第9話 情報漏洩と犯人

                    by Sakura-shougen


 翌朝、10時から会議が催された。

 開口一番、クレイグ社主が言った。


「誠に遺憾なことではあるが、再び情報漏れが起きたようだ。

 その詳細について、ショーン博士に説明をしていただく。」


 流石に3度目の情報漏洩となると幹部社員自身の管理責任も問われる事態であるから、出席者一同が青くなった。


「では、私から情報漏洩について説明をさせていただきます。

 第一に開発部の金庫に納められていた試料が盗まれております。

 キャスラン開発部長、金庫の内容物について確認はされましたか?」


「はっ、いえ、・・・。

 確認はしておりません。

 誰も開けてはいない筈ですので、・・・。」


「では、クリス専務、恐れ入りますが、至急開発部に電話して試料の存在を確認してください。

 試料は、金庫の中に無い筈です。」


 保安担当のクリス専務は部外者に指示されたことに憤慨もせずにあたふたと社主の机から電話を入れた。

 その間にもショーンは話を進めた。


「第二に、厳重なパスワードで保護されている設計図が外部に転送されております。

 転送されたのは、メイヤー生産部長、貴方の部の次長であるベイツ氏の端末からです。」


 開発部長は真っ青な顔で言った。


「まさか、ベイツがそんなことを?

 第一、彼にはパスワードを知らせていない。」


「ええ、その通りベイツ氏ではありません。

 別の者がベイツ氏の端末を無断で使って、外部に転送したのです。

 転送先は、ハロルド特殊製鋼です。」


 開発部長があることに気づいて言った。


「一体、どうしてそんなことが貴方にわかるのですか?

 金庫の中身が紛失したにしても、あるいはデータ・サーバーの中身が転送されたりしても貴方が知り得る立場にはない筈だ。」


「通常は、そうでしょうね。

 ですが、開発部長が金庫に入れた試料は実は精巧なダミーなのです。

 研究室長に渡した2組は本物で、試験ずみの試料は研究室の金庫に今も保管されている筈です。

 そうしてダミーには現在位置がわかるような発信機が組み込まれています。

 ダミーは、現在ハロルド特殊製鋼の社員によって特許申請の窓口に有ることがわかります。

 で、金庫からこの試料を持ち出した犯人ですが、昨日臨時で警備に入ったディクソン警備主任が持ち出したようです。

 その警備主任の犯行を隠匿したのが同じく警備要員のハマー警備係長のようですね。

 従って、開発部の防犯カメラにはその犯行の模様が映っていません。

 警備管理センターで防犯カメラの映像記録に不審者が映らないように細工したようです。

 それから、開発部次長の端末からデータ転送を行った人物ですが、・・・。

 データ・サーバーに組み込まれた設計図のファイルは自己展開のプログラムが仕込まれており、データがイントラネットの外に移動されれば直ちにその追跡ができるようになっているのです。

