第19話 所員の増員と海軍の依頼

                    by Sakura-shougen


 シンディがその後輩と連絡を取ると、すぐに返事が来た。

 大乗り気で、翌日午前中には事務所の様子を見に来ると言うのである。


 その上で雇って貰うかどうか最終的に決めたいと言ってきたのである。

 その間にサムエルも二本ほど電話をかけていた。


 話の様子から、サムエルの知りあいに話を持ちかけたようだ。

 サムエルの声を掛けた二人も乗り気の様で、同じく翌日の午前中には事務所に顔を出すと言う話になったようである。


 シンディの後輩は、カレン・ロズウェル。

 中西部の田舎町出身の22歳であり、ワルデン女子大の四回生である。


 サムエルの知りあいは、一人はダニエル・オーエンスという元警察官。

 何でも非番の時に、市民に乱暴を働いていたストリート・ギャングを諌めたところナイフを持って襲いかかってきたので自衛のために殴りつけたところ、相手が倒れたはずみに路側帯の段差に頭を打ち付け、死んでしまったのである。


 正当防衛であることは確かであり、不起訴処分にはなったが、未成年の相手を死なせた責任を問われ、辞職願を書かされて失職した男である。

 正義感が強過ぎるのが仇になったようだ。


 ダニエルは26歳のカラゼル系移民の子孫である。

 アフォリアのあるグール大陸の南西沖にあるカラゼル諸島は、亜熱帯に属している。


 そこからの移民であれば、多分、短矩の容貌で、茶褐色の肌と黒髪、黒い瞳が特徴である筈である。

 もう一人は、ディック・ジョーンズという元陸軍伍長だった男である。


 陸軍では空挺師団の特殊部隊に所属しており、狙撃のプロでもある。

 10年程前に部隊内のいざこざで若い兵士が死亡事故を起こした際に、不名誉除隊となった男である。


 ディック自身はいざこざに関わりはなかったが、分隊の指導者であり、連帯責任をとらされたのである。

 ディックは真面目な男であったが、不名誉除隊という肩書が尾を引いて中々就職できず、止むを得ず、ナイトクラブで用心棒などのアルバイトをして生計を立てていた。


 サムエルとはこの事務所を設立して間もなく、街中でひょんなことから知りあいになり、裏社会にも通じているディックはサムエルの情報源にもなっていたらしい。

42歳ながら独身の様だ。

 忙しく仕事に追われながらも二人でそんな話をしていたその日の午後、海軍の制服を着た男二人が突然事務所に現れた。


 警察ならともかく、制服を着用した軍人が二人も探偵事務所を訪ねて来ると言うのは、前代未聞である。

 普通、探偵事務所には政府関係者でも私服で来る筈である。


 遮音室でサムエルが二人に応対した。

 シンディは、備え付けの水屋でお茶を用意した。


 二人の軍人は、アフォリア海軍装備局勤務のフレディ少佐とイーサン中尉であった。

 二人が持ち込んだのは探偵事務所への依頼の話では無かった。


 ウル湖で湖底に沈んでいたクルーザーを見つけた際の使用機材について確認に来たのである。

 三年前、カーマイケルの二人目の妻シェリーがクルーザーに乗ったまま消息不明になった際は、シェリーの父親が海軍となじみの深い軍需企業の社長であったことから、依頼を受けた海軍の測量船がウル湖に出動して1週間ほど最新式のソナーその他の装備で捜索を行った経緯があるのである。


 だが、海軍も、当時、何の痕跡も得ることができなかったのである。

 鉄の船ならばいざ知らず、軽量の炭素繊維系樹脂の船体でできた形の丸いクルーザーはソナーにも反応しづらく、場所を特定することができなかったのだ。


 念のため湖底も底引き漁船でさらってみたのだが、岩礁があって網が破れてしまう上に丸みを帯びた船体のクルーザーにはかすりもしなかったようである。

 それが、サムエルが僅かに半日の捜索で湖底に沈むクルーザーを探り当てた事は、海軍にとっては青天の霹靂であったらしい。


 ある意味では見えない筈のクルーザーをピンポイントで探し当てた技術は、海軍の潜水艦及び駆逐艦に利用できるのではないかと海軍では考えたようである。

 無論、情報は国家警察から流れたものであったが、海軍としては事実であればその高度な技術を何とか取り込みたいと考え、事実確認と軍事転用の可能性について調査に来たのである。

 サムエルは話を聞いて、簡単に応じた。


 「 いいですよ。海軍工廠若しくは関連の軍需企業でも宜しいですから、ご紹介下

  さい。

   私が持っているノウハウをお教えします。」


 随分と簡単に言うサムエルに、フレディ少佐は呆れかえって言った。


 「 いや、ノウハウを教えるって・・・。

   貴方、そのノウハウは莫大な利益を生むかもしれない打ち出の小槌ですぞ。

   海軍が使うとなればそれこそ値千金。

   1台の機器が最低でも10万レムルの価格で納入できるのですよ。

   それを、他の企業に譲るなんて・・・。」


 「 別に件の装置でお金儲けをしようとは思っていません。

   私がそちらの商売なり製造なりを始めてしまえば、自由な時間が無くなってし

  まうでしょう。

   ならば、他の人にノウハウを教えて、製造はそっちに任せた方がいい。

   必要なら、その上がりの一部なりとも貰えばいいのですから。」


 「 はぁーっ、なんとまぁ、随分と欲の無いお方だ。・・・・。

   宜しい。

   では、海軍に出入りしている業者から1社を選んで貴方に連絡をします。

   いずれその企業から連絡が入りますので、そちらと話をしてみてください。

   海軍としては誰が造ったにせよ実際に機器を利用できればいいのですから。

   ただ、折角ここまで伺ったのですから、海軍での利用可能性について御伺いし

  たい。

   その装備は軍事的に見て価値があるとお考えでしょうか。」


 「 うーん、そうですねぇ・・・。

   海中若しくは海底にある物体の具体的な形状を認識するという点では非常に価

  値があると思われます。

   特に、材質の違いを区別できる上に、三次元解析もある程度は可能ですから、

  高性能電子計算機と組み合わせれば精密な海底地形を画面に現すことができるで

  しょう。

   これは潜水艦のナビゲーションに大いに役立つと思います。

   それから海上戦闘艦にとって潜水艦は天敵となり得るわけですが、この装備を

  施すことで高速機動中でも海中に潜む潜水艦を容易に探り出し、また追尾できま

  す。

   この探査装置は通常のソナーと異なり、音波を使いませんので、推進機の音に

  影響されないのです。

   民生用で言えば、大陸棚のかなり深い地層までその成分を計測できる筈ですの

  で海底資源探査にも利用できる筈です。」


 「 民生用?

   いやそれは困る。

   民生用にできてしまうと軍事機密が敵対勢力に漏れることになる。

   今のところ、これはお願いだが、絶対にこの技術は外国には渡さないでいただ

  きたい。

   早急に手は打つがその間に勝手に売りに出されると国家安全保障がままならな

  くなってしまう。」


 「 早急に手を打つというのは、バーロン法による軍事機密指定の話ですか?」


 「 うむ、多分そうなると思う。」


 「 なるほど指定をすれば、軍以外のところには勝手に販売できないし、製造も軍

  の管理下で行うことになる訳ですね。

   まぁ、その辺のところは私がとやかく言うべき問題ではなさそうだ。

   いずれにしろ、少佐か中尉から連絡が入るまで、この装置のノウハウは秘密に

  しておきます。

   そちらの方も企業へ情報が漏れないよう細心の注意を払って下さい。

   軍需企業の熾烈な争いに巻き込まれるとこちらの身が危ないですからね。」


 「 その辺は我々を信用していただくしかない。

   いずれにせよ、私か中尉から連絡が行くまで一つ宜しく。

   では、私どもはこれで失礼します。」


 二人の軍人はそそくさと事務所を立ち去って言った。


 「 何だか嫌な感じねぇ。

   自分達の用だけ済んだら、慌てて帰ってゆくなんて。」


 「 仕方が無いだろうな。

   1分1秒でも早く軍事機密に指定しなければ、今の段階で僕が勝手に処分して

  しまっても彼らにしてみれば文句も言えない立場なんだから。

   まぁ、止むを得ないだろうな。」


 その日の夕刻には、フレディ少佐から電話が入った。

 海軍の出入り業者であるラズロー電子精機の技師数人が翌日の午後に、事務所に赴くと言うのである。


 技師にはフレディ少佐の紹介状を託し、なおかつイーサン中尉が同行すると言う。

 そうしてバーロン法に拠る指定は、本日中に完了する予定であり、明日の早朝からは関連の技術を政府が指定した者以外の誰かに移転する場合は、政府の許可が必用になると付け加えた。


 バーロン法の適用は事の性質上、関係者だけにしか伝えられない。

 尤も、今後全てのファイル、書類には極秘というスタンプが押され、関係者以外の者がそうしたファイルや書面を閲覧しただけでも罰せられるのである。

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