第15話 婚約と共に始まる調査

                    by Sakura-shougen


 翌週から午前中は専ら護身術の訓練が始まった。

 フライオン・ビルにも程近いモブラン街には、キレイン市営の総合スポーツスタジアムがある。

 そこには射撃場を含むあらゆるスポーツ施設が整っていた。


 元々ハイスクール時代には体操競技をしていた事もあるシンディは身体も柔らかく、手足を縦横に動かす格闘術の筋は良かった。

 それでもサムエルの指導はかなり厳しいもので、ビシビシとしごかれた。

 2週間もすると目に見えてシンディの贅肉がとれてきて、ますますボディラインのメリハリがついてきた。


 そんな中でも依頼は何件かあったが、3件に一件はサムエルが断っていた。

 受けた素行調査2件が片付き、シンディが勤め始めてから受けた1件が残っていたが、そちらの方はまだ手掛けていない。


 当初の契約でも1カ月後からの調査開始とされていたからである。

 対象人物が海外に出掛けており、戻ってくるのが1カ月後なのである。


 そんな時に、事務所に電話が入った。

 相手は、シンディが電話口に出たので酷く戸惑ったようだが、ダン・マクワーレンと名乗り、サムエルに用があると伝えた。

シンディが保留ボタンを押して、サムエルが電話を代わった。


 「 はい、サムエルです。」


 「・・・・・・。」


 「 そうですか。いよいよ婚約ですか。結婚の予定は?」


 「・・・・。」


 「 一カ月後ですか、判りました。では、調査にかかります。」


 サムエルが電話をかけ終わると即座、シンディが尋ねた。


 「 婚約って、・・・。

   何方が?」


 「 ああ、カーマイケル・ロンソンと言う男と、ナターシャ・コルチワという女性

  が今日婚約するらしい。

   結婚は一カ月後の予定だそうだ。」


 「 で、それが何か?」


 「 うん、カーマイケルと言う男はこれまでに3回お金持ちの女性と結婚している

  んだが、3人の妻はいずれも結婚後1カ月から3カ月で不審死を遂げている。

   不審死とは言っても行方不明であって、死体では一人も発見されていないのだ

  けどね。

   その結果、カーマイケルの元にはその遺産と多額の保険金が入っている。

   カーマイケルが裏で糸を引いているのじゃないかと警察も極秘に捜査したんだ

  が、何も証拠がない。

   で、今も野放しのままなんだけれど、その男が再度結婚する相手が富豪の娘で

  ね。

   女性の方も一度結婚に失敗はしているんだが、カーマイケルに夢中で、男に掛

  かっている疑惑には目もくれない。

   婚約は時間の問題と言われていたのだけれど、その時期が来た。

   で、このまま放置しておくとその女性、ナターシャも殺される可能性があるん

  だ。

   三回もの疑惑の死がある以上、アフォリア国内の保険会社はカーマイケルの掛

  ける保険は忌避する方針でいるが、ナターシャの親がかけている多額の保険金

  は、こうした事件以前の契約だから破棄するわけにも行かない。

   一方で、当のカーマイケルの方は、国外の保険会社にナターシャの保険を掛け

  ると言うようなことも可能だ。

   電話して来たダンは、そのナターシャの親が掛けた保険を請け負った会社の幹

  部なんだけれど、何とかカーマイケルの犯罪を暴くとともに、ナターシャの不審

  死を防いで欲しいと依頼して来たんだ。

   保険金額は2000万レムルで、仮にナターシャが死ぬようなことになれば、

  保険会社にとっても大きな損失になる。

   ダンが依頼して来たのはもう20日以上前だね。

   結婚もしていないのにカーマイケルがナターシャを殺害するわけはないので、

  彼らが婚約するまで調査は保留していたんだ。

   と言うわけで、少し動かなければならないね。

   明日から暫く旅行だ。

   シンディも付き合ってもらえるかな。」


 「 勿論、でも、何をどうやって調べるの?」


 「 うーん、最初の三件の事件のうち、一人目の奥さんは、航空機事故で無くなっ

  ているんだ。

   搭乗した航空機が洋上で爆破された疑いがもたれているんだけれど、証拠が無

