第11話 押しかけ秘書?

                    by Sakura-shougen


 翌日、クレイグと秘書のシンディがシュレイダー探偵事務所を訪れた。

 クレイグは、契約書を携えていた。


 超合金の特許申請に関わる使用権について、サムエルの取り分を記載してあるものだった。

 サムエルが販売価格の0.1%を取得するという内容であり、既に内容は十分に協議済みであった。


 超合金の製造はまだまだ先の話であるから、販売が始まるまではサムエルの元には一銭の金も入って来ないが、クレイグがその点を正してもサムエルはそれでいいと言うのである。

 価格はゴアラ特殊製鋼が決めることになっている。


 サムエルの申し出で、価格決定にサムエルは一切口を挟まないことになっている。

 サムエルは、金に固執しない性質の様だが、それにしても風変りな男である。


 クレイグとサムエルが契約書二通に署名し、その一通をサムエルが保管することになっている。

 署名が終わるとクレイグが切り出した。


「ところで、契約にも書いてあるが、超合金の関連で非常勤顧問として就任してもらうことになる。

 その報酬も君の希望通り、微々たるものだが、・・・。

 一つお願いがある。

 こいつは流石に契約書にはできんのでね。口頭でお願いするだけなのだが。」


 ちらっとシンディの方を見てから続けた。


「どうだろうか、シンディをこの事務所の事務員として雇ってはくれまいか?」


「え、・・・。

 あの、でも、シンディさんは社主秘書の一員ではないのですか?」


「あぁ、その通り。

 社主と言うよりも常務、専務を含めた役員秘書の一人なのだが、・・・。」


「何か、・・・。

 社主のお嬢さんが秘書では拙いことがあるということでしょうか?」


「いや、そうではない。

 仕事と私事を混同しないようにと、常々娘には指導をしているつもりだから、

 特に問題はない。

 ただ、シンディが君の仕事に興味を持ったらしくてね。

 何とか雇ってもらうように口利きをして欲しいと言うのだよ。

 親ばかと言われても仕方が無いのだが・・・。

 娘が望むならできるだけの努力はしてみようと思ってな。

 君には迷惑かも知れないが、叶うことなら雇ってはくれまいか?」


「はぁ・・・。」


 少し考えてからサムエルは言った。


「シンディさん、君は本当に探偵事務所に勤めたいの?」


「うーん、探偵事務所にというよりは、貴方の事務所に勤めたいんです。

 貴方自身にものすごく興味があるから。」


「あの、・・・・。

 どういうことかな?

 探偵と言う仕事にではなく、僕個人に興味があると言うこと?」


「探偵と言う仕事にも勿論興味があるけれど、だからと言って別の探偵事務所に勤めるほどの興味はないわ。

 貴方の探偵事務所だから興味があるの。」


「うーん、その辺が良くわからない。

 単に異性としての興味ならば、今の仕事を続けて暇な時にお付き合いをすることだってできるんじゃないの?」


「できるのでしょうね。

 でもそれじゃ、貴方と言う人の本質はなかなか見えてこないでしょう?

