第8話 新金属の材料試験

                    by Sakura-shougen


 ショーン博士の説明が続く。


「ここに並べた物は、所謂引っ張り応力試験素材として通常試験材料の10分の1径のものと100分の一径のもの。

 せん断応力試験用として、同じく10分の1の厚さのものと100分の1厚さのもの。

 破壊試験用として延べ板になりますが通常の10分の1の厚みと100分の1の厚みのもの、全部で6個でございます。

 例を申し上げると、通常の鉄鋼用試験部材ですと引っ張り試験では直径5セリムのものが使われます。

 但し、通常の引っ張り試験機の上限は1平方セリムあたり30ボルツまでの加重しかかけられない筈です。

 あるいは、ゴアラ特殊製鋼では更なる荷重を掛けられる機器をお持ちかもしれませんが、ハイベル鋼の場合はその強度が5倍ほどになりますので、通常引っ張り試験は凡そ1セリムの直径で行う筈です。

 従って、直径が0.5セリムですと、強度は鉄鋼の場合で300分の1ほどになることになります。

 但し、それだけの直径があると新型合金では最大荷重を掛けてもおそらく切断できないことになろうと思います。

 ハイベル鋼の数百倍ということは、鉄鋼強度の千倍以上となることが予想されるからです。

 それでさらに100分の5セリムの径のものを用意しました。

 本来の強度計算上で言えばおよそ一万分の一の強度になる筈ですので、おそらく試験機で破断できるものと推測されるからです。

 百聞は一見に如かずと申しますでな、研究部の方でどうかこの試験片を使って強度試験をしてみてください。

 説明で無駄な時間はかけたくありません。

 その結果を見た上で、再度、図面の方のご説明に上がりましょう。

 試験は必要ならば二度三度と行っても結構です。

 そのために3組の試験片を用意してあります。

 どうでしょうか?

 強度試験は今日中にはできましょうかな?」


 それを受けてクレイグ社主が尋ねた。


「マーク研究室長、どうかね。

 左程難しい試験ではないようだが、今日中にできるな?」


「はい、無論、できます。

 ただ、事案の重大性から秘匿性を確保して試験を行いたいと思います。

 今夜は残業で私の腹心のものだけ3人ほど引き連れて実験を行いたいと思います。」


「ふむ、くれぐれも外部に漏れないよう頼みますぞ。

 我が社の命運がかかっていると言っても過言ではないだろうから。」


「はい、その点は十分に注意します。

 試料については二組あれば十分と存じます。

 従って一組はどこか安全な場所に保管願いたいのですが。」


「ふむ、ではランス開発部長、君のところの金庫で保管してもらおうか。

 これまでのこともあるので、保安部と研究部の金庫は避けておきたい。」


 保安部と研究部の金庫はこれまで二回の情報漏洩に関連して設計図などが置かれていた経緯がある。

 無論、設計図はイントラネットの中にも保存されていたものであり、イントラネットから盗み出された可能性も無いわけではない。


 だがイントラネットの設計図へのアクセスは、極めて限られた人物しかできないとされており、イントラネットを設計したメーカーが絶対の自信を持っているものでもあった。

 但し、セキュリティがどれほど堅固であってもアクセスできると言うことは相応に抜け道があると言うことでもある。


 少なくとも内部からのアクセスについては非常に防衛が難しいのも歴然とした事実であるのだ。


「それと、設計図へのアクセスについてのパスワードは、常務と専務の5人、それに、開発部長、研究室長、生産部長の8名だけに教えることにしよう。

 研究室長は試料検査で暇も無いだろうが、開発部長と生産部長は一応理論的側面と設計図を一通り眺めて明日の会議までにコメントを用意しておいてほしい。

 明日の会議は午前10時から同じメンバーで始める。

 時間になったら集まって欲しい。」


 その場はそれで解散となった。

 その日研究所では徹夜で試験が繰り返され、分析が試みられた。


 翌日、予定通り会議が催された。

 最初に研究室長から試験結果の発表がなされた。


「実に驚くべき合金であると判明しました。

 正直なところ当社の研究室で手に余るものとは思っていませんでしたが、予想に反して、詳細な分析ができなかったということを先ず申し上げておきます。

 まず、強度の点については、1平方セリム当たり1.2ボルツが当社の製造する高張力鋼の最大値でございまして、これがハイベル鋼になりますと、一気に数値が上がって6.3ボルツとなります。ところがこの新型合金は実に2328.7ボルツというとんでもない値を叩きだしました。

