第13話 手続きと事件

                    by Sakura-shougen


 次は中央警察署に手続きに行かねばならないらしいが、あいにくと昼休みの時間帯に掛かってしまったことから、二人は連れ立って市役所の近くにある庶民的なレストランに入った。

 昼時とあって、レストランは込み合っていたが、何とか二人分の席を確保し、軽食を食べた。


 食事後、時間があるので近くの公園を散歩することにした。

 レストランは席待ちの御客が並んでおり、余り長居はできそうになかったからである。


 歩きながら互いの身の上話をしていると何となくデートをしているような気分になって、シンディは嬉しかった。

 シンディは背が高く、スタイルもいい。


 在学中から、盛んにファッションモデルにならないかとの誘いを断ってきた。

 自分なりにスタイルには自信を持っていた。


 顔の方は美人の部類かもしれないが、自分では少し目の辺りがきつい印象を与えているのじゃないかと思っている。

 少しウェーブのかかった綺麗なブロンドの髪もシンディのお気に入りである。


 在学中からいろいろモーションを掛けて来た男達がいたが、少し話してすぐに底が見えるような男達は相手にしたことが無い。

 当時は、正直なところ、心ときめくような男がいるとは思えなかったものだ。


 だが、サムエルは違った。

 社主専用の化粧室に入った老人が若いハンサムな男になって出て来た時に、シンディは真底驚いた。


 一つはクレイグよりも年寄りと思った男が、若い男の変装であったことであるが、今一つは、シンディのハートがきゅんとなるようないい男だったからである。

 スリムではあるけれど決して痩せすぎではないし、マスクとスタイルがこれほどいい男には初めて出会った。


 但し、その時着ている衣装はお世辞にも誉められなかった。

 所謂、老人が着る地味な服装だからである。


 シックな感じはするが、サムエルの華やかな顔には合ってはいなかったのである。

 そうしてサムエルの一昨日と今日の服装は、シンディが見ても凄く似合うと思っているから、ショーンに化けた時は本当に変装に合わせてわざと古いデザインの衣装を用意したのだろうと思っている。