 一緒に仕事ができるならば単なる表面的なお付き合いだけではなく色々なことも見えて来るのじゃないかしら。

 だから、私は貴方の傍で一緒に仕事がしたいんです。」


「うーん、クレイグさん。

 娘さんは、こう言ってますが、父親としては宜しいのですか。

 ご覧の通りこの事務所には私一人しかいません。

 どこの馬の骨ともわからぬ男が娘さんに手を出すかもしれませんよ。」


 クレイグはそれを聞いて苦笑する。


「ほう、君がそんなことを言うかね。

 確かに、君が声をかければ大抵の娘が靡くようにも思う。

 ただ、短い付き合いだが、君は余程のことが無い限り、遊びで女に手を出すようなことはしない男だと思っているのだが、眼鏡違いだったかな?」


「わかりません。

 僕も一応は男の端くれですから、何かのきっかけで手を出すこともあるかもしれません。

 それほど自分の良心に自信は持てませんから。」


「まぁ、そうかもしれない。

 だが、それでも君はプレイボーイにはなりきれんだろうな。

 根が真面目すぎる。

 それが良いところでもあり、悪いところでもある。

 そうしてわしの本音を言えば、娘の婿になる男は君のような男であって欲しいとは思っているよ。

 もっとも、多分にジェラシーもあるがね。」


「おやおや、困りましたねぇ。」


 サムエルは少し考えてから言った。


「シンディさん、探偵と言うのはものすごく地味な仕事だし、場合によっては危険が伴うことは知っていますか?」


「はい、多少は・・・。

 VDで探偵ものが良くありますけれど、あれはドラマですから多少オーバー気味なんでしょうね。

 でも、護身用というか、サムエルさんも銃はお持ちなんですか?」


「ええ、一応は持っていますが、通常は持ち歩きません。

 持ち歩けば不用意に使う可能性もある。

 だからどうしても必要と思える場合以外は持ち歩かないんです。」


「今まで、持ち歩いたことは?」


「探偵業を初めてまだ1月にもなっていませんからね。

 これまでは必要がありませんでした。」


「じゃぁ、今後もその必要がないことを祈るしかないですね。

 でも、私も銃の取り扱いならばできますけれど・・・。」


 サムエルは少なからず驚いていた。

 この国では銃規制が厳しいから、普通のお嬢さんが銃を扱う機会など滅多にない筈である。


「ほう、・・・。

 どちらで覚えたのでしょうか?」


「大学に在学中、毎年夏休みには軍事教練を受けたんです。

 体験入隊とでもいうのかしら。

 拳銃も自動小銃も一通りの指導は受けました。

 普通は必要じゃないのでしょうけれど、万が一を考えると覚えておいてもいいのかなと思って。」


「シンディさんの大学ではそんなことをするのが流行だったんですか?」


「いいえ、私だけ異色だったのでしょうね。

 少なくとも私の大学で体験入隊に応募したのは私だけでした。

 でも、入隊してびっくり。

 女で応募するのは私ぐらいだろうと思っていたら、他の大学からの女性入隊者が6人ほどいましたからね。

 ただ、毎年入隊していたのは私だけでした。

 徴募担当の少佐からは、盛んに正式に入隊しないかと勧められましたけれど、軍人になろうと言う気はさらさら有りませんでした。

 軍人はなんだかんだ言っても戦争のためにいるのであり、最終的には人殺しの技術を訓練するところですから、自分の仕事にしようと思いませんでした。」


「まぁ、シンディさんのような美人に軍服や兵器は似合わないと思う。

 だからそれは正解でしたね。」


「あら、こんなお転馬でも美人と言ってくれるんですね。

 お世辞でもありがとうございます。」


「うーん、・・・。

 僕は止むを得ず嘘はつくことはありますが、お世辞は言わないことにしています。

 シンディさんは掛け値なしに美人だと思いますよ。」


 シンディの顔がぽっと赤くなった。


「へぇー。

 面と向かってそんなこと言われたのは初めてだわ。

 マスクもいいし、サムエルさんなら、伝説のダッカルになれそうね。」


「ダッカル?

 うん?

 意味がわからないけれど・・・。」


「やっぱり男の方は知らないのかな?

 ダッカルは、今時の若い女性の間でとても評判のストーリーの主人公なのよ。

 ハンサムなプレイボーイで世界中の美女と恋や浮気をして歩くの。

 でも彼の心をつなぎとめる女性は今のところ現れていない。

 その台詞の一つにサムエルさんが言ったような殺し文句があるわ。

 僕は、お世辞は言わない主義だというね。」


「ふーん、僕がプレイボーイなら、シンディさん貴方が困ることになるのではないのですか?」


「そうですね。でもこれは熱病みたいなものだから、・・・。

 仮にサムエルさんがプレイボーイだったとしても自分ではどうすることもできないわ。

 自然にお熱が下がるのを待つしかない。

 で、遠くでやきもきするよりは、近くで貴方をじっくりと観察しようと思ったんです。」


「うーん、・・・・。」


 思わずサムエルは唸った。

 シンディがすがるような目つきで言った。


「駄目ですか?」


 その表情が何とも言えず可愛らしい。

 サムエルは苦笑した。


「いいですよ。

 雇いましょう。

 でも今の給料はいくらなの?

 そんなに高いサラリーは保証できないよ。」


「お給料?

 別にただ働きでも良いのだけれど・・・。

 そうね。

 お小遣いぐらいになれば十分よ。

 幾らでもいいわ。」


「そうはいかないよ。

 雇うからにはきちんと社会保険の申請もしなければならないし、雇用契約書も作らなければならない。」


「流石に個人経営者ね。

 言うことがしっかりしてる。

 私のゴアラ社での給料は、初任給で2等級のB、月額2340レムルが基本で、それに秘書手当が30%付いている。

 税金が10%、社会保険の掛け金が15%だから、手取りは概ね2250から2300レムルぐらいですね。」


「わかった。

 じゃぁ、それよりも少し低い額でなら雇いましょう。

 税込みで月額2800レムル、手取りだと2100レムルぐらいかな。

 勤務時間は午前9時から夕方5時半まで、週休2日制でブレアムとスレバムは定休日、そのほかに所謂国が定めた休日はお休み。

 超過勤務は1時間あたり15レムル、通勤費用は300レムルまでなら、全額支給します。

 それを超える分は、最高150レムルまで半額を支給する。

 それ以外としては、仕事の実績により特別手当を支給する場合もあるけれど、余り当てにしない方が良いかな。

 当面は事務所内でのデスクワークが主になるから・・・。

 仮に実際に調査などで現地に出向くときは、交通費、宿泊費等必要経費は全額持ちます。

 但し、交通費は普通運賃だし、宿泊も精々二流ホテルしか認められないな。

 まぁ、仕事の上でどうしても必要な場合は超一流ホテルの宿泊も有り得るけれどね。

 どうかな?」


「勿論、納得です。

 でもそんなに貰ってもいいのかしら。

 お父様に聞いたら、今回の費用は手付金千レムル、実働経費は六日間で凡そ50時間分、交通費や諸経費を含めても凡そ1万2千レムルの支払いって聞いたけれど、私のお給料や社会保険でかなりの部分は消えてしまうわ。」


「うん、まぁ、仕事が入らないと経営は難しいね。

 場合によっては高給取りの君を真っ先にリストラするかもしれない。」


「あら、それは困るわ。

 どこかで依頼の仕事を見つけてきましょうか。」


「いや、冗談、冗談、当面はその必要がないよ。

 実際の運営資金は腐るほどあるからね。」


「あら、サムエルさんってお金持なのかしら?

 一体幾らぐらいお持ちなの?」


「うーん、秘密にすると言う約束なら教えてあげるけれど。」


「する。する。」


 シンディは、二つ返事で請け負った。

 サムエルは、クレイグの方を見た。

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