第17話 カルデラン

                    by Sakura-shougen


 次の目的地は、ウル湖から2600ミロン離れたカルデランの麓の町ヨークデルである。

 其処がカルデランの登山口でもあるからである。


 カルデランは、標高2700リムほどの山だからさほど高いわけではない。

 だが、いずれの斜面も屹立した峻嶮な山岳で、中でも東側の断崖絶壁からの登攀が最も難しいと言われている。


 垂直に近い岩肌が、山の中腹から1300リムほども連続しているのである。

 挑戦者は左程多くはないのだが、それでも転落事故が数年に一度は起きている難所である。


 ヨークデルから凡そ30ミロンほどのところにある台地までは車で行ける。

 途中のモーテルで一泊して、サムエルとシンディがその台地に到達したのは、ウル湖を発ってから二日目の午後であった。


 その日は、台地にテントを張って野営することになる。

 周辺には何カ所か野営の跡があった。


 あるいは失踪したヘレンとマリーもこの台地にテントを張ったかもしれない。

 二人はワンタッチで開くテントを二つ張った後、周辺を調べて廻った。

 太陽が山に間もなく隠れようとする頃、サムエルがあることに気付いた。


 「 シンディ。ここから向こうをみて、どこか異常を感じるところはあるかい?」


 シンディは、サムエルが指差す方向を見たが、草原と灌木が生い茂っているだけで特に異常などは感じ取れなかった。


 「 え・・・。

   別に、・・・何もおかしなところはないと思うけれど・・・。」


 「 そう?

   僕の指さす方向に灌木があるよね。その右手の方に黄色の花が咲いているでし

  ょう。

   あのあたりの草叢は他のところと違って随分と茂っていないかい?」


 「 そう言われてみればそんな感じもするけれど、日当たりとか水はけとか、ある

  いは栄養がいいとかいろいろな条件で草叢の生育も違うのじゃないの?」


 「 うん、その通りだね。

   栄養があると草叢も良く育つんだ。

   だから、あの地面の下にはひょっとすると何か栄養のあるものが埋まっている

  可能性がある。」


 シンディは思わず息をのんだ。


 「 うん?

   まさか、・・・。

   死体が埋まっているということ?」


 「 あくまで可能性の問題だけれどね。

   単なる野生の動物の死骸かもしれない。

   でも、あそこに咲いている花はここらの山で咲く花じゃない。

   もっと南のアレキス地方でよく見かける花なんだ。

   ヘレンはキレイン市内に住んでいたけれど、その友達のマリーはアレキス地方

  のベレドに住んでいた。

   無論、他の人が何らかの事情で花の種子を持ち込んだ可能性もあるけれどね。

   明日は、あの辺りを少し掘って見よう。

   もしかすると、山登りは必要が無いかもしれない。」


 「 もし仮に、・・・。

   あくまで仮によ。

   二人の死体を見つけたらどうするの?」


 「 そうだなぁ。

   仮にそうだとしたら、途中で掘り出すのを止める。

   そうして国家警察に知らせるよ。

   ウル湖の方もね。」


 アフォリアの警察組織は大きく二つの組織に分類される。

 地方公共団体が指揮する地方警察、例えばキレインの場合は、キレイン市警本部長が警察のトップだが、その任命権は市長が握っている。


 そうしてその下にキレイン中央警察署などの下部機関があるのだ。

 一方国家警察は、国家公安委員会の指揮の元に一つの組織があり、各地方に事務所がある。


 キレインにもキレイン支部の事務所があって国家警察の捜査官が常駐しているのだ。

 地方警察が地方自治体管轄に縛られるのに対して、国家警察は管轄に縛られない。


 従って二つの領域に跨る犯罪などは、主として国家警察が捜査を行うことになっている。

 仮にカーマイケルが絡む殺人事件であれば、それぞれ殺人が発生した地方警察も一応の捜査権はあるが、国家警察が出張った場合、地方警察はあくまでお手伝いとして動くことになる。


 国家警察の方が地方警察よりも権限が強く、特に明確な広域事件の場合は、地方警察の署長と雖も国家警察の捜査官に従わねばならないことになっている。

 カーマイケルに絡む一連の事件を捜査しているのも実は国家警察なのである。


 尤も何の証拠も無いことから捜査自体は殆ど休眠状態である。

 サムエルとシンディは、その日、その台地で野営したのである。


 内心シンディの残念なことにテントは二つあり、サムエルとシンディは別々のテントで寝たのである。

 翌朝、陽が昇ってから、二人はスコップで草叢を掘り始めた。


 掘り始めてから1時間ほどで、白骨の一部が露出した。

 その時点で、二人は掘り出し作業を中断した。


 後の作業は鑑識の専門家が行うべきで素人が手出しすべきではないと判断されたからである。

 サムエルはセルフォンで、国家警察キレイン支部の事務所に電話をした。


 相手はガーランド主任捜査官と言う肩書を持つ人の様で、サムエルとは顔見知りの様である。

 その日の昼前には、この地域を管轄する国家警察の捜査官2人がヘリで到着し、続いてヨークデルから二台のパトカーで4人の警察官が到着した。


 だが、彼らは現場保存だけで白骨死体の掘り出し作業には掛からなかった。

 午後3時近くになって、再度軍用ヘリコプター2機が到着、10数人の捜査官が到着した。


 その中にガーランド主任捜査官も入っていた。

 どうやら航空機を乗り継いで、キレインからやってきたようだ。


 軍用ヘリと雖もキレインから2000ミロンほど離れたカルデランまで一気に飛ぶのは難しいはずである。

 キレイン周辺の空軍基地から輸送機でヨークデル周辺の空軍基地まで移動し、そこからヘリに乗ったに違いない。


 国家警察と地方警察の違いは、国家警察が軍関係者をも動かせることにある。

 数人の鑑識要員が慎重に掘り出し作業に掛かり始めた。


 「 よう、名探偵。

   お前さんには振り回されるなぁ。

   ブラウダ絡みの事件と言い、今度の事件と言い、わしらの影が薄くなるぜ。」


 「 ガーランド主任、まだ、ヘレンと決まったわけではないですよ。」


 「 あぁ、確かにそうだが、近郊の住民がこんなところに死体を埋めることも先ず

  ないだろう。

   いずれにせよ、広域犯罪を担当するうちの出番になるが・・・。

   仮にヘレンとマリーとすれば根底から捜査をやり直さなければならん。

   何か犯人につながる物証があればいいんだが・・・。」


 「 あぁ、それは難しいかもしれませんね。

   仮に犯人がいるとしてもかなり慎重な奴ですから、おそらく手掛かりは余り残

  さないでしょう。

   放置されていた自動車の方からは何も出なかったのですか?」


 「 ああ、まぁ、指紋は検出されなかったな。

   行き過ぎなぐらい車内はきれいに掃除されていたからな。

   ただ、シートの隙間に、身元の分からない毛髪が見つかってはいるが、それだ

  けでは血液型とDNAが判るぐらいで余り捜査の助けにはならん。

   車はマリーのものだが、マリーと言うのは男出入りが激しい女でな。

   一応、その線は当たって見たが、判っている範囲でその毛髪の持ち主と思われ

  る該当者はいない。」


 「 そうですか。

   実はもう一つお知らせしておかねばなりません。

   ウル湖で消息不明になったクルーザーですが、三日ほど前に捜索してそれらし

  き船影を湖底に見つけました。

   地元の業者に頼んで引き揚げ作業を行うよう依頼をしております。

   作業にかかれるのは、潜水士の手配関係でもう10日ほど待たなければなりま

  せんが、もしかすると船内に死体があるかもしれません。」


 ガーランド捜査官の顔色が変わった。


 「 なにぃ、それは本当か?」


 「 ええ、本当です。」


 「 何と、あっちの方もお前さんが見つけたのか。

   しかし地元警察からは何の報告も無いぞ。」


 「 多分、業者も仕事の手配が付いてから警察には作業届けを出すのでしょう。

   作業の掛かりが何時になるのかはっきりとしない状況でしたからね。

   例のクルーザーとは、私も一言も言っておりませんし、特にマスコミに知られ

  ないようお願いしておりますのでね。」


 「 おいおい、だが、俺のところには連絡して欲しかったなぁ。

   どこから漏れるかわからんじゃないか。」


 「 ええ、遅まきながら、今の時点で報告しておきます。」


 「 で、何処の業者だ。

   別のチームに先行させて情報漏えいの防止に当たらせなければならん。

   仮に死体が発見されたとなると奴や直接の犯人も用心するだろうし、国外逃亡

  の恐れもある。」


 サムエルは頷いて、すぐに業者の連絡先、責任者の名前などをガーランド主任捜査官に教えた。

 ガーランド主任捜査官は、すぐにどこかへ電話をかけていた。

 それも一カ所ではなく、少なくとも三カ所にである。


 その間に遺体の発掘は進み、白骨2体の外に登山用具一式が出て来た。

 鑑識要員は、年齢25歳から35歳の女性の死体と断定した。


 死因は銃で撃たれたようで、一人は左側頭部頭蓋骨に射入痕跡が認められ、右側頭部は射出のために頭蓋骨の大部分が粉砕していた。

 もう一人は胸部を撃たれたようで、肋骨の一部が粉砕骨折していた。


 そうして白骨死体の下に銃弾が一つ残っていた。

 おそらくは肋骨に当たった後、心臓若しくは周辺内臓を傷つけた銃弾がそのまま体内に残っていたものと推測されると鑑識要員は説明した。


 いずれにしろ、かなり至近距離で銃撃されたものと判断されると鑑識要員は説明した。

 白骨遺体はすぐに搬送ケースに収められ、ヘリで運ばれて行った。


 この後、科学捜査研究所における検視によって詳細な死因を調べることになる。

 残った捜査員は、遺体が埋められた付近の捜索を念入りに行い始めたが、日没にかかり、作業を一旦中断した。


 残りは翌日の作業になるらしい。

 捜査員が多数いる状況ではサムエル達も手伝う必要はない。


 サムエルとシンディは、パトカーの先導により、ランクルでヨークデルまで移動した。

 その日は、ヨークデル市内のホテルに泊まり、翌日ヨークデル警察の事務所を借りて、事情聴取が行われることになったのである。

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