ
イウェイを降りましょう。
で、・・・。」
シンディは道路地図を見ながら言った。
「 うーん、139号線沿いに東へ向かってくれるかしら。
その途中でいい場所が有れば停めてもらうから。」
20分ほどで車はインターハイウェイを下りて139号線を東に向かいだした。
これまでのハイウェイと異なり、一般道であるので流石に速度を抑え気味の安全運転である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます