第20話 事務所の改装作業
by Sakura-shougen
いつものように翌朝8時半には、シンディが事務所を開け、8時45分にはサムエルが出社した。
朝の御茶を淹れて二人で飲んでいると、9時過ぎにはカレンが現れ、次いでディックとダニエルが相次いで現れた。
互いに自己紹介をしつつ、三人まとめて探偵事務所で行う仕事の概要をサムエルが説明した。
三人ともにサムエルの提示する条件に同意した。
その際にカレンは面白いことを言った。
「 でもどうして、こんなにいい条件で雇ってもらえるんでしょうか?
私、一応、探偵事務所も就職口の一つとして、当たって見たんですよね。
リン・サットン社は、探偵社では最大手ですけれど、そこの採用時の待遇を聞
いたら、正社員でも月に2000レムル程度なんですよね。
ベテランも新規採用者も同じ条件なんです。
ただ、歩合制とでも言うのか、仕事をすればその成果に応じて手当てが支給さ
れるらしいんですけれど、内々で聞いたら社員数が多い性もあって、手当てが貰
えるような仕事は、月に精々二、三件だけ。
逆に仕事に遅れを生じたりするとその手当てが減額されちゃうんですって。
とどのつまり、ベテランでも手取りで2500を超えることはないらしいんです。
まあ、月に2500レムル、年間で3万レムルも貰えば、一般の会社でもかなり
いい方ではあるんですけれどね。
手当てが無い状態で考えると税金やら何やら色々引かれてしまい、手取りは
1700レムルぐらいなんだそうです。
キレインでアパートを借りたら、そう程度がよくなくても月に500レムルはむ
しり取られます。
残り1200レムルじゃぁ、余り贅沢はできませんよね。
1日40レムルほどだから食べるのに困ることは無いにしても、お洒落用品を
買うまでの余裕は難しいでしょう。
だからリン・サットンに入ることは諦めたんですけれど・・・。
それなのに、この事務所ではアルバイトでも時給10レムルをくれると言う。
週に40時間以上は働けないということですけれど、それでも週に400レムル、
税金を差し引いても月に1300レムルぐらいの稼ぎにはなる。
シンディ先輩の話では、正社員になったら手取りで2250レムルは保証される
って言うし、絶対にこっちの方がいいですよ。
でも同じ仕事をしているのにどうしてそんなに違いが出るんですか?」
サムエルは苦笑しながら言った。
「 さぁて、他所の事務所の内情は知らないけれど、この事務所では仕事を選んで
することにしている。
依頼があっても状況によっては依頼を断ることもあるんだ。
別に身入りの多い仕事を選んでいるわけじゃない。
相応の事情がある場合に仕事を引き受けるようにしている。
それと所謂不正行為につながる調査や探索は行わない。
仕事を受けたらできるだけ迅速に終わらせるようにしているよ。
できるだけ効率的に仕事をすることで、一件ごとに掛ける手間が省ける。
そうすれば依頼者も助かるし、こちらも依頼の受託基本料の割合が高くなって
利益が出るんだ。
リン・サットンの様に多くの社員を抱える事務所では小回りが利かない。
依頼があれば効率が悪いとわかっていても受けざるを得ないし、事務所を沢山
抱えているだけに定常的な支出も多いだろう。
本来的に掛かった時間分の経費を貰うと言っても、何も作業をしないでいるわ
けには行かないから、当然に内部監査も厳しくしないと顧客から見れば全体的に
割高になりいずれ客が逃げてしまうことになるだろう。
人が増えるとその管理にも人が必要になるんだが、この管理する人と言うのは
生産的な仕事をするわけじゃないから、その分の経費も嵩むんだ。
必然的に料金を高めに設定し、社員の給与を低めに設定せざるを得なくなるだ
ろう。
所帯が小さいことでいい場合もあると言うことだよ。」
「 あ、なるほど、・・・・。じゃぁ、今回私たちが採用されると、人員は倍以上
に増えるわけですから給料も下がる可能性があるんですか?」
「 なるほど、シンディの言う通りだね。
君は頭の切り替えが早い人だ。
カレンの心配は尤もなことかも知れないけれど、給料が下がる心配はないよ。
仮に現状の半分の依頼受注でも君たちの給与は支払えるから、この探偵事務所
が潰れる心配は先ずない。
君たち3人に声を掛けたのは、本当に人員不足で依頼主にも迷惑をかけかねな
いからなんだ。
君たち3人であれば、人物的には僕ら二人が保証する。
ディックとダニエルは僕が、カレンについてはシンディが保証する。
シンディについては、勿論僕が保証する。
だから、ここに集まった人はそれぞれ信頼と言う絆に結ばれた仲間だ。
皆、互いに信用のおける人物だと思って欲しい。
いいかな?」
新しく加えられることになった3人はいずれも頷いた。
ディックとダニエルは、翌週から勤務を始めることになった。
それぞれのアルバイト先に迷惑をかけてもいけないので、二日程度の余裕を欲しいと申し出たからである。
結局5日後の週明けから出社と言うことになった。
事務所の方は、それまでに受入体制を整えるために準備しなければならない。
午後からはラズロー電子精機の技師たちが、イーサン中尉と事務所を訪ねて来る筈である。
時間はそうかからない筈だが、サムエルは事務所の模様替えに付いて、レイアウトの図面を提示しながら言った。
「 シンディ、この原案をもとに、業者と折衝してくれないか?