  いし、死体も上がらなかった。

   二人目の奥さんは七海湖の一つ、ウル湖でクルーザーとその乗組員ごと行方不

  明になっていて、未だに見つかっていない。

   そうして、三人目の奥さんは、女友達と一緒に中西部の山岳に登山中消息を絶

  っている。

   いずれも死体が発見されていないんだ。

   最初の航空機事故は、僕らで探すのは先ず無理だろう。

   だが、二人目と、三人目は見つけられる可能性もある。

   だから、最初の旅行はウル湖で捜索の真似ごとをする。

   その後中西部の山岳地帯に向かう予定。

   カーマイケルの話では、三番目の妻ヘレンはランスドール山に登山に行ったと

  言っているようなんだけれど、これが怪しい。

   まぁ、確かに二人の乗った車と思われるものがランスドール山の麓に残されて

  はいたんだが・・・・。

   3人目の妻ヘレンとその友人は登山サークルに昔から属していてね。

   登山家としてはかなりのエキスパートらしい。

   でも、ランスドール山はそもそもエキスパートが登るような山じゃないんだ。

   標高は結構あるけれど、それなりの体力があれば子供や初心者でも十分登れる

  山だからね。

   失踪した二人が持って出たような本格的な登山装備一式を持って挑むような山

  じゃない。

   それよりもネットを漁っていたら、ヘレンと連れだって消息不明になっている

  友人が、いつかカルデランの東壁に挑戦してみたいというブログを出していた。

   ランスドールは中西部の南に位置しているけれど、カルデランはそこから10

  0ミロンほど北側にある峻嶮な山岳だ。

   こっちの方が、二人の女性登山家が登頂を狙うには相応しい山だ。

   だから、そちらの方を当たろうと思っている。

   行方不明になってからの捜索は、車が放置されていたランスドールの麓を中心

  に半径50ミロンの範囲で行われているが、カルデランは捜索の対象外だった。

   だが、車は別の者が移動させたんじゃないかと僕は見ている。」


 「 でも、その三人の女性が行方不明になったのは何時の話なの?」


 「 一人目は5年前、二人目は3年前、三人目は1年前の話し。」


 「 そんなに時間が経ってしまった事件を今から追いかけて何かが判るのかしら?

   とても難しいと思うけれど・・・。」


 「 普通のやり方じゃ先ず無理だろうね。

   だから、普通とは違う方法を取るんだ。

   シンディは、山登りは?」


 「 山登り?

   ヒルクライムならやったことは有るけれど、少なくとも登山家がやるような垂

  直の崖登りなんかできそうにないわ。」


 「 うん、まぁそうだろうね。

   目論見通りならそんな急峻な崖は登らなくても済むかもしれないけれど、最悪

  の場合はカルデランの中腹ぐらいまでは登ることになるかもしれない。

   その時は、シンディは麓のホテルで待っていてもらうかな。」


 「 うーん、置いてけぼりはいやだなぁ。

   といって、足手まといになるのはもっと嫌だし・・・。」


 「 まぁ、準備だけ整えて、向うに行ってから考えよう。」


 その日は、スポーツ店に行って登山道具一式を二人分揃えた。

 結構な出費になるのだが、サムエルは一向に気にしていない。


 サムエル曰く、結果如何では必要経費で全額落とすことができると言っていた。

 まぁ、それでなくても100億レムル単位の金を持っている大富豪なのだから少々の経費はポケットマネーで出してしまうのだろうけれど・・。


 そうして翌日、二人はその山登りの扮装でランクルに乗って七海湖の一つであるウル湖に向かったのである。

 キレインからウル湖まではインターハイウェイを使って1200ミロン、凡そ8時間の行程である。


 サムエルとシンディは運転を交代しながら、ウル湖に辿りついた。

 途中ハイウェイレストランで昼食がてら休憩を取っただけである。


 ウル湖のほとりにある中クラスのホテルに泊まった。

 無論部屋は別々である。

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