第7話 新金属とプレゼンテーション

                    by Sakura-shougen


 その日午後に訪れたもう一人の人物ダンの依頼は保険金詐欺の疑いのある人物の素行調査であった。

 素行調査と言うよりもむしろ犯罪捜査の依頼であると言っても良いかもしれない。


 件の調査対象の人物、カーマイケル・ロンソンは、既に三度結婚し、そのいずれの妻も結婚して数カ月以内に死亡している。

 いずれの妻も資産家であり、カーマイケルにはその遺産と多額の死亡保険金が入ることになっている。


 最初の妻ローラは、5年前に結婚の2カ月後に航空機事故で死亡している。

 フライト中の航空機が原因不明の空中爆発を起こして大洋に沈んだのだ。


 残骸はばらばらになり、乗客の遺体は殆ど発見されていない。

 物証が少なくて確証は持てないのだが爆発物による破壊ではないかと見られている。


 二人目の妻、シェリーは3年前に結婚、その3カ月後にアフォリアの南部メディクとの国境沿いにある7海湖の一つウル湖で、クルーザー遊びの最中に乗組員数名と共に消息不明になっている。

 三人目の妻、ヘレンは1年ほど前に結婚、その1カ月後に中西部の山岳地帯で友人であるマリー・クレモスとともに登山中に消息を絶っている。


 三人の妻はいずれも遺体が見つかってはいないが、死亡は確実と見られ、ローラとシェリーについては既に遺産相続も認められ多額の保険金も支払われている。

 ヘレンについては、行方不明となってから3年を経過しないと死亡認定がなされないことから遺産相続も保険金の支払いもまだ保留中であるが、結婚している以上はカーマイケルに法定上の相続権は認められるし、カーマイケルがヘレンの失踪に直接の関わりが認められない限り保険金はいずれ支払われることになるだろう。


 そうして今また予備軍とも言うべき女性がカーマイケルと仲良くなっており、セレブを対象とする大衆紙の情報では、婚約は時間の問題とまで評されている。

 勿論、警察も三度の不審な死亡事故には疑惑を感じており、相応の捜査を極秘で行ってはいるのだが、カーマイケルが何らかの形で事件に関与したと言う証拠は何も得られていない。


 ところでこの四人目の妻になるかもしれない女性はナターシャ・コルチワという不動産王の次女であり、二度の結婚に失敗している女性でもある。

 父親のブルド・コルチワは、この次女に多額の保険金を掛けている。


 その保険を請け負っているのがダンの属するサンベイル生命保険会社であり、保険金額は2000万レムルである。

 如何に大手の保険会社とはいえ2000万レムルの支払いは大きすぎるリスクであるし、カーマイケルの妻ともなればそのリスクは限りなく大きいことになる。


 実のところ、二番目の妻ヘレンの保険金はサンベイル生命保険会社で受けているのである。

 既に結婚前から加入していた保険の受取人変更であったので、サンベイル保険会社がこの保険を拒否する立場には無かったのである。


 仮に、ナターシャが死んでも保険金は当面父ブルドか又は母マーベルに支払われる筈であり、疑惑の主カーマイケルに貢ぐことにはならないが、ナターシャの保有する3000万レムルほどの遺産は、結婚すれば夫に相続されることになろう。