多少の変更は構わないし、細部は君の判断に任せる。
自分の部屋だと思って模様替えをしてくれ。
必要な物の調達も君の判断に任せる。
費用は、・・・。
幾らかかっても別に構わないのだけれど、やはり常識的な線があるだろうね。
概ね50万レムルまでに抑えて欲しい。」
シンディが、まとまった仕事を丸ごと預けられるのは、依頼の件だけではなく初めてのことである。
シンディは張り切って仕事に取りかかった。
午後一番でラズロー電子精機の技師3人が、イーサン中尉と共に事務所を訪れてきた。
サムエルがすぐに遮音室に入って、密談を交わしている。
密談は1時間半ほどかかったが、イーサン中尉とラズロー電子精機の人達は厳しい顔つきのままで帰って言った。
密談の間は、シンディは預けられた仕事に専念していた。
1時間半ほどの間に2度ほど問い合わせの電話があって中断を余儀なくされたものの、概ねサムエルのレイアウト変更の意図は掴めた。
サムエルが提示した案は、非常によくできていた。
依頼客が多くなったことで、実は来客の待機場所にも困っていたのだが、入口にカウンターを設けて受付の場所を設け、その前に待合所を設けている。
更には、これまで2組並べて同じところにあった応接セットを、二つの小割りの部屋に分けて、一度に二件の話を聞けるようにしている。
遮音室を入れると同時に三件までなら依頼客の話を聞けることになる。
事務用の机は、その依頼客から話を聞く応接室の前に二組、これまで書庫の予定であった場所に三組が置かれるようになっていた。
現状で置かれている物で処分しなければならない物は、観葉植物の一部、パーティションの一部、背丈の低い書架が5組、背丈の高い書架が3組になる。
観葉植物はオフィス用のリースなので契約の一部変更で済むだろう。
その分浮いた経費は、各机の上やテーブルに置く一輪ざしの花代に消えることになるが、これまで契約していたリース業者にもさほど損害を与えないようにできるだろう。
年間契約でのリースはこちらの事情で打ち切ると違約金を支払わねばならないが、契約内容の変更であれば、違約金は支払わなくてもいい。
新たに必要な物は、受付用のカウンターと二組の椅子、来客の待合所となる場所に置く椅子5脚又は6脚、三人分の机と椅子、それにレイアウトには出ていないが、調度品も必要だろう。
シンディは、サムエルに教えてもらったので、壁に掛かった絵画が一枚10万レムルほどすることを知っていた。
新進気鋭の画家の作品であり、先日休みの日に画廊でその作品を見かけたのだが、同じ大きさの絵が既に12万レムルから15万レムルに跳ね上がっていた。
サムエルが購入したのは僅かに3月ほど前の筈である。
おそらくはこれからも値が上がる絵画なのである。
シンディは何とかそれに見合う様な絵画かモニュメントを一番奥の部屋にもう一つ飾りたかった。
一つ掘り出し物があるのは有るのだが、ペアの絵画で、セット価格が35万レムルするものである。
今飾られているヴィショウスキーの絵画にも通じたところのある風景画である。
シンディはその日遅くまでかかって積算してみたが、内装の変更と種々の事務用機器・物品の購入がどんなに安く見積もっても20万レムルは掛かるのである。
そうかと言って、安物を買うとこれまであるものとのバランスを欠くことになる。
サムエルが最初に用意した物は、結構な上物なのである。
色々考えて、結局はクレイグに相談することにした。
クレイグならば、改装祝いと言う形でなにがしかの支援をしてくれるかもしれないのである。
最終的に業者に週末の二日で改装を仕上げるように依頼書を送付して、作業を切り上げた。
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