 ヴァルディ保安部長、データ転送を行ったのは貴方ですね。」


 真っ赤になって保安部長が立ち上がった。


「馬鹿な、私がそんなことをするわけがない。

 一体何を証拠にそんなでたらめを言うのだ。」


 その時電話を置いたクリス常務が報告した。


「開発部の金庫から試料が消えているそうです。

 誰が持ち出したかは今のところ不明です。

 防犯カメラに何か映っていないか、ただ今保安センターに確認中です。」


「少なくとも私の言葉の一つは裏付けられましたね。

 それと証拠なら、お見せしましょう。

 壁に有る画面を見て下さい。」


 社主室での会議用に大型液晶ディスプレイがある。

 そこに三つの画面が映し出された。


 一つは、開発部の大型金庫である。

 一つは、多数のモニター画面が見える警備管理室である。

 そうしてもう一つは開発部次長の部屋であった。


「これは現時点での隠しカメラのモニター画像です。

 事前に社主の御許しを得て、密かに社内の主だった場所に隠しカメラを取り付けてございます。

 そうして、記録によれば、昨夜、と言っても今日のことですが午前1時45分には、開発部の金庫から試料が移動を始めました。

 従ってその5分前の映像を確認しましょう。」

 一つのモニター映像が切り替わった。

 左隅に時刻が表示されている。

 照明の消えている薄暗い中で金庫の前に一人の男がいた。

 男は大型金庫の組み合わせ錠を手なれた手つきで操作し、2分ほどで鍵を開けてしまった。

 そうして、数段ある棚には目も向けず、最下段の引き出しを即座に開けて、そこから試料の入った箱を取り出し、すぐに金庫を閉めた。

 明らかに、最初からそこに有ることを承知している者の動きであった。

 男の顔が振り返った。


 その瞬間にモニター映像が停止した。


「ヴァルディ保安部長、この男は誰ですか?」


 保安部長は真っ青になりながら、何も答えず席を立ってふらふらと戸口の方へ後ずさった。

 だが、その戸口が突然開いて、4名の警察官が入って来た。


 警察官の姿を見て、ヴァルディ保安部長はうな垂れ、観念したようだった。

 ショーンが追い打ちをかけるように言った。


「キレイン中央警察署の方に来ていただいています。

 既に、警察にはモニター映像の記録は全て差し上げています。

 おそらく、二人の仲間も逮捕されているとは思いますが、他に仲間がいるなら、今の内に自白したほうが良いですよ。

 調べればわかることですから。」


 ヴァルディ保安部長は、ぽつりと言った。


「私は、デニス常務の指示に従っただけだ。」


 入口から更に私服の警察官が入ってきて告げた。


「デニス常務からもお話しを伺わなければならないようですな。

 我々と同行いただけますか。それとも、逮捕状を用意しましょうか?」


 デニス常務の顔は、歪んで皺が寄り、顔色は青いと言うよりも蒼白である。


「止むを得んでしょうな。

 何処へでも参りましょう。」


 低い声でそう言うとデニス常務は立ち上がった。

 クレイグ社主は、そのデニス常務を睨みつけていた。


「なぜ、君が・・・。」


「何故?

 そりゃぁ、金のためさ。

 常務という役職に奉られているだけで僕には何の実権も無い。

 僕はそれに飽きたんだよ。

 まぁ、今度の話は旨みが大きすぎたからね。

 ちょっと怪しいとは思ったんだが・・・。

 一度美味しい話を手掛けると止められなくなるもんだ。

 クレイグ、気をつけろよ。

 他にも俺の真似をする者が現れるかも知れんぞ。」


 そう言うと、デニス常務はニヒルに笑って、戸口に顔をむけ、刑事に寄りそわれて社主室を出て行った。

 無論、ヴァルディ保安部長も一緒である。


 二人欠けた幹部社員のメンバーは、意外な事の成り行きに言葉を失っていた。

 静かにショーンが言った。


「ということで、後で隠しカメラの映像を確認いただければわかりますが、開発部次長の部屋からメールを転送した人は、ヴァルディ保安部長です。

 彼は、開発部次長のパソコンのパスワードを知っていたようです。

 どうやって知り得たかは、警察の手で明らかになるでしょう。」


 唖然としていたエミリオ常務が言った。


「我が社に仇なす者が幹部から二人も出るなんて・・・。

 それに、・・・。

 平然と罠を仕掛けるなんて、・・・。

 なんてお人だ。

 それと、この合金の話は全て嘘なんですか?」


 クレイグ社主が答えた。


「いや、本物だよ。

 そのことは分析を行った研究室長が良く知っている。

 いずれにせよ、特許の仮申請を早めにしなければなるまいな。

 総務部長、書類の準備はできているかね。」


「はい、ですが、試料が無ければ・・・。」


「あ、試料なら、もう一組用意してもらっている。

 但し、申請者の名前は入れ替えてもらう必要がある。

 諸君にも改めて紹介しておこう。

 ショーン・ベラクルス博士というのは仮の名で、実はフライオン・ビルに探偵事務所を構えるサムエル・シュレイダー君だ。

 彼の職業は探偵なのだが、今回話題になっている合金を産み出したのも実は彼なのだよ。

 データ・サーバーに入っている設計図はいみじくも彼が言ったようにダミーだ。

 それらしくは装っているが、あれで実際の生産工程を造ってもまともには作動しないそうだ。

 無論、理論についてもそれらしく記載してあるが、あれでは絶対に理解できない筈だと聞いている。

 サムエル君には、別途本物の設計図と理論的背景を説明する論文も持って来ていただいている。

 まぁ、特許の仮申請が終わったなら開発部と生産部合同でチームを造り、しっかりと検証をして欲しい。

 サムエル君には、非常勤顧問として今後とも必要な助言をしてもらうことになっている。

 但し、あくまでサムエル君の本業は探偵であって、合金開発の方は趣味の範囲だそうだから、余り彼の本業に支障を来さない範囲でお願いする。

 総務部長、そう言うことで申請書類を手直ししてくれんか。

 彼の名刺をこれだ。」


 クレイグは、総務部長に一枚の名刺を手渡した。

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