 身長のあるシンディよりもサムエルは拳一つ分ほど背が高い。

 だからミドルヒールを穿いてもサムエルの方がほんの少し背が高い。

 ハイヒールを履けば流石にシンディの背が高くなるかもしれないが、それでも傍目には似合いのカップルに見えるに違いないと思っている。


 サムエルも男性のモデル顔負けのスタイルとマスクを持っている。

 シンディは、本来そう言った外見にはこだわらない性格の筈だったが、サムエルに逢って、その考えを改めた。


 いい男は、やはりいい男なのである。

 サムエルは、今のところシンディの眼鏡にかなった男である。


 嬉しいことに、先日のクレイグの話では、シンディの婿にするならサムエルが望ましいと断言してくれたことだ。

 人を見る目なら歳の功でクレイグに一日の長がある。


 クレイグの眼鏡にかなう男ならばまず間違いはないはずである。

 それでも伴侶を選ぶならしっかりと自分の目で確かめる必要がある。


 そのために、サムエルの事務所に勤めることにしたのである。

 正直なところ、自分がそんなことを積極的に望む日が来ようとは思っていなかった。

 少なくとも男性からモーションを掛けられても、これまで自分からモーションを掛けたことはない。


 だが、今度ばかりは、自分から動く価値があるとそう判断しているのである。

 二人で取りとめも無い話をしながら公園の池の周りを歩いているときに事件は起きた。


 二人の右手前方で突然女性の叫び声が上がったのである。

 途端にサムエルが駈けだしていた。


 シンディも何事かわからずにサムエルの後を追う。

 その日の服装はパンタロンスーツであり駈けるのに支障はなかった。


 シンディも脚は早い方だったが、サムエルは余程早いらしく、あっという間に引き離されて行く。

 公園区画の外れの一角に子供の遊び場があるのだが、どうやらその方角の様である。


 駈けている間に、二度銃声が響き、事態が見えて来た。

 目なし帽のような物で顔を覆った男が、女性の首を片腕で抑えている。


 そうして男はもう一方の手に拳銃を構えているのだが、その先には警官が二人道路端のパトカーを盾に拳銃を構えているのである。

 道路を挟んで、その先には銀行があり、隣には店がある。


 銀行か店に押し入ろうとしたか或いは押し入った強盗がたまたま警官と出くわして、公園に逃げ、人質をとっているのであろう。

 少なくともそれまではパトカーのサイレンは聞こえていなかったが、間もなくサイレンの音が遠くから近付いて来ている。


 人質を取られて警官は発砲できないでいるに違いない。

 人質とその無頼の男の周囲からは、多数の人が逃れようと放射状に逃げ出している。


 その中を縫うようにサムエルは進み、男の背後に回るように斜めに動いていた。

 シンディは逆に足を止めた。

 これ以上近づくと巻き添えを食ったり、サムエルの足手まといになるような気がしたのだ。


 サムエルは依然として速度を緩めず、急速に無頼の男に近づいている。

 男の斜め背後には子供が遊ぶ遊具があった。


 腰の高さぐらいまでの鉄棒である。

 サムエルは駈けながら、その遊具を踏み台にして空中に跳びあがった。


 驚くほど高い跳躍であった。

 優に身長の4倍ほどの高さまで跳びあがり、着地の直前、男の突きだした腕を片手で叩いていた。


 男は何が起こったのかわからなかったに違いない。

 次の瞬間には、男の二の腕が変なふうに折れ曲がり、持っていた銃は芝生の上に落ちていた。


 間髪いれず、男がギャーと叫びながら芝生の上を転げまわった。

 その間にもサムエルは、男が落とした銃を警察官の方へ蹴飛ばし、女性は次の瞬間にサムエルに抱きとめられ、すぐに抱えられる様にして、その場を離れた。


 二人の警察官が拳銃を構えながら慎重にかつ速やかに近づいている。

 どうやら最悪の状況は去ったようだった。


 すぐに男は警察官によって捕縛された。

 間もなく到着したパトカーで数人の警察官らしき人間が現場に集まった。


 制服警官もいるが私服警官もいるようである。

 シンディは、傍に佇むサムエルと女性に近寄った。


 人質になっていた女性はシンディよりも5つほど上の年齢であろうか。

 助かったとわかっていてもなお青白い顔色をしており、手足が小刻みに震えているのが傍目にわかる。

 余程怖い思いをしたのであろう。


 「 シンディ、この女性を頼む。

   あそこのベンチにでも腰を降ろして、落ち着かせて欲しい。

   どうせ事情聴取があるから、今しばらくはここを離れないように連れ添ってい

  てね。」


 私服警官らしき男が近づいてきた。


 「 よう・・・。

   確か探偵さんだったな。

   サムエルさんだったか。

   逢うのはこれで三度目かな?」


 「 ええ、そうですね。

   ライリー警部。」


 どうやら二人は顔見知りらしい。

 そう言えば、先日の産業スパイの1件で常務ほか数名が逮捕された時に、会社に警察官が7、8人も来たのだが、その際にこの刑事もいたような気がした。


 「 しかし、無茶をしてくれる。

   相手は拳銃を持って人質を取っているんだぜ。

   万が一失敗でもすれば、お宅も人質の命も危うかったんじゃないのか?」


 「 はぁ、すみませんね。

   でも、この男は警官に気を取られていましたし、銃は警官の方に向いていまし

  たから。

   でも時間の経過とともに、周囲に多数の警官が集まれば、銃を人質に向けるで

  しょうからね。

   動くとすればあのタイミングしかないと判断しました。

   幸いなことに上手く行きましたけれど・・・。」


 「 あぁ、まあな。

   人質には怪我はなかったようだし、その前に3発ほど発砲は有ったものの誰も

  怪我はしていない。

   例外はあいつだけだが、・・・。

   それにしても、お前さんあそこから跳んだって?」


 ライリー警部は、遊具を指さした。


 「 ええ、男に気付かれずに近づくには空から行くしかなかったものですから。」


 「 そりゃまぁ、そうだが、・・・。

   あそこからここまで一体幾らあると思う?

   少なくとも20リムじゃきかねぇぞ。

   その距離を一体どうやったら跳べるんだ。お前さん羽でも持っているのか。」


 「 はぁ、跳べると思ったのでやりました。」


 「 まぁな。見ていた警官が言っていたよ。

   あれは人間業じゃねぇってな。

   まぁ、やっちまったものはしょうがねぇ。

   一緒に警察まで来てもらうぜ。

   ところで人質になったのはどっちの女だ。」


 「 スカートの女性です。

   もう一人、パンタロンの女性の方は僕の連れです。」


 「 ほう、お前さんの彼女か?」


 「 いえ、探偵事務所の職員で今日から雇うことになっています。

   それで、警察にも届けを出すつもりで午後から行くつもりでした。」


 「 ふーん、そうか。

   また、えらい美人を雇ったもんだな。

   羨ましい限りだ。

   まぁ、それじゃ、三人揃って来てくれや。

   登録手続きも事情聴取の合間にできるだろう。

   車か?」


 「 ええ、市役所の駐車場に止めてあります。」


 「 そうか、じゃ、お前さんの車で三人まとめてきてくれや。

   警察の車に乗るだけで被疑者に間違えられる場合もあるんでな。

   自家用車の方がいいだろう。

   俺たちは一足先に署に戻っている。

   あ、行く先は刑事課の方だぞ。

   警務課の方は後回しだ。」


 数人の警官を残して、ライリー警部は被疑者を連れて先行した。

 サムエルが車を取りに行き、二人の女性を拾って、中央警察署に向かった。


 シンディと人質の女性の方の事情聴取は、比較的早く済んだが、サムエルの事情聴取は長引いた。

 その合間に、予めライリー警部が手配していたらしく、警務課の女性職員がシンディの傍に来て、探偵としての細々とした届出手続きを進めてくれた。


 手続きの中には、拳銃の携帯許可も入っていた。

 銃の取り扱いを知っているかと聞かれ、陸軍の体験入隊に4回も参加し、自動小銃を含めた小火器の扱いを一通り知っていると言うと、件の女性職員は目を丸くしていた。

 警察関係の手続きはその親切な女性職員のお陰で滞りなく済んだ。

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