第14話 事件後余話

                    by Sakura-shougen


 サムエルが放免されたのはそれから1時間後のことであり、周囲は夕暮れ時になっていた。


 「 待たせたね。警察への手続きは終わったって聞いたけれど、そうなの?」


 「 はい、所長が捕まっている間に、親切な警務課のサリーさんが全部済ませてく

  れました。」


 「 別に捕まっていたわけじゃないんだけれど・・・。

   済まないね。

   君まで巻き込んで。」


 「 それは構いませんけれど、所長、あまり無茶をしないで下さいね。

   あれじゃぁ、命がいくらあっても足りないわ。

   銃器を持っている人間に素手で立ち向かうなんて、・・・。」


 「 うーん、一応成算があったからやったんだけれど、

   やはり無謀かねぇ。」


 「 ええ、少なくとも世間一般の人にしたら無謀にしか見えません。

   でも、凄い運動能力を持っているんですね。

   驚いちゃった。

   私も脚には自信があったけれど、所長にはてんで敵いません。

   それにあの跳躍。

   幾ら踏み台があったにしても、普通あんなに高く、遠くには跳べるものじゃな

  いと思いますけれど、・・・。

   所長、何かスポーツをやってます?」


 「 スポーツねぇ。

   特に申告するようなものはないけれど、強いて言えば趣味で格闘術の訓練は

  時々やっているよ。」


 「 格闘術って・・・。

   あんなに跳ぶような格闘術なんて無かったと思うけれど・・・。」


 「 ああ、まぁ多分ないだろうね。

   警察にもさんざん聞かれたよ。

   僕の跳び下りた痕が芝生の上にくっきりと付いて居てね。

   実況見分で計測したら22.4リムあったそうだ。

   走り幅跳びの選手でも精々10リムってところだろうからその2倍以上は確か

  に常識外れかもしれない。

   でも実際に跳んだようだから火事場の馬鹿力とでも言うのかな。

   自分でも信じられないぐらいだよ。」


 「 でも、所長はやれると判断したから跳んだんでしょう?」


 「 あぁ、そうだよ。

   でも別の日に行ったら多分できるとは思わないんじゃないかな。」


 「 所長、それって随分無責任じゃないですか?

   人質の命が掛かっているのに、できるかどうかわからないことをやって見るな

  んて。」


 「 だから、さっきも言ったようにできると思ったからやったんであって、できる

  かどうかわからないけれどやってしまえと言うわけじゃないよ。

   信じてくれないかなぁ?」


 「 うーん、信じてはいますけれど、・・・やっぱり無謀だわ。」


 そうこう話している内に、警察署の駐車場に辿りついた。

 シンディが運転席に廻ろうとすると、サムエルが止めた。


 「 帰りは僕が運転して行こう。

   事務所に忘れ物とか無ければ、このままシンディの家に送って行くよ。

   初出勤から帰宅が遅くなってはクレイグさんに叱られるよ。」


 「 あら、私だってもう一人前の大人なんですから、少々遅くなったって構わない

  のに。」


 「 それはそれ、夜になって女性の一人歩きは危険だからね。」


 車に乗り込んで、エンジンをかけ、車を動かしながらサムエルが言った。


 「 シンディは車を持っているのかい?」


 「 ええ、大学通学用に買ってもらった車があるわ。

   ゴアラ社は車通勤を認めていなかったから使わなかったけれど・・。

   探偵事務所は通勤に使ってもいいの?」


 「 今はまだいいけれど冬場に入れば陽が落ちるのは早い。

   僕が送って行ければいいけれど、仕事次第でできなくなる場合もあるからね。

   君さえ問題がなければ車通勤でも構わないよ。

   さっきの事務所の駐車場の脇にまだ空いている駐車スペースがあっただろう。

   番号は106から108番だ。

   必要ならあそこを使ってもらってもいいよ。

   但し、車通勤の場合はガソリン代程度しか通勤費が出ないよ。」


 「 あ、じゃぁ、週明けからは車で来ます。

   その方が楽そうだもの。

   ラッシュ時の地下鉄は論外だから使わないけれど、バスも痴漢が多いの。

   素知らぬ顔して、混んでもいないのに身体をすり寄せて来る男が一杯なんだも

  の。」


 「 うーん、女性フェロモン一杯のシンディじゃなぁ。

   周囲にいる男は群がってくるだろうね。」


 「 あら、何?