 実にハイベル鋼の370倍近い強度を持っております。

 せん断試験でもハイベル鋼の420倍、破壊実験では僅かに100分の1セリムの厚さの平板に穴を空けることができませんでした。

 全てのドリルは無効でしたし、電気溶接及び可燃性ガスと酸素ガスによる通常溶接でも溶融できませんでした。

 電気溶接は凡そ5000度、ガス溶接では最高1万度に達する筈ですが、それでも無理でした。

 高温下におけるクリープ限界では電気炉の最大温度500度で実験したのですが、そもそも発生荷重が小さすぎて計測するに至っておりません。

 従って、この合金の溶融点及びクリープ限界についてはデータが取れませんでした。

 比重は、2.9ですので軽合金であるアルミ合金よりもやや重い程度です。

 先ほども申しました通り、熱を加えても溶融しませんでしたのでどのように成形をすれば良いのか判りませんが、仮に0.01セリムの径で非常に長いワイヤーを製造できるとしたならば、アフォリア航空宇宙局が計画している軌道エレベーターに使用できる可能性がございます。

 ワイヤー1本での耐荷重量は18ボルツ程度になりますが、一方でワイヤー重量は、1ミロン当たり10万分の3ボルツにまでなりません。

 従って静止軌道である高度32000ミロンまでのワイヤーを造っても、重量は僅かに1ボルツに満たない筈です。

 従って、その先に重量17ボルツ程度の重量がかかっても大丈夫な筈です。

 あくまで簡易計算ですが、0.01セリム径のワイヤー十本で170ボルツ、100本で1700ボルツ、1千本で17000ボルツの重量を遠心力で支えられるものと判断しております。

 先ほども申した通り、32000ミロンのワイヤーの重量は1ボルツ未満、すくなとも十本を束にしたワイヤーでも10ボルツ未満ですから、現在稼働中のシャトルでも十分に運べる重量です。

 高純度炭素繊維は、未だにセリム単位の長さの物しか製造できませんが、この合金で長大ワイヤーを製造できるならば、間違いなく高純度炭素繊維よりも有望な材料になると存じます。」


 居合わせた幹部社員全員が唸った。

 まさかそれほどのものとは考えも付かなかったのである。


「なるほど、確かに軌道エレベーターに使うにはうってつけの材料のようだが。

 博士、研究室長の言う極細のワイヤーは製造可能なのでしょうか。

 それも極めて長大な物が必要です。

 航空宇宙局が考えているのは軌道ステーションが凡そ32000ミロン上空にあり、さらにその先に遠心力を生じさせる重量物をぶら下げる計画の様です。

 私が以前見た資料では確か2万ミロンほども先に伸ばすようだが・・・。」


「ええ、長さ5万ミロンでも生産は可能な筈ですよ。

 まぁ、軌道ステーションの場合は、ステーションまでの長さのものと、その先のものを分離した方が、後々都合が良いかもしれませんね。」


「ほう、できますか・・・。

 ところで、開発部長それに生産部長、設計図に対するコメントはどうかね。」


 開発部長と生産部長は顔を見合わせて、開発部長が先に口を開いた。


「実のところ設計図が非常に膨大な物で私一人ではとても全てを確認するに至っておりません。

 先ず、理論関係ですら難解で、私には半分も理解できていないのが実情です。

 従って厳選されたスタッフを投入して、再度の確認をしたいと思っておりますが如何でしょう。」


 生産部長も同様の意見を述べた。


「ふむ、どの程度の時間があれば検証が可能かな?」


「左様、最低1週間、場合によっては2週間を要するかもしれません。」


「うーむ、それはいかんなぁ。

 昨日会議が終わってから博士とも話したのだが、ここは用心のためにも三日以内に特許申請をするつもりでいたのだが、・・・。

 止むを得ん。

 明日、特許の仮申請だけでも行っておこう。

 総務部長、特許の仮申請は可能なのだね?」


「はい、試料と図面があれば仮申請は可能でございます。

 検証がまだとなれば、いささか問題もありますが、取りあえず申請だけ済ませて、後に検証済みの図面と差し替えすることは許されています。」


「わかった。

 では、明日午前中には特許の仮申請ということで総務部長はその準備を行いたまえ。

 博士とは、我が社と連名での特許申請ということで既に協議済みだ。

 それと、開発部長、それに生産部長は、明日までに厳選した検証スタッフの名簿を作成したまえ。

 但し、まだ本人たちに知らせる必要はない。

 特許の仮申請が済んでから、別途開発部、生産部合同の検証チームを編成することになる。

 ショーン博士には当該生産プロジェクトの顧問として、非常勤で参加していただくことになる。

 明日午前十時には再度このメンバーで集まってもらうが、それまでに総務部長は申請準備をして書類を持ってくるように。

 その場で各部長を含めて決裁を受け、すぐに特許の出願を行う。

 では、各自の作業に掛かってくれたまえ。」


 会議は僅かに30分で終了したが、その後社主とショーン博士は1時間ほど社主室で話をしており、その間秘書ですらも遠ざけられていた。

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