第10話 ショーン博士の正体
by Sakura-shougen
「あ、もう一つ、彼の見かけに騙されただろうが、彼は非常に若い。
変装で年寄りに見せているだけで、実年齢は24歳だそうだ。
これからの付き合いもあるだろうから、顔を知っておく必要があるだろうな。
サムエル君、君の素顔を皆に見せてくれんかな?」
「はい、・・・。
では、洗面所をお借りしてもよろしいですか?」
「あぁ、わし専用の洗面所が隣にある。
但し、一旦、この部屋を出なけりゃならんがな。
ちょっと待ちなさい。秘書に案内させる。」
クレイグはそう言うと、自分のデスクから秘書を呼んだ。
「シンディ、来てくれないか。」
すぐに秘書室から若い女性がやってきた。
サムエルが初めて会社を訪れた際に秘書室から社主の部屋まで案内してくれたブロンドの凄い美人である。
「ショーン博士をわし専用の洗面所に案内してくれんか。
あ、くれぐれも驚かないようにな?」
シンディと呼ばれた秘書は怪訝そうな顔をした。
「え、・・・。
あの、どういうことでしょうか?」
「うん、いや言葉通りだよ。
彼が洗面所から出て来るまで外で待っていればわかる。」
何事か聞きたそうな雰囲気であったが、シンディと呼ばれた若い女性は、ショーンを伴って社主室を出て行った。
それから20分ほどしてから、シンディが若い男を伴って社主室に戻ってきた。
「サムエルさんをお連れしました。」
「あぁ、ありがとう。
びっくりしなかったかな?」
「はい、驚きました。
60代半ばぐらいと思っていた方が、20代の男性になって出て来たんですから。
お父様も人が悪い。
それならそうと、最初から言って下されればいいのに。」
「うん、まぁな。
ところで、シンディ、会社でお父様と呼ぶのは止めてくれよ。」
「あ、失礼しました。
気をつけます。」
シンディはそう言うと、お辞儀をして社主室を出て行った。
幹部社員達は、唖然としていた。
先ほどまでいたショーンと同じ出で立ちの男はどう見ても20代前半である。
しかも男から見ても非常にハンサムな男に見える。
ただ、どう考えても先ほどまでいたショーン博士とは結びつかないので困っていた。
「改めて紹介しよう。サムエル・シュレイダー君だ。」
サムエルはそれまでと違う若々しい声で言った。
「サムエル・シュレイダーと申します。
クレイグさんから情報漏洩調査の依頼を受け、今回の罠を仕掛けた張本人でございます。
お集まりの皆様に御不快な思いをさせたことについては深くお詫び申し上げます。
しかしながら、一筋縄では行かない状況とお聞きしましたので、敢えてこのような方法を取らざるを得なかったことについてはご理解ください。」
ショーンの際は低いゆっくりとした声であったが、今の声ははつらつとして歯切れのよい高い声である。
どうやら声色でもごまかされていたらしい。
エミリオ常務が苦笑しながら言った。
「ふむ、確かに疑われたことについては心外ではあるが、まさか我々も保安部長を含めた複数の者がスパイになっていたとは、・・・。
ましてやデニス常務が首謀者などとは思いもよらなかった。
最初から目をつけていたのかね。」
「いいえ、全くの白紙状態でした。
ただ、クレイグ社主の御話では幹部社員しかアクセスできない筈の情報が漏れているとお聞きしましたので、全ての方が容疑者になるとは思っていました。」
「なるほど、・・・。
それと、確認なんだが・・・。
ハロルド特殊製鋼が入手した資料と図面は何の役にも立たないのですな?」
「確かにダミーではありますけれど、何の役にも立たないと言うわけでもありません。
少なくとも当社の極秘資料と知りつつ、なおかつ、ハロルド特殊製鋼の誰かがそれらを盗品と知りながら受け取り、しかも当社が申請する前に急いで仮申請をする輩だと言う証拠資料にはなります。
仮申請は少なくとも幹部職員が署名しなければならないでしょうから会社ぐるみの犯行であることは間違いありません。
試料には無線機が付いていますし、秘密の空洞内部には御社のロゴマークも入っていますから、見る者が見ればすぐに盗品とわかります。
警察にはこちらで施した細工については全て説明してございます。
警察が故買で捜査するかどうかは微妙なところですが、少なくとも特許申請に出向いたハロルド製鋼の社員については、今頃任意同行で警察に事情を聞かれているのではないかと思います。
ハロルド特殊製鋼は、いずれ仮申請を取り消さなければならないでしょうね。
自ら開発したという実体が全く無いのですから。
それから御社がハロルド特殊製鋼を場合によっては訴えることも可能です。
裁判ではなく、世論と言う怖いまな板の上に載せてやれば、ハロルド特殊製鋼は社会的信用を失墜することになるでしょう。
ただ、この業界ではトップの座にある御社がそのようなことをすべきではないとは存じます。
隠し玉として温存しておけばいいのではないでしょうか。」
そんな話をしている内に、総務部長が書類を書きなおして持ってきた。
各幹部社員の決済を受け、最終的にサムエルとクレイグがそれにサインをし、サムエルはアタッシュケースから試料サンプル、それに設計図の入った集積チップを取り出し、総務部長に手渡した。
クレイグが言った。
「特許の仮申請は、生産部長、開発部長、それに総務部長の三名で行ってくれたまえ。」
それを受けて開発部長が言った。
「社主、私ら三人が共謀して、これを誰かに売り飛ばすとはお考えになりませんか?」
「うーん、そう言われると正直なところ困るんだが、一応君らを信用せんと会社と言う組織で仕事はできん。
それに、こいつはあくまで仮申請だ。
万が一にでもそんなことになれば、サムエル君にまた何とかしてもらうよ。」
「なるほど、サムエル氏ならばあるいはそんなことも見込んでいるかもしれませんね。」
「おやおや、随分と買いかぶられたのか、それとも揶揄されているのかどちらでしょう?」
幹部会の一同が爆笑した。
笑いが収まった頃、クリス専務が言った。
「ところで、会社の至る所に隠しカメラをしかけたそうだが一体何時どうやってやったのか教えてくれませんか。
今後のセキュリティの参考にしたいのですが。」
「あ、クリス専務はセキュリティ部門を所掌しているのでしたね。
しかし、残念ながらお教えできません。
探偵事務所の企業秘密でございますので。
但し、24時間以内に社内に仕掛けられている隠しカメラ全てを撤去することはお約束します。」
「なるほど、企業秘密ですか。
しかし、社主、よくぞこのサムエル氏を雇ったものですな。
彼がハロルド特殊製鋼にでも雇われていれば、我が社の秘密は全部持って行かれてもおかしくはない。」
「いやぁ、彼ならそんな非合法なことはしないだろう。
サムエル君は止むを得ず隠しカメラと言う手法を取っただけで、産業スパイのような仕事は請け負わない主義だと思うよ。
違うかね。」
「はい、そのような依頼であれば、例えクレイグさんの依頼でも御断りしております。」
「だそうだ。
さて、私が依頼した件は一応片付いた。
新たな超合金の開発と言う大きなおまけまでついている。
集積チップは、私がもう一つ預かっている。
仮申請が無事に終わったなら、データ・サーバーに入れておくよ。
時は金なりとも言う。
ここらで会議はおしまいにしよう。」
サムエルが受けた依頼の一つはこうしてめでたく終結を迎えた。
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