   それって私が悪いの?」


 「 そうだなぁ。

   もう少し、身体の線を隠すような衣装にした方が良いかもしれない。

   顔の方は隠しようが無いだろうけれど・・・。」


 「 えぇっ、だって、これでもおとなしい方の衣装なんだけれど。」


 「 おいおい、まさか秘書室勤務の時は胸の谷間が見えるぐらいのドレスを着てい

  たわけじゃないんだろう。」


 「 まさかぁ、お色気バーじゃあるまいし、そんな恰好で出社したらお父様に叱ら

  れるわ。

   でも、パーティ用のドレスなら有るわよ。

   胸繰りが大きくって、背中も大きく見せるやつ。

   所長、見たい?」


 「 僕は、遠慮しておこう。パーティ用に取っておきなさい。」


 「 あら、残念。

   折角色気で迫ってもいいかなと思ってたのに。」


 シンディはそう言って、ペロッと舌を出した。


 「 年上の男をからかうのは止めにしてくれよ。

   それでなくてもシャイなんだから。」


 「 嘘でしょう。

   拳銃を持った極悪犯に素手で立ち向かう男が、シャイなんて。」


 「 ああ、そう言う奴が相手ならば大丈夫だが、女性には正直言ってほとんど免疫

  が無いんでね。」


 シンディが道を教えなくても、サムエルは道順を知っているようだった。


 「 所長、家に来たことがあるの?」


 「 いや、無いよ。

   でもクレイグさんから依頼を受けた時に自宅までの道筋は頭に入れている。カ

  リン街だろう?」


 「 さすがぁ、・・・。

   でも探偵って、そんなに用意周到じゃなければ務まらないの?」


 「 さぁ、でもどんなことになるかわからないからね。

   余裕がある内に確認しておくことは必要だよ。

   あ、それで思い出した。

   週明けから、シンディには少し訓練をしてもらう。」


 「 え、訓練って?」


 「 なぁに、護身術の訓練だよ。

   銃器の使い方、格闘術、変装、尾行の仕方なんかの実技だ。」


 「 へぇ、面白そう。

   拳銃も撃つの?」


 「 射撃場に行って撃つ事になるだろうね。

   陸軍の体験入隊時は、何を使った?」


 「 拳銃はSM201とラヤン18、小銃はB100とFK16だったわ。」


 「 なるほど、じゃぁ、SS38を使ってもらうことになるかな。

   女性だから本来はSS28でもいいのだけれど、ラヤンを使えるなら38でも

  いいだろう。」


 「 SS38ってオートマチック?」


 「 そう、薬室に弾込めしておけば、最大14発の装填が可能なオートマチック

  だ。

   故障の少ない銃だよ。

   ラヤン18と同じぐらいの威力があるが、ラヤンの方が手にかかる反動は大き

  い筈だ。」


 「 服装はどうすればいい?」


 「 迷彩服は必要ないけれどね。」


 サムエルはそう言ってウインクをした。


 「 硝煙で火薬の臭いが付くから、汚れてもいい服装が良いかな。

   それと、運動のできる服装も事務所のロッカーに用意しておいた方がいい。

   無論、タオルなんかもね。替えの下着が必要かどうかは君の判断に任せる。」


 「 へぇ、随分と汗をかかされそうね。

   わかった。

   用意しておくわ。」


 邸の門前で車が停まった。

 ベイリー邸は、高級住宅街のカリン街でもひときわ大きな邸である。


 「 じゃあ、週明けにまた会おう。

   勤務時間は9時からだよ。

   ここからだとブラウニー通りが朝は込み合うから、遅れないように。

   それと、車の運転には十分注意してね。」


 「 はい、じゃ、週明けに。」


 サムエルの運転する車が立ち去るのを見送って、シンディは門扉をくぐった。

 時間は午後6時半を過ぎていた。


 その日の夕食では、シンディが一人喋りまくっていた。

 何せ、これまで体験した事のないことばかりであった性か、或いは多少昂奮が残っていた性か、父クレイグにも母ベアトリスにも弟ハンスにも聞かせることが自分の使命とばかりに滔々と語ったのだ。


 普段、余り、口数の多い方ではないシンディがこれほど饒舌になるとは家族の者も知らなかった。

 シンディの新しい一面を見た思いだったに違いない。

 クレイグが食事の最後に聞いた。


 「 で、サムエル君とは親しくなれたのかな?」


 「 え?

   ええ、そうねぇ。

   何だかまるで随分昔から知っているような感じだった。

   男性とあれほどお互いに軽口が言い合えるなんて・・・。

   不思議な感じだわ。」


 「 なるほど、最初の出だしとしてまずまずということかな。

   とんだハプニングは有ったにしても・・。

   で、伴侶候補としてはどうなんだ?」


 「 お父様、まだ、今日一日だけのお付き合いなのよ。

   まだ、そんな判断はできないわ。

   でも、・・・。

   何だかのめり込みそうな予感がするわ。」


 「 ふむ、本当にそうなりそうなときは、・・・。

   できれば一言わしらにも断ってくれんか。

   わしらにも心の準備が必要だからな。」


 「 それって、冷やかし?」


 「 いや、年頃の娘を持つ親としての本音だよ。」


 「 はい、では、ありがたい忠告として伺っておきます。」

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