 また、アフォリアに所在する保険会社のグループは、カーマイケルが受取人である限り、高額の生命保険加入は認めない方針で臨むことに秘密裏に合意している。


 だが、外国の保険会社がこれを受ける可能性は未だあるのである。

 今直ちにナターシャが死ぬことは考えにくいが婚約と引き続く結婚後は非常にリスクが高まるに違いないとみているのである。


 話を聞いた後で、サムエルは暫し考え込んでいたが、やがて調査を承諾した。

 但し、調査の開始は婚約成立後と条件をつけた。


 ダンは既定の1000レムルを仮契約で支払って立ち去った。

 仮契約としたのは、カーマイケルとナターシャが婚約するとは限らないからであり、二人が婚約しない場合には半金の500レムルが払い戻されることになる。


 保険会社の必要経費で落とされる1000レムルは端金に過ぎなかった。

 保険会社の調査員一人を二日も働かせるとその程度の経費はすぐに無くなるからである。



 三日後の午前10時半にゴアラ特殊製鋼本社ビルを一人の猫背の老人が訪れた。

 男はショーン・ベラクルスと名乗り、社主クレイグとの面会を申し出た。


 受付にはその名前の人物が社主を訪ねて来ることが予め連絡されていたので、すぐに最上階の社主の元へ受付嬢が案内した。

 最上階では美人秘書がその後を受け継いで、老人を社主の事務室に案内した。


 案内をしてくれた秘書はすらりとしたブロンドの美人であり、年の頃は20歳を超えてはいるだろうが、25歳までは言っていないだろう。

 モデル顔負けの肢体とマスクを持っていた。


 流石に一流企業ともなると美人秘書がいるものである。

 当日、社主クレイグは全てのスケジュールをキャンセルして空けていたのであり、

多忙なゴアラ特殊製鋼社主としては極めて異例なことであった。


 従って来客は余程の重要人物と思われたに違いなく、秘書室に集う役員秘書の間で一体どのような人物なのだろうと前日から噂になっていた。

 ショーン・ベラクルスは、比較的上物のスーツを着ているが、最上級の品物ではない。


 片手に下げているアタッシュケースはいいものではあるが、薄手のもので左程高価なものとも思われない。

 眼鏡をかけており、白髪の目立つ知的な雰囲気を漂わしていることから、一見すると学者風の男であるが、秘書室で念のため事前にネットで調べてもショーン・ベラクルスでは何もヒットしなかった。


 いずれにせよ、その老人は美人秘書によってクレイグの元に案内され、暫くの間社主と二人きりで話し合いをしていた。

 やがて、社主から秘書室に電話があり、幹部クラスの者が社主の部屋に呼び集められた。


 当然、本人たちには内緒であるが、リン・サットン社に調査対象とされている幹部社員8人もその中に含まれていた。

 社主室のおよそ半分を占める楕円形のテーブルに全員が参集すると、クレイグがショーン・ベラクルスを紹介した。


「ここにおられるショーン・ベラクルス氏は、市井にあって画期的な合金の研究をされているいわば埋もれた研究家の一人であるのだが、私とは、ふとしたことから知りあいになった御仁だ。

 このほど彼の長年の研究が実を結び、ぜひ我が社と提携して、新たな合金製品を市場に出そうと言う話になった。

 今日は、その研究成果と共に、工業化の目途となる生産プロセスの設計素案を持って来ていただいた。

 これから伺う話は、我が社にとって極秘扱いの最重要課題となるので、ここに集まった諸君もそのつもりで拝聴するように。

 では、ショーン博士。

 ご説明をお願いします。」


 クレイグよりも一回りほど年上に見えるショーンがゆっくりと立ち上がり話し始めた。

 そのしゃべり方も老人特有のゆっくりとした話し方である。


「ご紹介に預かったショーン・ベラクルスです。

 本日持って参った研究成果は、ハイベル鋼の数百倍の強度を持つ合金の話であります。」


 一同から「おぉっ」と思わず声が上がった。

 ハイベル鋼は、非常に強靭な鋼材であり、建築、造船など多くの分野で多用されている金属である。


 通常の鉄鋼の5倍ほどの強度を持ち、耐酸性もあることから、20年ほど前に製造が始まって以来非常に需要の高い金属である。

 アフォリアの大学と産業界が結集して産み出した合金であり、ゴアラ特殊製鋼もその恩恵にあずかって専門の工場で年間数十万トンの生産を行っているのである。


 非常に高価な合金であり、単位重量当たりの価格は、鉄鋼の十倍ほどもする。

 だが、ハイベル鋼の数百倍の強度ならば鉄鋼の数百倍の値段で取引されることも十分に考えられる。

 

 正しく、ゴアラ特殊製鋼にとっては棚から牡丹餅の話であり、他のライバル会社には決して漏らしてはならない超極秘情報である。


「さて、ここでは時間も限られて居りましょうから、くどくどと理論的な側面を申し上げるのは後日に回します。

 理論的側面の簡単な説明は、既に社主からご了解を得て、御社のイントラネットのJXドライブに、ベラクルス合金のファイル名で入れておきましたので興味のある方は後でご覧下さい。

 パスワードは、#GOALA2-SHONE1-CRAIG3%の22文字です。

 ファイルの中には、関連の論文と共に工業化のための設計素案が入っておりますが、設計素案の方はもうひとつ64文字のパスワードが掛かっております。

 こちらの方は非常に重要な情報ですので、後ほどクレイグさんが選考された関係者だけにお知らせいたしましょう。

 で、今日のところは新たな合金の試験用部材のみをお披露目いたしたいと存じます。

 こちらに6個一組のものを3組用意しました。」


 ショーンは、アタッシュケースを開けて、中から品物を取り出してテーブルの上に並べた。


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 ここまで読んでくれてありがとうございます。

 次話からは、一日一話を目途に投稿します。


                    by Sakura-shougen

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